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世界に叛く異草花  作者: にぼし
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リンドウは変わる

ついに最終回です!

「うん、あそこと比べたらね」

 比べたのはヴァルハラとではなく、居場所だ。嫌な姉と不気味な兄は居らず、心を開ける人しかいない。毒舌が抜けないのも皆を信頼しているからかもしれない。

 私がそう答えると、胡桃はポカンと口を半開きにしていやらしげに笑い、

「あら、あそこの事は忘れるって言ってなかったかしら?」

 痛いところを突かれる。胡桃とはいえ笑われたのは少し傷ついた。私はふてくされるように頬杖をつき、

「うん、言った」

「そうよね。別に忘れなきゃいけない、って訳でもないけど」

「分かってる。“いつか”って言ったでしょ。それは今じゃないよ」

 もっとも、本当に忘れるつもりなら今思い出したのは致命的だ。けれども、私はそんなことは微塵も考えていない。あの姉弟をずっと馬鹿にしている。

 私がカナンで暮らすにあたって考えた苗字の鈴藤すずとう、これもリンドウの当て字だ。ある意味皮肉だと考えた結果である。

 ふと、ヴァルハラの記憶が美良たち3人と重なった。

 そういえばそうだな、と考える前に口は動いており、胡桃に「あのさ」と尋ねていた。胡桃は首を傾げて続きを待つ。それを受け、私は覚えず続きを急ぐ。

「さっきもだけど、美良たちを見てると不思議な感じがするんだ。3人がきょうだいに見えるんだもん」

 と言うと、意外だったのか胡桃は盛大に吹き出した。何かおかしい事を言ったのかと少し恥ずかしくなり、特にあの怖がりの美良が3人集まると姉に見える、と付け加える。

 一通り笑うと胡桃は涙を拭き、

「年下の凪の口からその台詞が出るなんて、ちょっと面白かった」

 と言って深い息を漏らす。

 なんだそれだけか、と拍子抜けする。心配して損した。ガクッと手から落ちた頭を元の位置に戻し、

「そうだけどさ、一応上司だから」

「そうよね。…確かに分からなくもないわね」

 と言うと胡桃は立ち上がり、調合の道具を洗うため部屋を出る。作業も終わり、そろそろ私も寝るために自室に戻るべきなのだが、まだ話の途中ということで席を立たずにそれを待つ。

 足をぶらぶらさせて待っていると胡桃はすぐに戻ってきた。綺麗になった道具を棚にしまうと、再び同じ椅子に座る。まだ話をしてもいいというサインだと勝手に取っていいだろう。

「で、何が分からなくもないの」

 答えはわかっていたが、何を切り出していいのは分からず、そう尋ねる。

「きょうだいの話。美良が一番上で、心音が真ん中で、沙奈ちゃんが末っ子。…いいえ、沙奈ちゃんが一番上でも違和感ないかも」

「言えてるね」

 と言って一緒に笑い合う。この時、私の顔は引きつっていたのかもしれない。我ながらくだらない話をしていると思う。だがそれがいいのだ。こんな時間、ヴァルハラならなかった。

 あの時不変を求めた私、今でもそれは変わらないが、変わってほしくないものが既に変わっていた。

 その私がまた変化に気づく。胡桃の表情だ。笑い声がゆっくりと小さくなり、真剣な表情へとなる。

 それを受けて私も笑うのが気まずくなる。そしてそれを止めてしまうと、空間は不気味なほどにまで静まりかえった。

「羨ましい?」

 10秒ほど経って、胡桃がこの静寂を破る。ほんの10秒だったが、私には何分にも思えた。その後のこの台詞、私の思考は一瞬停止する。だが、その思考を戻すのに10秒もはいらない。

「…え?」

「あの3人よ。あんなきょうだいだったら、って、考えちゃった?」

 質問の内容を理解すると今度は私が吹き出しそうになるが、それをこらえる。意外な質問だった。

「いんや全然。なんで?」

「いやだって、そんな顔してたから」

 やや間があり、胡桃は続ける。

「あの2人だって生まれる世界が違ったら、3人で仲良く––––」

 話を切るように、私は吹き出す。そのあとは多分、今までで一番自然に微笑み、

「馬鹿言わないで。あの2人と仲良くなんて気持ち悪くてできないよ」

 言うと妙にスッキリした。溜め込んでいたものがすべて洗われたようなイメージ、病気が治ったとも表現できるか、ともかく今私は良い意味で空っぽだ。

「スッキリスッキリ。もう寝るよ、ありがとう」

 席を立ち、障子に手をかける。

「また明日、ね」

 背後から胡桃の声が聞こえた。私は振り向かずに手だけ振り、部屋から出る。

 深呼吸をすると当たり前のように感じる薬の匂い。静かな空間であるため、すーすーと誰かの寝息が聞こえる。無意識に口角が上がったのを知ったのは部屋に戻ってからの事だった。

とうとう終わってしまいました。ここまでお付き合いくださり、本当にありがとうございます。

幻想花はまだ続きますので、よろしければそちらの方もよろしくお願いします。

…宣伝です申し訳ありません。

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