21話 真夏の恐怖の物語➂
コメディを書いてたはずが何故かホラーを書いてました。
小説でホラーって難しいですよね。
どう書けば怖がってくれるのか……
洞窟は以外にも長くて、奥を照らしても先が見えない。そんな中、私は三人で歩いている事に気付いて、後ろを振り返ってみる。
ネコちゃんが少し離れた所で俯いていた。
「ネコちゃん? どうしたの?」
私は声を掛けながら歩み寄った。ネコちゃんは黙っている。
様子がおかしい事に気付いた二人も集まって来た。
「ネコちゃん、大丈夫? 何か感じるの?」
「それは……」
ネコちゃんが渋い顔で言い難そうにしている。
「え? 何? どういう事?」
「えっと、ネコちゃんは、その……」
私が何て言えばいいか迷っていると、ネコちゃんが口を開いた。
「いいよ雛ちゃん。全部説明するから……私の家って神社なの。黙っててごめんね。」
「そうだったんだ、黙ってた事は別にいいけど、それで?」
未来ちゃんが真剣な面持ちで続きを聞こうとする。
「そのせいか、私には霊感があって、ここの洞窟の奥、やっぱり何かいる……私を呼んでるの」
その言葉にみんなが息を呑む。巫女の重みのある一言に、背筋が寒くなる気がした。
「それって、ヤバいの……?」 未来ちゃんが恐る恐る訊ねる。
「ううん、ヤバかったら最初から止めてるよ。助けを呼ぶような、泣いているような、そんな声」
「ネコさんのご両親は本職じゃないんですか? 大人に任せた方がいいと思いますが」
「お父さん達は今、出張で家にいないの。数日は戻らない。だからこれくらいの霊なら私で鎮めてあげようと思ったんだけど、進むにつれて気配が大きくなってるから……」
みんなが黙り込んだ。どうしようかと確認するかのようにお互いの顔を見合わせる。
「進んでみない?」
そう言ったのは未来ちゃんだった。
「ヤバい霊じゃないんでしょ? それに何かあってもネコちゃんがいれば安心だろうし、奥まで行ってみない?」
「私は、皆さんが行くというのでしたら着いて行きますが……雛さんはどうしますか?」
「私は……ネコちゃんがやりたい事を手伝ってあげたい」
「ありがとう、みんなが一緒なら心強いよ!」
ネコちゃんが笑顔でお礼言う。
こうして若気の至りというべきか、怖いもの見たさもあってか、私達は進むことにした。
私達はゆっくりと歩みを進める。入って来た時とは一変して、喋る者は誰もいなかった。ネコちゃんを先頭に、周りを警戒しながらゆっくり足を運ぶ。
ジジッ……
突然四つあるライトの光が三つに変わった。光が消えたのは未来ちゃんの明かりだった。
「あ、あれ? 何で?」
「電池切れでしょうか?」
「ううん、新しいのを入れて来たんだもん。すぐに切れるはずないんだけど……」
軽く振ってみるが、光は戻らない。ふいに懐中電灯と一緒に体の向きを変えたその時、
「ひっ!」
未来ちゃんが息を吸い込むような声を出した。
「未来さん、どうしたんですか?」
「……今、そこの岩陰に誰かいた」
三人で同時にライトの光をその方向に向けた。大きな岩が転がっているだけで、他には何もない。
「暗いので見間違えたのでは?」
「そんな事ない! 子供くらいの小さな影がこっちを向いてて……」
それが真実であれ、間違いであれ、私達は何て答えていいか分からなかった。しかし、みんなが黙ったその瞬間
「タ…ス……ケ………テ……」
掠れる声が下から聞こえた。声を目で追うと
――未来ちゃんの腰に子供が抱き着いていた。
「ウ……アァ……」
影のように黒いその子供は、上を見上げて手を伸ばした。
「っ!!」
未来ちゃんは思い切り後ろに飛び退け、しりもちをついた。
子供の影は姿を消したが、その場の空気は完全に凍り付いていた。時が止まったとも思える沈黙。本当の恐怖を目の前にすると、呼吸する事さえ出来なくなる事を私は初めて知った。
最初に正気に戻ったのは姫ちゃんだった。慌てて未来ちゃんの隣に駆け寄って肩を抱く。
「未来さん、大丈夫ですか!?」
「はーっ! はぁー……」
呼吸することを思い出したかのように、未来ちゃんが大きく息を吐いた。
「ごめん……私、これ以上は無理かも……」
恐怖で声も、体も震えていた。
それを見て私はネコちゃんに声を上げた。
「ねぇ、本当に大丈夫? 戻った方がいいんじゃない?」
しかしネコちゃんはこちらも見ないで前にゆっくりと歩き出す。私は隣まで駆け寄って再度声をかけた。
「ねぇ! ネコちゃん――」
「暗イ……苦シイ……辛イ……」
ネコちゃんは虚ろな目をして、どもった声で呟いていた。それは完全にネコちゃんではない「何か」だった。
私は思わず後ずさりをして距離を取る。
