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16話 犬とネコ②

「「「お邪魔しまーす」」」


 現在、私は自分の部屋の前にいる。前はこのドアを開けると絶叫してばかりだったが、ここ最近はそんな事もない。特にためらう事もなく友達を通そうとドアを開けたが、私はそのままの格好で硬直した。

――シロウが人間の姿でテレビを見ていたからだ。私をそっとドアを閉じようとしたが……


「何してるの? 早く入ろうよ」


 未来ちゃんが閉めようとしたドアをガッと掴んで勝手に中に入って行く。そして硬直した。


「私達も入りましょう」


 姫ちゃんとネコちゃんも私を素通りして部屋に入り、そして硬直する。

 その場にいる全員が完全に固まった。


「イ、イヌちゃんが……男を囲ってる……」


 私はもはやツッコミを入れる余裕もないほど頭の中が真っ白だった。

 シロウは皆の反応に首をかしげ、自分の体を確認するように手でペタペタとあちこち触ると、途端に驚いた表情に変わった。そして青ざめながら恐る恐る私に視線を向けてくる。

 ま、まさかこいつ、自分は犬のつもりで、人間化してる事に気付いてなかった!? そんな事ってあるの!?

 そんな私の様子にいち早く謝ったのは未来ちゃんだった。


「ごめんねイヌちゃん、無理やり遊びに来ちゃって。お客さんが来るってこの子の事だったんだね」

「え? あ、うん、でも気にしないで。時間の都合を合わせたつもりだったけど、調整出来てなかったのはこっちのミスだから」

「この子とどういう関係なの?」

「き、近所に住んでる子なの。今日は遊びに来る予定で」


 私は適当に合わせる。


「君、名前は?」 とネコちゃんがシロウに向かって聞いた。

「……シロウだぞ」


 馬鹿正直に答えるシロウに軽く目まいを覚える。


「シロウ? あれ、イヌちゃんのペットも……あ、近所の男の子の名前をペットに! ははーん」


 未来ちゃんが何かを悟り、笑いを堪えるような、そんな顔で私を見てくる。

 何その顔……友達に初めて苛立ちを感じてしまうからやめてほしい!


「どこに住んでるの?」 とネコちゃんが続けて聞いた。

「ここに住んでるぞ?」


 ええぇぇ~~! こいつははぐらかすって事を知らないの!?

 何か手を打たないと、全てをペラペラしゃべっていしまいそうで怖い。

 というか未来ちゃんが私の肩にポンっと手を置いて、物言いたそうにニヤけている。

 だからその顔止めて。友達を初めて引っ叩きたい衝動に駆られるから!


「ち、違うの、勘違いしないで! 今日はうちに泊まるの。そういう意味だったの!」

「あぁ、なーんだ、びっくりしたぁ」


 いや、それはそれで一つの事件レベルな気がするけど、この際そんな些細な事はどうでもいい。とにかくこいつを何とかしないと……

 すると今まで黙っていた姫ちゃんが口を開いた。


「雛さん、私ノドが乾いてしまったので、すいませんけど飲み物を頂けませんか?」

「え、うん、じゃあ今用意するね」

「私も一緒に行って手伝います。みなさんはどうしますか?」

「あ、私達も手伝うよ」


 姫ちゃんに誘導されるかのように、みんなで部屋を出る。


「シロウ君はここで待っていて下さい」


 姫ちゃんはシロウの返事も聞かずにドアを閉めた。

 ナイス姫ちゃん!

 今のうちに私はシロウと交信する。


  『 魂 の 循 環 』

 『 メッセージ 強制送信 』


(シロウ! あんた何で人間になってるの!?)

(ご、ごめん雛、犬のつもりだったのが人間だったぞ……)


 やっぱりか!


(とにかく、あんたが犬になれる事は絶対内緒だからね! あと、近所の知り合いって事にするから話を合わせて!)

