怒りという感情
「ザクロ様––––」
「みなまで言うな」
私の言葉を切り、ザクロ様はやれやれといった感じで私に諭すように言う。それと同時に、少し空気の漏れる音が聞こえた。おそらくザクロ様は笑ったのだ。それが余裕の笑みか、哀れみの笑みかはわからない。
深い呼吸をし、ザクロ様は続ける。
「僕はさっきまで君に酷いことをしていたつもりだが、まだ様をつけてくれるのか。そういうところが愛おしい。だがそれを通り越して笑ってしまうよ」
振り向けない私の背後で、ザクロ様は再び悪い笑いをする。当然私は内心穏やかでない。真綿で首を絞められているようだ。唇が乾き、額には脂汗がじわじわ浮かんでくる。
小さく、砂と靴がこすれる音が聞こえる。
私の緊張を知ってか知らずか、ザクロ様はその場に座り込む。正確には座り込んだ気がした、だがほぼ間違いないだろう。座った意味はといえば、これもわからない。
「不安か、不気味か、それとも両方か」
抑揚のない声でザクロ様に尋ねられる。
ええそうです。ザクロ様の言う通り両方です。ですが私には、それを口に出す事ができません。
ヒナ様の真似をし、クールに返す事ができないのは、肩が消えたザクロ様のチカラ、それに怯えているから。涙が零れるのを我慢するので精一杯で、声なんて出せる余力がない。
次第に私の呼吸は荒くなり、背中を伝う冷や汗が気持ち悪く感じる。血が出るほどに拳を握ったのは、無意識の事だった。
ザクロ様の毒のように体を蝕む言葉が、私をそうさせたのかもしれない。
「怖がらなくていい、君はもうすぐ僕の物だ。君は永遠に僕の中で生き続ける」
これは心理戦だ、と私は理解する。それもザクロ様の猛毒による一方的な、まるで子供と大人の我慢比べ。
すでに精神状況がギリギリで、今すぐにでも胃の中身を戻してしまいそう。もういっそ全て吐き出して楽にしたいほどに、私は追い詰められている。
そんな私の気持ちを180度変えたのは、不覚にもザクロ様だった。
「ああそうだ、君から貰ったチカラでヒナとコモモをキルするのはどうかな。あの2人、最近生意気で気に入らないんだ」
言葉が終わる前に、私は既に振り返り、銃の形にした指の先にザクロを置いていた。生まれて初めて、人を憎いと感じ、怒りを覚える。
込み上げる怒りの言葉を、全て憎いこの人にぶつけたいが、その言葉が出かかっては引っこみを繰り返し、心の奥でふつふつと湧き上がる怒りを抑えられないでいる。
予想通り座り込んでいたザクロを見て、我慢していた何かが、音を立てて壊れる。
私も大概人間のクズだが、何もできない悔しさに築いた堤防は決壊した。
涙を流す私を見て、ザクロは哀れみの笑みを浮かべ、常にかけているモノクルを外し、ぬるい息を吐きかけ白衣で拭いた。




