13話 友情を試された日②
鬱展開かと思いましたか?
コメディーです!!
学校の帰り、私は未来ちゃん達の誘いを断って一人で公園に来ていた。よくみんなで待ち合わせに使う公園だ。ここで姫ちゃんの部活が終わるまで質問時のシミュレーションをして待つ事にした。けれど姫ちゃんの冷たい態度が心にグサグサと刺さって考えに集中できない。
結局、姫ちゃんから携帯に連絡が入るまでリストラされたサラリーマンのように、ブランコでボケ~っとしていた。公園で待っている事をメールで送ると、すぐに姫ちゃんはやってきて、私達は姫ちゃんの家に向かう事になったのだが、その道中、会話はほとんど無かった……
家に着くと門番が話しかけてきた。
「お嬢、お帰りなさいませ。そちらの方は?」
「私の友達です。無礼のないように」
友達と呼んでくれた事に妙に感動する反面、これが最後になるかもしれないという絶望感が入り交じるような、そんな気持ちだった。
家の中は和風な作りになっていて、広い廊下を歩き、茶の間に通された。
部屋には姫ちゃんのお父さんがいて、お互いに挨拶を交わした。
「おじ様、こんばんは」
「おお~、嬢ちゃんじゃねぇか。何だよ前もって言ってくれれば歓迎の準備をしたのによう」
そう言って適当に座るように促されたので、座布団のある場所に座らせてもらった。
「お父さん、雛さんを呼んだのは話しをするためです。昨日雛さんと会ったそうですが、どういう経緯で知り合ったんですか? まさかとは思いますが、失礼な事なんてありませんでしたよね?」
ギロリと、姫ちゃんは睨むように目を細める。
「え? あぁ~、何だ? まぁ色々とあってだな」
おじ様は部下30名で追いかけ回した事実に冷や汗を流している。
「あのね姫ちゃん。おじ様とは私が迷子になった所で知り合ったの。道を教えてもらった時に、自分にもその制服の学校に通う娘がいるって聞いて、それで姫ちゃんのお父さんだって判明したの!」
私が必死にフォローする。
「そ、そうそう! そんな感じだよ姫乃。別に俺ぁ何もしちゃいないぜ?」
「……そうでしたか、確かその時にペットの事を教えてもらったと雛さんが言っていましたが、うちで猫を飼っている事は口外しない約束でしたよね、お父さん」
まずい! 私は急いで目をパチパチさせ、アイコンタクトでおじ様に合図を送る!
パチパチパチパチパチパチパチパチ!!
(私・に・合・わ・せ・て)
「あん? 嬢ちゃんは出会った時からその事は知ってたぜ?」
私に合わせる事なく首をかしげるおじ様。
うそ~ん! そこは普通空気読むでしょ!? 勘弁してよ姫パパさん!
「どういう事ですか雛さん! あなたは一体どこでうちのペットの事を知ったんですか!?」
「え、え~っと、どこだっけかなぁ~」
「誤魔化さないで下さい!」
姫ちゃんが詰め寄って来る。
「あ! ペットは姫ちゃんを見て知ったんだと思う。姫ちゃんが猫を撫でてるのを見て、あれは姫ちゃんが飼ってる猫かなって思ったの!」
「私が猫を撫でていた? 記憶にありませんね。どこで見たんですか?」
「え? え~っと……み、み、み、道……とか?」
「アバウト過ぎます! どこの道ですか!? 何かどんどん胡散臭くなってきましたよ?」
「そ、そんな事ないよ? どこだっけかなぁ~? どっかでマシロを撫でてたと思ったんだけどな~」
「今マシロって言いましたね? どうして雛さんがうちの猫の名前を知っているんですか!? 私は間違っても外でマシロの名前を口にした事はありませんよ!!」
「あっ、しまった!」
「しまった!? しまったって何ですか! まるで、『隠すつもりだったけど、つい口が滑った』、みたいな言い方じゃないですか!」
「姫ちゃん落ち着いて! そう! 名前は昨日おじ様から聞いたの。ペットがいるのは知ってたから、名前は昨日教えてもらったのよ!」
「……お父さん、本当ですか?」
姫ちゃんがおじ様に顔を向けた瞬間、私は再び凄まじい勢いでアイコンタクトを送る。
パチパチパチパチパチパチ!!
(私・に・合・わ・せ……)
「いや、昨日、嬢ちゃんはすでにマシロの名前を知ってたぜ?」
ええぇぇぇ~~!! この人察し悪すぎでしょ! 本当にここの統率なの!?
