涙無しには語れない
突然すぎる申し出に戸惑いを隠せない、簡単に言えば叛逆者になりましょう、ということ。しかも話を聞く限りリンドウではなく世界に…ヴァルハラに対しての叛逆行為と取れる。そうだとしたら命がいくらあっても足りない。
それにいくらか不明な点がある。環境がそうさせていたとはいえ、私にはこの考えが頭から離れなかった。
「正気なんですか? あなたはヒナ様、リンドウの一族のはずです。私の知るリンドウはこの世界の最大勢力、いつでも世界を手に入れられるはずです。力で支配するのがリンドウのやり方でしたら、すぐにでも戦争は終わるのでは……」
「それが嫌なのよ!」
私の言葉をヒナ様が遮る。それも普通じゃない、さっきまでにこやかだったヒナ様の顔は明らかに怒っている。地位は上でも年は多分私より下だから言える事だけど、可愛らしい顔立ちの所為かそれほど怖くはない。
それでも私は臆してしまった。自分の緊張や恐怖感が消え、家族と話すように喋る事が出来た事にさえ気がつけないほど恐怖した。地位が上だからとか、私が臆病だからとかは関係ない、ヒナ様から感じるなにか別の強い意志のようなものが怖かった。
「私は嫌なの、力で支配された世界なんて……みんなが恐怖を感じながら生活する世界なんて! そんなの地獄じゃない。笑えない、愛せない、希望がない、あるのは悲しみと涙と恐怖と絶望、生きる意味なんてない!」
ヒナ様は涙を流し始める、未だに座っているコモモさんは辛そうにヒナ様を見つめていた。
「だから私は力を使い続けた。リンドウが世界を支配しないように使い続けた。でももう身体は限界に近い、コモモの薬の効果だって、大量に、こまめに摂取しないとダメになった…」
するとヒナ様は自身の服のポケットから何かを取り出し、それを口に放った。おそらくさっき聞いた薬というやつだろう。何の薬かはわからないけど、おそらく身体にはよくないはずだという事は確かだ。
話の中身は見えてこない。使い続けた、何をだろうか?
「もう限界なの、あと数日したら切れる。切れてしまえば姉さまと兄さまは私の能力に目をつけて…、世界は何の抵抗もなくリンドウのものになってしまう。いいや、私の能力無しでも支配は可能」
こうなってくると私の目にも涙が浮かんできた。狙っての事ではないし、話の中身は未だに見えない。だけど、ヒナ様が抱えているものは少しずつ理解していた。この私よりも年下の可愛らしい女の子の手には、世界が乗っている。
ヒナ様が私と私の涙を見る。涙の所為かはわからないが、ヒナ様は少し申し訳なさそうにする。
「ごめんね、関係のない話しちゃって。さっきまでの話は忘れて。採用はする、でも気にしないで、あなたには関係のない事だから」
そう言うと私の手のひらに鍵を乗せる。寮の鍵のようだが、ヒナ様に冷たく突き放されたような気がした。関係ない、という言葉が絡み付いて離れず、布団が変わった事もあってかその夜は気になってほとんど眠れなかった。