鎮心
当てる、といった少年の表情は冷静沈着。人の命を奪う事に何のためらいもない殺人鬼の表情。それにも種類があるが、どこにも焦点の合っていないような虚ろな目、殺る時の姉さまそのものだ。
性格、思考、スキル、運動能力、魔力、少年の全てが姉さまと同じになった今、いつもの嫌味が無意識に漏れる。
「当てる…、クイズでもしてましたっけ?」
チッ、と少年は舌打ちだけをし、瞬間で私の後ろへ回り込んで蹴りを放つ。私は吹き飛ばされ、ちょうど少年がさっきまでいた場所の壁にぶつかった。
「ヒナ!!!」
クルミが捨てた名前で叫ぶ。だが、ちょうど入れ替えの形になり、彼女の隣にいる少年はクルミに銃口を向け、
「動くな。コモモとはいえ容赦はしない」
クルミは拳を強く握り、その場にとどまる。
私といえば、背中に激痛が走っている。蹴られた直後に空中で体を捻り、壁へは背中でぶつかったから、プラスで苦しい。右を下にし、倒れ込んでしまう。
「がっ……ゲホッゲホッ…!」
吐き気がこみ上げるが、痛みの方が優先され、戻すまでには至らずに済む。しかし、痛みでまともに魔力がコントロールできない。自分が戦闘に向かない理由の1つ。姉さまはそれを知っていた。
ふん、と少年は鼻で笑い、ゆっくりと歩いて近づき、銃口を私へと向ける。その延長線上を見ると、確実に私の頭に照準を合わせているのがわかる。
正直怖い。確かに喧嘩をしてこんなシュチュエーションになったこともある。しかし、今はそんな程度ではない。命のやり取り。しかも一方的な。
カツン、と微かに足音が聞こえた。姉さまが近づいてきている。少年もその音を聞いたのかクスリと笑い、
「もうすぐだ。私とて妹と恩人を手に掛けたくはない。目的は黙っていろ、そうすれば助けてやる」
私はそれを疑う。クルミもきっと同じ気持ちだろう。さっきまで殺人者の言葉とは思えない。未だに銃を降ろしていない事も、私を疑わせるのには十分だった。
足音は段々と大きくなり、姉さまの本体が到着するのも時間の問題となっている。
冷や汗が背中を伝い、鼓動が早くなる。極限の状態、姉さまの助けてやる、の言葉に希望はない。かといって絶望もない。あるのは今まで通りの日常。見たくないものを見て、聞きたくない音を聞き、死んだも同然の自分は生き続ける。
私は目的を再確認するため、自分の内側に耳を傾ける。欲しいものがあるわけじゃないし、見たいもの、聞きたい音があるわけでもない。私自身の希望のための行動、今までそう考えていたこの作戦。本当にそうだったのだろうか。
結論は出ていた。それには今のこの状況は害悪でしかない。
私の体は未だ立ち上がることができないほどの激痛に見舞われている。なんとか魔力を扱おうと、私は深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。そうして、溜め込んだ思いを少年越しに元・姉に伝える。
「その必要はないです。もう私はリンドウでなければあなたの妹でもない。こんな世界、もううんざり。あなたともお別れです」
少年はついに無表情をやめ、怒りの表情で銃口を私の頭に突きつけ、
「それはお前の死という形でか?」
「さぁ、どうでしょう」
「死ね…、バカ妹…」
少年の人差し指が引き金を引く瞬間、ギリギリのタイミングで少しの魔力のコントロールに成功し、静かにつぶやく。
『鎮心』