その様子を後ろの二人も見ていて、戸惑いを隠し切れない。
「ネコさん、どうしたんですか!?」
姫ちゃんが声を上げるも、やはりネコちゃんは見向きもしない。
「私のせいだ、私がみんなをここに誘ったからこんなことに……ごめん」
後悔するように、今にも泣きそうな声で謝り出す未来ちゃん。その場は混乱によって収拾がつかなくなりつつあった。この場をまとめるために私は恐怖を押さえつけ、心を強く持って声を張った。
「姫ちゃん!」
「は、はい!?」
「未来ちゃんのそばにいてあげて。私はネコちゃんを連れ戻してくるから!」
そういってネコちゃんの少し後ろに張り付く。どうすればいいかなんて分からない。魂の循環もこの状況じゃ役立ちそうになかった。とにかくいつでも動けるように視線を逸らさずに隙をうかがう。
すると後ろから足音が聞こえた。振り返ると、姫ちゃんと未来ちゃんが付いて来ていた。
「イヌちゃんが頑張ってるのに、私だけへたり込んでいられないよね!」
「みんなで行動しましょう」
二人の言葉に勇気が湧いてきた。さて、ネコちゃんをどうしようかと考えるも、すぐに洞窟の終わりが見えて来た。
奥には小さな祭壇のようなものが建っているのが見える。祭壇の真ん中には重箱に似た箱にお札が張られており、その上から紐でしっかりと結ばれていた。
その箱にネコちゃんが手を伸ばした。
さすがに嫌な予感がして、ネコちゃんの肩を強く引く。
「ダメだよ! 正気に戻って!」
「……あれ? 雛ちゃん?」
元に戻った事に安堵して力が抜けるのを感じた。
「もぅ~、心配したんだから、ネコちゃんってば取り憑かれたように一人で歩いて行ったんだよ?」
「そう、だったんだ。ごめんね。……あ」
何かに気付いたのか、ネコちゃんが足元をライトで照らした。そこには――
人骨が散らばっていた。一目で分かるのがしゃれこうべ。いわゆる頭蓋骨だった。
私達がすくみ上るのに対して、ネコちゃんは慈しむような目で骨の前にしゃがみこみ、私達に静かに話す。
「今からこの霊を鎮めます。みんなも祈ってあげて。大切なのはその想いだよ」
そう言うとネコちゃんは目を閉じて、何かを唱え始めた。
私達はその後ろにしゃがみ、手を合わせて祈った。
二、三分の間そうしていただろうか。ネコちゃんの呪文のような声が止まった。
「はい、終わったよ。これでしばらくは大丈夫だと思う。後はうちの両親が帰ってきたら本格的に供養してもらうから、今日はもう戻ろう」
「ねぇ、この子は何でここで亡くなったの? この祭壇や、中央の箱は何?」
みんなが立ち上がると、未来ちゃんがそんな質問をした。
ネコちゃんが少し考えて答える。
「多分、人柱……みたいなものだと思う」
「人柱って何?」
初めて聞く言葉に私も質問をする。
「神を鎮めるための生け贄です。つまり、当時この村で何かが起こり、それを神の怒りだと考えた村人が、この子を生け贄にして怒りを鎮めようと考えた。そういう事ですか? ネコさん」
姫ちゃんが代わりに説明をしてくれた。
「うん、そんな感じだと思う。祭壇の真ん中の箱は、この子の大切な物……かな? 怒りや恨みのような負の感情をこの箱が全部吸い取って、この子が安らかに成仏出来るように置かれてるみたい。だけど、この子の生け贄にされた事への絶望は想像以上だった。いくらこの箱が吸い取っても成仏出来ないぐらいに……」
「可哀そうですね……」
「……さ、もう戻ろう」
少ししんみりとした空気をネコちゃんの明るい声が吹き飛ばした。私達は出口に向かって歩き出す。
その途中、未来ちゃんが子供に抱き着かれた場所にさしかかると、
「……ねぇ、ここから出口まで少し走らない?」
ブルッと身震いをして未来ちゃんが提案する。私達は頷いて、軽く足早に出口に向かった。急ごうとすると気持ちが焦っているのか、不思議と出口までが遠く感じた。やがて出口の光が見えて、やっと洞窟の外へ出る事ができ、とてつもない安心感を生んだ。
「う~、外だ~! 生還できたんだ~!」
未来ちゃんが両手を広げて日の光を謳歌した。
「みんな速いよ~、待って~」
遅れてネコちゃんが洞窟から出て来た。
「もう~、相変わらず遅いんだから、ネコちゃ――」
そう言いかけて、未来ちゃんの口が止まった。
私と姫ちゃんも、ネコちゃんに目を向けた瞬間に息を呑んだ。
ドサッ!
未来ちゃんがその場で荷物を落としてしりもちを着いた。
その場の真夏の空気が、一瞬で凍り付いた。
「どうしたの? みんなそんな顔して」
ネコちゃんだけが何も分かっていない様子で首を傾げている。その両腕には、あの祭壇に祀られていた箱がしっかりと抱きかかえられていた。