天才と呼ばれた彼女
何を言い出すかと思えば、ナンパ? 兄さまってそんな性格だったっけ、なんにしろ、昔から不気味ではあるけれど。
その証拠、とはならないだろうけど、左目にはモノクルをつけている。視力は2.0のはず、それも能力によるものだろうけど。
それに、ミラを引き抜いて何をするつもりなのだろう。ミラの能力が知られた? だとしたら余計に渡すわけにはいかない。
兄さまはミラの肩に手を乗せ、何度もポンポンしている。嫌がっているのがわからないのだろうか、ミラが私に助けを求める視線が痛い。
「お断りします、そう言いました。ミラは手放しません」
視線に耐え切れず、やむなく3度目のお断りをする。依然喧嘩腰の私に、若干の驚きを隠せない兄さまはポンポンをやめる。姉さまと同じような呆れ顔を見せたところで、今度は私の頭をグシャグシャと撫で始める。
「ヒナも言うようになったな、兄貴として嬉しく思う。言い方を変えれば、生意気になった、と思う」
「やめてください、髪は女の命です、気安く触らないでください」
依然グシャグシャと動かし続ける兄さまの手を払う。チッ、と舌打ちをした兄さまを、私は快く思わなかった。私を睨みつける目は、苛立ちよりは邪魔者を見る目だった。
自身専用の机をダンッ、と叩き、目線を集める姉さま、落ち着きを持っているようで持っていない。落ち着かせようと思えばできるけど、やはりするわけにはいかない。
「クビは変わらんぞ…」
「だったら何」
ついに胸ぐらを掴まれる、それでも尚ここにいる私を含め4人は無表情、クビ手前の1人を除いてはだけれど。
「今すぐにお前という存在を無くす事が出来るという事を忘れるな、もしくは、そっちの臆病者をもっと使える兵士に変えてやってもいいぞ?」
「それでは、その臆病者の役割を兵士から薬師に変えるのはいかがでしょうか?」
兄さまと同じように…ではないけど、できる限りの笑顔と落ち着きを見せるコモモがいた。
「コモモか、役割を変える?」
「ええ。その娘は優しい娘です、兵士より向いているかと」
ミラの両肩に手を乗せるコモモ、今日はミラの肩に手を乗せる日なのか、そう思えてしまうほど、今日はミラを持ち上げては落とし、持ち上げては落としだ。
「いくらコモモとはいえ、それは受け入れられない」
「そうですよね。ですが、私は彼女を受け入れますし、ザクロ様も受け入れるつもり、クビが変わらないのなら、その後の選択は彼女に任せるしかないでしょう。聞いてみましょう、私の下で薬師として働くか、ザクロ様の隊に移るか…」
たいした度胸だ、私たちリンドウ三姉弟は小さい頃も今もコモモにお世話になっている。天才と呼ばれた彼女は、どこまでいっても天才なんだ。
「わた…私は…」