効果切れ
石造りの家には、やはり石造りの階段。地下へはそれが続いている。下へ行くほど光は少なくなり、次第に真っ暗な闇へと変わっていく。目が慣れるまで辛抱すれば、さほど問題は無いだろう。
下が見えないため、何度か足をふみはずしそうになるが、それをクルミが毎度フォローしてくれる。ずっと握っていた所為で気がつかなかったが、若干の手汗が感じられる。
いくらクルミでも、この状況に緊張しているのだろう。下には姉さま、上には兄さま。行けば地獄、戻れば地獄、しかし行けば未来があるかも、そう考えると進むしかない。
ゆっくり、ゆっくりと階段を一段ずつ降りる。足音を立てないように、まるで昔、どこかの世界で活躍したと言われる暗殺者、ニンジャのように階段を降りる。
次第に目も慣れ、うっすらとだが見えるようになってきた。いつまで続くのだろう、と思っていた階段も残りは十段と少し、ずいぶん深くまで降りてきたようで、振り向いて見ると、入り口の光は小さい点のようだ。
カツカツ、聞こえる足音は遠い。安心するところだが、逆に考えればそこまで行かないと空間の弱い場所がない、という事。見落としがあるかもしれないが、それに期待するのは無駄というものだ。だって姉さまだから。
「広そうだね」
あまり喋ってはいけないが、感じた事をそのまま口に出す。無意識、熱いものを食べて「熱い」、可愛いものを見て「可愛い」と言う感覚に近い。
自分の言葉が耳に入り、喋ってはいけないのだ、と再認識する。なんとも間抜けな話だが、後々のことを考えるとここで気がついて正解だ。姉さまが近くにいたら事だ。
ふとクルミを見る。するとどういうわけか姿が見えるようになっていた。幻覚か、そう思って自分の手を見てみと、消えていたはずの手が見えている。
クルミも私の様子に気がつき、
「あらあら、効果切れちゃった…。でもここまで来たから、成功でいいわよね」
と少々満足気だ。確かに服まで消える薬だ、それだけで成功以外の何物でもない。
姿が見えるようになったため、自然と手を離す。行動に支障が出る、と考えた結果だ。もし見つかって逃げる時、危ないかもしれない。
「あと少し、頑張ろう」
そう言ってとりあえず歩く。空間の弱い場所は感覚なんかではわからない。探すとなるとしらみ潰し、しかし、今までの苦労を考えるとどうって事ない。死ぬ事だって覚悟した事もある。探すくらい楽なものだ。
壁に手をつけ、扉があればその都度部屋を確かめる。地下の石壁、手が汚れそうだが気にしてなどいられない。それくらい後で洗えばいい。
左の壁を私、右の壁をクルミが担当する。あれば教える、とそういう感じだ。
部屋は倉庫として使われているようで、基本的にレーションや乾燥した果物、芋といった保存食が置いてある。カビが生えるのではないか、と要らぬ心配をしてみる。
かなり歩いて姉さまの足音も近くなってきた。本当に空間の弱い場所があるのか、といよいよ不安になってくるが、左手が普通とは違う感触の扉を見つけた。先程までのすぐに燃えそうな材質ではなく、私たちの慣れ親しんだ鉄の感触。何か特別なものが入っている気がする。
「クルミ、ここ」
右を調べるクルミを呼び、扉を見せる。
「へぇ、何かありそうね」
と言ってはいるが、何やら嬉しそうではない。クルミの言う「何か」は危ないものを示しているように聞こえる。
しかし、開けないわけにはいかない。もしかしたら、という念を込め、ゆっくりと扉を開く。自動扉ではないので少し重い。
「きゃぁぁぁぁ!!!!!」
扉を開き終わると同時に響き渡る叫び声。耳が痛くなりそうなそれは、私の声でもクルミの声でもない。




