目は大切に
私は自分の体が軽くなったことに気がつく、背中が痛くない。鎮心のチカラ、一度無に戻したことで、痛いという感覚もなくなったのだろうか、今はすごく楽。
さっと立ち上がるが、足がどうしてか震える。それを見て、クルミは心配そうな顔をし、
「だ、大丈夫なの…?」
と言う。おもわず笑ってしまった。さっきまでこの人が誰かわからなかったのが嘘のようだ。私は首を横に振り、
「ごめんね、心配かけちゃって」
「ほんと、心配したのよ」
「わかってる。わかってるけど、今度は別の心配をしなきゃいけないみたい…」
来た道を向くと、黒いマントを付けた女の人が立っている。6メートルほど離れた場所で、壁にもたれかかっていた。ハレン・リンドウ。足が震える理由がわかった。
「実の姉に怯えるとは、わたしがそんなに怖いか」
そう言うと、姉さまはもたれかかるのをやめ、こちらへ向かいゆっくりと歩んできた。
「まぁ、変な格好している姉を見たら、嫌でも怖くなります」
「ふん…、色々とやってくれたな。ところで、お前たちはこれからどうするつもりだ」
私は1歩後ずさる。私とクルミに攻撃手段はない、逃げる準備をする。
「無駄だぞ」
「無駄…とは」
私はおそらく不敵な笑みを浮かべ、
「逃走は不可能だから、逃げたところで追いかけるから、そういうことですか」
「まぁ、そうだな」
「それはお手上げですね。もうどうしようもない…」
拳を強く握り、逆転の策を講じる。
「そう。わかっているなら大人しく–––」
固く握った拳、さっき倒れている時に掴んだ砂を姉さまの目に投げつける。効果は思ったよりも大きく、話の途中だったから口の中にも入ったようで、私は笑いそうになってしまうが、今はそんな状況じゃないと堪える。
「クルミ行くよ!」
「悪い子ね、今回ばかりは怒れないけど」
急いで、階段まで逃げるよ、と全力で走る。手を引いて走ることはしなかった。
「待て…、もうっ…目が…」
姉さまが目をこする。ご愁傷様。待てと言われて待つお間抜けさんはいない。
私たちは進んだ道を逆戻りし、階段へと向かい進んで行く。一本道で走る前にも進んでいたから、本当にもうすぐ見えるはずだ。一向に見えない光を内心疑うが、降りてきたのだから確実にある。
「あの人は」
私はクルミに尋ねる。クルミは後ろを確認し、一度呼吸を整えてから、
「もう見えない、暗いっていうのもあるけど」
「見えないのが一番怖いね」
もしかしたら、何かしらの方法で既に回り込まれている、とかいう可能性さえある。見えていた方が安心できた。
部屋を調べる際に開けっ放しにした扉から、ヒョイっと何か出てきて私たちの邪魔をする、なんて事もありそうで怖い。さっきの少年がいい例。
今度は自分で後ろを確認する。確かに見えない。確認し終えると減速してはいけない、と考え、再び前を向く。
瞬間、私の目は一本道の先に光を見る。不思議な光、地上から漏れる光ではないと、私は直感で感じていた。
あれって、と戸惑うクルミの手を取り、
「飛び込むよ!」




