いいカンジ
「それは当然知ってる。風の吹いていない状態、の事でしょう?」
1秒も迷う事なく、サラッと流すように答える。多分知らない事はほとんどないのだろう。愚問であった。
さらに今は、透明であるものの敵城内にいる。全滅した可能性が高いとはいえ、姉さまと兄さまが空間修復でどこかにいるかもしれない。喋らなければ完全な空気、最初に尋ねてきたのはコモモだが、あまり喋りたくないようだ。さっきから一言一言が短い。
石造りの城、初めて中に入ったがまるでリンドウの拠点と違う。一番目を引いたのが、この扉に使われている謎の素材。茶色のそれは石でもなく、機械でもない。開けるための取っ手をひねる、というのがなんとも洒落ていると思う。
そしてこの城、思いの外音が響く。カツンカツンといった足音が響き、まるで自分の居場所を教えているかのよう。まぁ、場内での戦闘はなかったから、それほど問題ではないだろう。現在は遠くから響く足音が2つ、近くにはいないみたいだ。
そういう事もあり、急いでいるが足音に気をつけ、喋らないようにしている。それがコモモの考えだろう。こんな大罪を犯す前だというのに、冷静でいられる事に感心する。
が、小さな声で話せば問題ないだろう、と私は考える。一応足音を立てないように気をつけて歩きながら口を開く。
「うんそう。無風で波が立ってない事」
コモモの簡単な答えを少し掘り下げ、続ける。
「凪になれたら、周りに迷惑かけないかな、って」
「なるほど。いいんじゃない、素敵だと思うわ」
やはり表情は見えないが、微笑んだ声で返される。おそらく納得してくれたのではないだろうか。
「じゃあ私も変えちゃおうかしらね。コモモ…コモモ…、胡桃、漢字がこうならくるみよね。じゃあ胡桃で」
「カンジ? またよくわからない事を…」
変える必要があるのだろうか、とは考えたが、本人が満足そうだからいいのだろう。たった今からコモモじゃなくクルミ、忘れずに覚えられるだろうか、と考えてみる。
それ以前にカンジとは何か、新しい言葉だろうか、と一度気になるとあとは気になって仕方がなくなる。
「あとでカンジ教えてよ」
それだけ言って扉を開く。どうやら中は地下につながる階段、怪しい臭いがプンプンする。1つの足音はこの下から聞こえてくるものだったようで、カツカツと音の間隔が狭い。急ぐようなこの歩き方は、おそらく姉さまだ。
「いくよ」
自分たちは足音を立てないように注意し、足音の聞こえる場所に注意し、あまり喋らないように注意する。精神がすり減らされていくようだ。
だがもうすぐ終わる。とりあえず逃げたらカンジを教えてもらう。目的があるから、私たちは叛く。