「雛さん、何ですかさっきから適当な事ばかり言って! ……まさかあなた、私の友達を装って近付いて、情報を探るスパイとかじゃないでしょうね!」
警戒するように私から距離を取ろうと、ジリッと後ずさりする姫ちゃん。
「ち、違うよ! あ、やっと思い出した! 全部門番が言ってたのを聞いたんだ!」
「門番が?」
姫ちゃんは未だ警戒した様子で、ジト目で聞き返す。
「そう。夕方5時近くに、この家に白猫が入っていくのを見たの。その時に門番の人が、『お帰りなさいませ、マシロ様』、って言ってたの!」
「……確かにマシロはいつも5時前に門を通りますね。でも、その事を何でもっと早く言わなかったんですか」
「いやぁ、記憶がごっちゃになっちゃってて。でも、私は姫ちゃんも悪いと思うの!」
「えぇ!? な、何ですかいきなり……」
突然責められた事に姫ちゃんが戸惑っている。
「結局姫ちゃんは、家の事情を知られたくない訳でしょ? それでも未来ちゃんにあの態度は無いと思うなぁ。だって、それって友達を信用してないって事だよね?」
「うっ……それは、その……」
「こういう隠し事って、後で必ず分かっちゃうものなんだよ? その時に、何で教えてくれなかったのって責められるのと、先に打ち明けるのじゃ、どちらがいいか姫ちゃんなら分かるよね?」
「で、ですが、私は私なりに考えて……」
「私も、姫ちゃんがあんな冷たい態度をとる人なんだって、すごくショックだったなぁ~」
「うぅ……」
姫ちゃんが怯んだ事をいいことに、今ままでの質問攻めのお返しと自分への疑いを誤魔化すために攻めに転じる。しかし次の瞬間
「仕方ないじゃないですか!!」
姫ちゃんが大声を上げた。
「私だって信じたいですよ! だけど今までに、それでどれだけの友達が離れて行ったか……
雛さんなら分かるでしょう、友達のいない寂しさ、出来てもうまく築いていけるかという不安。私は嫌というほど経験してきました!」
「姫ちゃん……」
「勉強を頑張って注目されるように努力しました。敬語を使って雰囲気を良くしようとも努力しました。けど家の事を知られると必ず怯えるんです! 今まで仲良く話してくれてたのに、目も合わせてくれなくなるんです! 高校に入ってみなさんと出会って、もうこの関係だけは壊したくないんです! 私は私の事を想ってくれている父や、ここにいる人達を悪いなんて思ってません。だけど周りから理解してもらえるかどうかなんて分からない。だったらどうしたらいいんですか!? 隠すしかないでしょう!!」
姫ちゃんは半狂乱になって叫んだ。これまで溜まったものを吐き出すように……
おじ様はすでに姫ちゃんの気持ちを知っていたのか、目を閉じて耐えるように俯いている。
「……ごめんね姫ちゃん、こんな事言わせて。私、酷い事言っちゃったよね」
私は姫ちゃんの隣に座り、手を握った。手が触れた瞬間、ビクッと震える。
「私、勘違いしてた。姫ちゃんの態度が冷たくなったのは怒ってるのかと思ったけど、本当はすごく不安だったんだよね。ほとんどしゃべれなくなるくらいに」
私は学校での姫ちゃんの様子を思い出す。あれは全部、不安に押しつぶされそうだったんだ。
姫ちゃんは少し落ち着いたのか、黙って私の言葉を聞いていた。
「でも安心して、私は何があっても姫ちゃんの事、嫌いにならないよ」
「本当……ですか……?」
姫ちゃんは不安そうにこちらを見つめてきた。
私は不安にさせないように、出来るだけ笑顔で答える。
「もちろん。だって私は、姫ちゃんともっと仲良くなりたいって思ってるんだもん!」
「よかった……私、またみんなに嫌われるんじゃないかって……」
姫ちゃんは少し涙ぐんでいた。
「もしかしてここの人達がヤクザを辞めたのって、姫ちゃんのためじゃないの?」
「まぁ、親がこんなんだと娘が苦労するからな。気づいて辞めた時には遅いかと思ったが、嬢ちゃんが友達になってくれて助かったぜ」
代わりにおじ様がそう答えた。
「みんな優しい人だよね。最初は追い回されたりしたけど、私ここのみんなとも仲良くできる気がするよ」
「雛さん……ありがとうございます」
よかった。なんとか綺麗にまとまった! 姫ちゃんに嫌われずに済んだ事はもちろん、私やシロウの秘密もバレずに全部丸く収まってほんと良かった。
姫ちゃんには友達を信じろみたいな事を言っておいて心苦しいけど、私達の秘密は事が事だけに仕方がない。私はそう割り切る事にした訳だが……
「……あれ? 雛さん今、追い回されたって言いませんでしたか?」
ハッと気づいたように姫ちゃんが確認する。
「え? わ、私そんな事言ったかなぁ? 気のせいじゃない?」
「いえ、確かに言いましたよ! お父さん、追い回したってどういう事ですか!? 昨日一体何があったんですか!?」
「えぇ!? いやぁ、べ、別に俺ぁ嬢ちゃんを追い回したつもりはねぇよ。ボウズが……」
「わ~! わ~!」
シロウの事をしゃべりそうな姫パパさんの言葉を必死に遮る。
「二人とも何なんですか!? まだ何か隠してそうですね」
ムムムっと勘繰る姫ちゃん。その時、一人の女性が部屋に入って来た。
「失礼します。こちらにマシロ様は来ていらっしゃいませんか?」
恐らく世話係の担当であろうその女性は、部屋の中を見渡している。
「来ていません。まだ帰ってきていないんですか?」
「恐らくまだかと……もう少し屋敷の中を探して参ります」
そう言うと女性はすぐに出て行った。何やら不穏な空気が漂う。
どうやら今日の騒動は、まだ終わっていないようだった。