(分かった、何とか合わせてみるぞ)


 不安が残る返事だが仕方ない。私達は階段を下りて台所に向かった。

 みんなの分のジュースを用意してテーブルに並べると、姫ちゃんが自分の分を取ろうとする。しかし手が滑ったのか、グラスを一つ倒してしまい、中身がこぼれた。


「すいません! 何か拭くものはありますか?」

「台ふきんがあるからちょっと待って」

「ネコさんと未来さんは上に戻ってシロウ君と遊んでいて下さい。私はここを綺麗にしてから行きますから」

「そう? まぁ拭くのに三人もいらないか。じゃあ行ってるね」


 二人は自分達とシロウの分のジュースを持ち、二階に向かった。

 私と姫ちゃんの二人だけが台所に残されて、テーブルと、フローリングに滴る液体を拭き取っていた。


「それで、あの子は一体何者なんですか?」


 突然姫ちゃんがそんな事を言うもんだから、私は虚を突かれて頭が混乱する。


「えぇ!? な、何が? さっき言った通りで、それ以上でもそれ以下でもないよ?」

「少し落ち着いて下さい! 雛さん、あなたが嘘を付くのが下手なのはマシロの事を問いただした時に分かっています。ペットのシロウと同じ名前や、あなたの能力の事を考えると、とても近所の子だなんて思えません。そもそもあなたは私達以外に友達はいないと言ったじゃありませんか!」


 姫ちゃんがジト目で私の言い分を待っている。


「べ、別に何も隠してないよ。友達がいないって言うのはアレでしょ? 携帯にかける友達がいないって言ったやつでしょ? シロウも携帯持ってなかったから……」

「……そう、ですか、そうですよね? 私は雛さんの事を大切な親友だと思っているし、どんな秘密があろうと全て受け入れるつもりです。でも雛さんからしてみれば、私なんていつ秘密を漏らすか分からない、不安要素でしかありませんよね。出しゃばってすいませんでした……」


 姫ちゃんはションボリと俯いて、また床を拭き始めた。物凄く悲しそうな顔に私はさらに慌ててしまう。


「そんな事ない! 私、姫ちゃんが信じてくれた時すごく嬉しかった! 話す、全部話すからそんな顔しないで」

「まあ、本当ですか? 嬉しいです!」


 姫ちゃんが一瞬でパァーと笑顔になった。その変わり様に一芝居打たれたのではないかと疑いたくなる。

 結局私は全てを話した。シロウの人間化の事も、魂の事も、能力を取り入れる事も全て包み隠さず。姫ちゃんは真剣な表情で、黙って最後まで聞いてくれた。そんな姫ちゃんに私は率直な感想を聞いてみる。


「これで全部だよ。どう?」

「どう、というのは感想ですか? 雛さんの動物と話せる能力の背景にそんな事実があったのは驚きました。けど、最初に言った通り、だからと言って私達の関係が変わる事はありません。むしろ、ちゃんと話してくれて嬉しかったですよ」

「よ、よかった~」


 私はホッと胸を撫で下ろした。


「色々と考える事はありそうですが、そろそろ戻りましょう。あまり遅いと疑われます」


 こぼしたジュースを綺麗に拭き取り、再度注いだグラスをそれぞれが持って二階に向かった。その途中でも打ち合わせは続く。


「未来さん達は『雛さんはあの少年が好きで、ペットに同じ名前を付けている』と思い込んでいます。ですがそこはあえて否定せずに、そのままにしておきましょう」

「えぇ~! そんな風に思われてたの!?」

「気づいてなかったんですか……」


 と姫ちゃんは苦笑いを浮かべた。

 部屋に戻った私達はすでに始まっているシロウに対しての取り調べのフォローに徹する事になる。


「シロウ君、歳はいくつなの?」


 主に未来ちゃんが興味津々のご様子だ。


「え? 歳? えーっと……」

「雛さんが十五歳ですから、三つくらい下の十二歳じゃありませんか?」

「お? おう、よくわかったなヒメ」

「ふふ、私、人の顔で歳を当てるの得意なんですよ」


 特に姫ちゃんのアシストが絶妙だった。色んな意味で全部打ち明けて本当によかったと思える。

 そうして私の家の突撃訪問は何とか終わりを迎える事になった。未来ちゃんは犬のシロウがいない事に最初は不満そうだったが、その代わりに人間のシロウに興味津々で、根掘り葉掘り尋ねていた。その分私が相当神経をすり減らした訳だが……

