不正解
私は昔を思い出す。鮮明には思い出せないのは、その時間を適当に流していたからだろう。
私はこれまで、この感情に支配されたことがない。それ以前に、悔しいなんて無縁だった。
姉さまに何か言われても、兄さまに何かされても、私はずっと話半分で聞き、まともにそれを受け止めた事なんてなかった。どんなことを言われたかも覚えていない。落ちこぼれと言われたことだけは覚えているが、それもどうという事はない。
私自身、それを楽しんでいた。
私を蔑むための言葉、行為、その全てを適当に流し、逆に相手をイライラさせる、それが楽しかった。何を言われようと、何をされようと、どうでもよかった。
私にとってこの世界での生きがいは、もしかしたらそれだったのかも。なんとも性格の悪い話だ。
今そう考えると、そんな私は消えて正解なのかも。
しかしながらうまくいかないのがこの世界の真理、弱い私はやはり逆らえない。世界の真理には。
「やめ…て…」
なぜか私は今、私を保っている。過去の事、今の事、悔しいという感情が私を呼び起こしているのか。今どうしてこんなことになっているのか、そんな事を考える余裕さえ出てきた。
私はこの世界から抜け出すため、特別を求めないために今ここにいる。姉さまになったところでいい事はない。それは当然の事。この上ない最悪な状況。
『くっ…、一体何が…』
大量に流れてきた姉さまの情報が、未だ侵食できない事に戸惑い、焦りさえ感じる。何しろ私の頭の中、感情はストレートに伝わる。
頭の中の雨が、だんだんと止みそうな気配を見せ始める。視界の霧が晴れ、遠のいた意識はほんの少し戻ってきた。
けれども、私は抵抗しているつもりもなければ、助かりたいと思っているわけでもない。むしろ身を委ねている。
無意識のうちに抵抗している、そういうわけなのか。
「やめ…て…!」
動かぬ体でそう訴える。私を返せと。
『あと少し…、あと少しなのに…』
「返して…」
『どうして止まったの…、なんで…』
「返して!」
残った意識の中、とっさに思いついた行動を起こす。統率の複製に効くのなら、同じ状況の私にも、と鎮心を自身に使う。
『やめろ…やめて…』
頭がスッとしていく。デタラメに書き換えられた私、まるで頭の中に消しゴムをかけたかのように、いつも通りに戻っていく。
『そんな…まさか…』
(不正解か…)
先ほどまでと逆の立場、消えゆく姉さまに、私は頭の中でそう伝えた。もちろん、ずっと倒れた私の事を心配し、この問題を出した人にも。




