23話 真夏の恐怖の物語⑤
想像以上に長くて自分でも驚いてます。
次で恐怖の物語は完結します。
ちょちょいと夕食を取り、お風呂に入り、みんなで箱のお清めを手伝い、そうして日はどっぷりと暮れていった。
「雛ちゃんって聞いてた通りお料理上手いんだね。びっくりしちゃった」
「そ、そんな事無いよ、結局は慣れだし」
「なぁ? 夜も箱の浄化に行くのか?」
「日が完全に落ちたらもう近寄るなって言ってたよ」
私達はネコちゃんの部屋に布団を敷き、その上でおしゃべりをしていた。シロウは相変わらずタオルケットを頭から被っている。
私達の取り留めのない話しは続いた。今夜はずっと起きていようと決めたのだが、次第に話題も尽きてくる。シロウは未だ緊張した面持ちだったが、私は何も起こらなすぎて、すっかり緊張感は無くなっていた。
昼間の洞窟探検の疲れもあってか、私はだんだんと眠気でまぶたが落ちてくる。
「眠くなってきた……」
私が布団にバタンと倒れ込むと、あまりの気持ちよさに意識が遠くなった。
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「ヒナ、起きろ、ヒナ!」
名前を呼ばれて体も揺すられる。そうして私は目を覚ました。
「あれ? 私……寝てた?」
「ヒナ、大変だ。ネコがいない!」
その言葉に私はガバッと身を起こす。まだ眠さで体がギクシャクするが、そんな事を気にしてはいられない。
「どういう事!?」
「さっきトイレに行くと言って出て行ったっきり戻って来ないから様子を見に行ったんだ。そしたらトイレには誰もいなくて……」
「箱の所!? 神社の本堂!」
私は部屋を出る際に横目で時間を確認する。時計は午前二時を指していた。
「丑三つ時……」
嫌な予感がして急いで玄関に向かった。布団を敷く前に鍵をかけたはずの玄関が開いていた。
「やっぱり本堂に行ったんだ! 急ごう!」
「ヒナすまん。俺がすぐに気付いていれば」
「ううん、私なんて寝てたし……とにかく走ろう」
神社に着くと、本堂への戸が少しだけ開いていた。私達は中へ駆け込む。するとそこにネコちゃんの姿が見えた。箱の前に立ち、ゆっくりと手を伸ばしている。
「ネコちゃん!」
私が叫ぶも、ネコちゃんの動きは止まらなかった。手が箱に触れると、紐とお札が引き裂かれたように千切れる。
その箱をわし掴みにすると、横に放り投げた。箱は中身を落として本堂の隅に転がる。
ネコちゃんの言っていた通り、生前大事にしていた物だろうか、中にはかんざしが入っており、カタカタと小刻みに揺れている。
「ネコちゃん!」
私は駆け寄って肩を揺らしながらもう一度呼びかける。するとハッとしたように意識が戻った。
「あれ? 私……あ、箱が!」
周りを見渡したネコちゃんがすぐに状況を把握した。
「今は逃げるぞ! ここを出よう!」
シロウの声に私達は走り出した。しかし開いていたはずの戸がピシャリと勝手に閉まり、どんなに力を入れても開かなくなる。
「こうなったら直接ガラスを割って外に出るぞ!」
シロウがガラス戸に助走を付けて跳び蹴りを放った。しかし、なぜか板にぶつかった様な音を立ててシロウの体は弾き返される。
「閉じ込められた……」
他に出口がないか周りを見ると、床に転がったかんざしが浮かび上がるのが目に入った。
その空中に漂うかんざしから頭が現れ、首が伸び、体が形成されていく。小さな子供の霊。その足元からブワッと黒いモヤが溢れだし、より一層禍々しく見えた。
「あ……あぁ……」
それを見たネコちゃんがその場にへたり込んだ。
「ネコちゃん、何か手はないの!?」
「……ダメ。もうこうなったら、どうしようもないよ」
「シロウ! ちょっとあの霊を引きつけといて。その間に作戦練るから!」
「ええぇぇ~~!!」
霊をシロウに丸投げして、ほぼ諦めかけているネコちゃんに何かヒントを与えられないかと私は何でも思いついた事を口にする。
「例えば、みんなで呼びかけてみるとか」
「……悪霊っていうのは絶望して死んだその瞬間から時が止まるの。こっちが何を言っても向こうには届かない。霊力の高い人の声なら話は別だけど」
「なら、ネコちゃんの声なら届くんじゃ」
「私みたいな半人前じゃ無理だよ……あの箱には何十年、いや何百年もの間ずっと負の感情を溜め込んでた。よほど霊力の高い人じゃないと、もう払えない……」
「でも、ネコちゃんだけが頼りなんだよ? 諦めたら本当に終わっちゃうんだよ?」
ネコちゃんは私の言葉にはっとしたように顔を上げた。
「そ、そうだね……私のせいでこれ以上みんなに迷惑をかける訳にはいかない!」
すっくと立ちあがり、一歩前に踏み出した。
「シロウ君、下がって! 私が浄化してみるから!」
身振り手振りで霊の気を引いていたシロウが逃げ戻って来る。
「生命の理から外れた哀れな魂よ、その怒りを鎮めたまえ」
ネコちゃんが言葉を紡ぐと、霊はその動きを止めた。私はうまくいった事を期待したが、霊が手をかざした瞬間、
「きゃっ!」
ネコちゃんの体が吹き飛ばされ、壁に激突した。そのまま足が床に着かない状態で壁に貼り付けにされている。まるで見えない壁に押し潰されているかのように、身をよじっても抜け出すことが出来ない。あまりの圧迫に表情が苦痛で歪み、うめき声が漏れる。
「大変! シロウ、霊の注意を引き付けて!」
ガウガウとシロウが威嚇すると、表情の見えない悪霊がシロウの方を向く。するとシロウはビクリと体を震わせて私の後ろに隠れようとする。
「ちょっと! アンタ私を守るとか言ってなかったっけ!?」
しかし注意がそれたのか、ネコちゃんの体がズルリと床に落ちた。
「やった! シロウはそのまま霊の気を引きつけといて」
「えぇ~、また!?」
私は急いでネコちゃんの元に駆け寄った。
「大丈夫!?」
「ごめん……やっぱり私じゃ無理みたい」
「逃げる事を考えた方がいいのな……でも……」
「ううん、あの子を鎮める方法がもう一つだけあるよ」
その言葉に希望を見た私に対して、ネコちゃんの表情は曇っていた。
「人柱にされたあの子を、人柱で鎮めるの……」
「それって……まさか!」
「うん、私の命を捧げてあの子を鎮める」
「ダメ! そんなの絶対にダメ!!」
「でももうこれしか方法が無いの!」
そんなの絶対に嫌だ!
私は必死に何か他に手は無いか考える。
起き上がろうとするネコちゃんを上から押さえつけて考える。
逃げ回りながらも霊の注意を引きつけるシロウを見ながら考える。
――そして、一つだけ思いついた。
「そうだ! なんでもっと早く気づかなかったんだろう。ネコちゃん、私に試したい事があるの」
「何言ってるの! 無茶だよ。あの子は普通の人じゃ絶対に払えない!」
「大丈夫、私達も結構普通じゃないから……シロウ、作戦会議するよ、戻ってきて!」
私は自虐的な発言に苦笑しながらシロウを呼んだ。シロウは転がる様に戻って来る。よほど怖いのだろうか?
とにかく私はシロウにこの作戦を説明する事にした。