 シロウも最初は緊張した面持ちだったが、次第に慣れてきて会話を楽しんでいたようだった。代わりに私が気を使っていた訳だが……

 私は玄関でみんなを見送ってから、とりあえず無事に終わった事に安堵しながら二階に戻った。部屋に戻るとシロウが窓から皆に手を振っていて、窓からかなり身を乗り出している。


「ほんと今日はどうなるかと思ったわよ。これからは気を付けてよね?」

「……」


 シロウはまだ窓から身を乗り出している。返事も返ってこない。


「ちょっとシロウ、聞いてるの?」

「……」


 シロウはずっと窓から身を乗り出して動かない。


「ねぇ? シロウ?」

「……雛」


 シロウがようやくしゃべった。


「……何か嫌な予感がするぞ」

「え!?」


 私はゾクッと寒気がした。シロウの動物としての勘はかなり当たる事が多い。

 私も窓から顔を出して皆を見つめた。特に何も変わらない様子で三人並んで歩いている。そのさらに向こうから自転車が向かって来るくらいだ。特に問題は無いように思える。そう思った瞬間、向かって来る自転車がスピードを上げ、端を歩いていたネコちゃんにぶつかりながらカバンをひったくった! ネコちゃんが道に倒れている。


「ひったくり犯!?」

「雛、ピーポーとウーウーに連絡だ!」


 そう言うとシロウは窓から出て、少し助走を付けて屋根から飛び降りた!

 下には丁度走って来た自転車が通過しようとして、

 ガシャン!!

 シロウが思い切り犯人の肩を踏みつけ、自転車が横転する。

 私はシロウに言われた通りに救急車と警察に連絡をして、古新聞を縛るビニール紐を持って外に駆け出した。外では暴れる犯人をシロウが踏みつけながら後ろ手に押さえつけており、私は持っているビニール紐で犯人の手首を縛ろうと巻き付ける。

 そこにネコちゃんを庇うように三人が戻って来た。


「ネコ、大丈夫か」 とシロウが声を掛けた。

「うん、ちょっと手をひねっただけだから大丈夫だよ。シロウ君、ありがとう。私のためにこんな危険な事させて」

「気にするな」


 シロウが抑える手を緩める事無く、ネコちゃんと言葉を交わしている。

 私は縛るので必死だ。


「こいつ! よくもネコちゃんを! 蹴っ飛ばしてやる!!」

「未来さん落ち着いて下さい! 気持ちは分かりますが、たとえ現行犯でも無抵抗の人間に暴行を加えるのはまずいです」


 激情を抑えきれないという感じの未来ちゃんを姫ちゃんが必死になだめていた。

 かくいう私も頭に血が上って、さっきから犯人を締め上げている。


「雛さんも、もう十分です! あまりきつく縛ると血が流れなくなってしまいます!」


 私の異常に気付いた姫ちゃんが止めに入ってくれた。


「みんな、私は大丈夫だから落ち着いて、お願いだから」

「雛、俺が抑えてる。ネコの所に行ってやってくれ」


 ネコちゃんとシロウの言葉を聞いて、やっと頭に冷静さが戻ってくる感覚になる。

 じきに私の呼んだ救急車と警察が到着して、辺りは騒然となったが、この時の私はネコちゃんの様子に気付く事なんてなかった。

 そう。横目でシロウをチラ見するネコちゃんの気持ちなんて分からなかったのだ。

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