11話 全力鬼ごっこ➂
前回までのあらすじ
何だかんだで逃げ出す事に。
鬼ごっこの始まりである。
私とシロウは必死に逃げた。いや、正確に言うと必死なのは私だけだが、とにかく走った。気づくと商店街の近くまで来ていたが、正直、商店街に入るとみんなに迷惑がかかるとか、そんな事考えている余裕なんてなかった。だってほら、後ろを見ると、
「おんどりゃー待たんかボケェー!!」
「うらあーぶっ殺しちゃらああああー!!」
「発砲許可だ! 誰か発砲許可取ってこいやー!」
鬼のような形相ですでに10人ほどが追いかけてくる。
「ひぎゃ~~~! 怖い怖い怖い! マジで怖い! 捕まったら冗談抜きで殺される!」
いや、楽に殺されるならまだいい。下手したら拷問とかされる! 私、何も関係ないのに無駄に拷問されて生き地獄とか味わう羽目になる! そんなの絶対いやー! シロウのばかー!
泣き喚きながら商店街を走り、追っ手を撒こうと店の間の狭い路地に入った。
「ヒナ!そっちはダメだ!」
シロウがすでに曲がり切った私の襟首をつかんでブレーキを掛ける。
ふえ? 何で? そう思うのと同時に、路地の出口から男達が現れた。どうやら先回りされていたようだ。
「ぎにゃー! 挟まれたー、もうダメよシロウ~」
「ん~…よしヒナ! 上に逃げるぞ!」
そう言ってシロウは壁を蹴り上り始めた。例えるならアクションゲームの三角飛びをするように、右から左に、左から右へ、壁のわずかな窪みや出っ張りをうまく使い、華麗に上っていく。私も身体能力はインストール済みなので、シロウが出来る事は大抵出来る。後を追うように壁を蹴り上がると、下から男達が驚きの声をあげる。
「うお! あいつら本当に人間か!?」
「階段だ! 階段で追え!」
「……水玉か」
「いや~! 私、今制服だから! スカートだから! 高い所はダメなのに~」
「ヒナ我慢しろ。逃げ切るためだぞ。急いで別の所に飛び移らないと階段を上ってくるな」
はたして、ここは簡単に入っていい建物なのかは不明だが、下を見ると男達は入口から中に入っていく。この建物を囲むように見張っている者も数名いる。私はどこかに跳び移れそうな所がないか見渡すが、どこも難しい。
あれ? もしかして詰んだ? そう思った時、シロウが叫んだ。
「ヒナ! あそこだ、あそこに跳び移るぞ!」
そこを見ると、20メートルは離れているんじゃないかという距離の二階の建物を指さしている。ここが三階だから高低差はあるものの、20メートルはさすがに遠い。
「シ、シロウ、無理よ、遠すぎる」
「でもこれくらい跳ばないと追いつめられるぞ? ヒナ、よく見ろ。本当に跳べない距離か?」
冷静になって再度見つめる。確かにギリギリだけど行けそうだと本能が告げている。
けど……
「全力で踏み込めば行けると思う。だけど、少しでもためらったら……私、怖いよ、この高さから落ちたら、死んじゃうんだよ?」
追っ手に捕まるのも怖い、ここから跳ぶのも怖い。
一度止まっていた涙が、恐怖で再び溢れてくる。
「大丈夫だぞヒナ。この姿だと、ヒナの方が能力は上だと思うんだ。俺が跳べると思うんだから、ヒナなら絶対跳べるはずだ」
シロウが自信満々に答える。
「それでもまだ怖いなら、こうしよう」
そういうとシロウはポンと私の頭に手を置いた。
ナデナデ。
「ヒナにナデナデされるとすごく落ち着くんだ。だから今は俺がナデナデしてあげるぞ!」
カァーっと顔が熱くなる。妙に恥ずかしい気持ちでいっぱいになった。そもそも自分のペットにナデナデしてもらうってそれはそれでどうなんだろう……
まぁペットではなく、もう家族みたいなもんだけど。
「わ、わかった! 跳ぶ! 跳びます! だからもう止めて~」
観念して跳ぶ事を決心する。
「ヒナ、手ぇ繋ぐぞ。届きそうになかったら俺が引っ張ってやる」
空中で引っ張れるわけないのに、相変わらずおバカなんだから。そう思いながらもシロウと手を繋ぎ、十分な助走を取った。その時ドアが開いて男達がようやく到着する。
「いたぞ、捕まえろ!」
男達には目もくれず、跳ぶことに集中する。そしてシロウと同時に風のように走り出した。ギリギリの所まで全力で助走をつけて、90度直角になる部分に足を掛け力強く……跳んだ!
犬が跳ぶような恰好で、頭から突っ込んで行く。向こうの屋上に……届いた!
頭から突っ込む体制をシロウと同時にくるりと一回転して足から着地する。
飛距離は私の方が僅かに長かった。
「むぅ、やっぱりヒナの方が跳べるじゃないか! 心配して損したぞ」
シロウがブー垂れている。
いや、そんな事言われても……本気で死ぬかと思った。
「よし! 次は向こうに跳ぶぞ」
もはやこの距離を跳んだ後ならば、どこへでも飛び移れそうだった。
何度か跳んでいる間に私は勝利条件を考えて、思うことをシロウに伝えてみる。
「ねぇシロウ、このまま家に着いたとしても、追っ手に家を特定されたらアウトよね? 結局追っ手は全員振り切らないと帰れないんじゃないかしら?」
後ろを振り向いて確認する。
「向こうの屋根に飛び移ったぞ! 追えー!」
男達は増援でも呼んだのか、30人近くになっていた。砂埃をモクモクあげながら、必死に追いかけてくる。
「無理無理無理! アレ全員撒くなんて無理! めっちゃ増えてるし!」
「ヒナ、俺に任せろ、俺の後についてくるんだ」
屋根から屋根に飛び移った。一階の屋根から二階の屋根に駆け上った。
追っ手はまだ追って来る。
二階の屋根から街灯に、街灯から電柱に、電柱からまた屋根に跳んだ。
追っ手はまだ追って来る。
二階の屋根から一階に飛び降りる。屋根から看板、そこから地面に降りて走った。
シロウは何かを感じ取っているのか、不規則にルートを変えて追っ手に挟まれるのを防いだ。そして一直線に全力疾走で駆け抜ける。
追っ手はまだ追って来る。
商店街を抜けて住宅街に入った。住宅街から団地に入った。
追っ手はまだ追って来る。
10分は逃げ続けた。20分経過してまだ逃げ続けている。
追っ手はまだ追って来る。
30分以上逃げ続けて、ようやく追っ手が見えなくなった。シロウは家の前まで来て周りに追っ手がいないか警戒した。
「誰もいないぞ、今のうちに家に入ろう」
すばやく家の鍵を開けて、玄関の中にに転がり込んだ!
「わ、私達、助かったの?」
「おう! 俺達の勝ちだー!」
コンコン!
その時ノックの音がした。私達は一瞬固まる。
コン、コン!
また鳴らしてくる。
こ、怖い! 正直見たくない!けどそんな訳にもいかず、覗き穴から外を見た。そこには男達に指示を出していたリーダー格の男が立っていた。歳は40歳くらいだろうか。
私は一瞬で真っ白になる。
「お嬢さん、ここを開けてくれねぇかい?なぁに何もしねぇさ。ちょいと話しがしたいんだ」
私は真っ白になったまま動けない。
「開けてくれなくても構わないがその場合、後で部下を30名連れてまた来るぜ?」
ガチャリ。
「お入りくださいおじ様」
私はあっさり招き入れた。玄関に上げた後、シロウが悔しそうに質問した。
「どうやって臭いを消したんだ? 周りからは臭いがしなかったのに」
「臭いだと? 俺ぁたまたまこの辺に山張って、あんちゃん達を尾行しただけだが。もしかして若ぇ連中が取り囲めなかったのは、その臭いでルートを変えてたせいか」
「おっちゃん達の臭いは覚えたからな。近くに来ればわかるはずなんだ」
「そういや今は風が強くなってきて、俺ぁ風下にいた。それで臭いが届かなかったって事じゃねぇのかい?」
「うあ~そうか~。だから分からなかったんだ~!」
シロウが悔しそうに頭を抱えた。
「って事は俺が見つからなかったのは運が良かったってだけかよ。ならこの勝負は引き分けだな」
「引き分けか~、やったなヒナ。負けじゃないみたいだぞ?」
私は放心状態だった。
「嬢ちゃんしっかりしな。とりあえず上がらせてもらうぜ」
ひとまずおじ様を居間に通した。
「じゃぁシロウ、悪いけどあと話し聞いといて。私は疲れたからベットに横になるわ……」
ゴロンと仰向けに体を倒した。
「ヒナ、それベットじゃなくてテーブルだぞ?」
「じょ、嬢ちゃん気を確かに持ちな。本当に何もしねぇって。俺ぁただアンタらに興味が湧いただけさ。あの動きといい何もんなんだ?」
「その前に一つだけ聞かせてください……」
私は体を起こしてさっきから聞きたかった事を尋ねてみる。
「マシロっていう白猫を飼ってませんか?」
「おお~、マシロを知ってんのか! っとすると、もしかして姫乃の友達かい?」
正直かなり驚いた。前にマシロの家に行った時の人達と雰囲気が似ていたから聞いてみたのだが、そこで姫ちゃんの名前が出てくるとは思わなかった。だけどここはとりあえずうなずいておく。
「あ、はい、姫ちゃんとは仲良くさせてもらってます」
「そうかそうか。姫乃の友達か! なら尚更手を出す訳にはいかねぇや、あっはっはっは! あ、俺は姫乃の父だ。よろしくな嬢ちゃん」
おじ様が機嫌良さそうに笑っている。
まさかこの大掛かりな鬼ごっこをしていた相手が姫ちゃんのお父さんだったなんて。あまりの出来事で私は唖然としてしまっていた。