攻め落とす
他の世界には「旅行」という娯楽があるらしい。それは、普段行かない場所に行き、その土地での名物を食べ、宿で夜を過ごす。オンセンという自然のお湯のお風呂も旅行の楽しみの1つだろう。
当然のことながら、私たちの逃亡に楽しみはない。あるのは死と隣り合わせの日常だ。
それでも後悔はない。自分で決めた事だから、コモモが一緒だから、後悔なんてないし怖くない。……そう言い聞かせているだけなのかもしれないが。
「いよいよね」
薬作りの道具を入れた箱の中身を出しては入れ、出しては入れを繰り返す事3回、ようやく納得したのか、コモモが口を開く。
「ええ、どさくさに紛れて逃げる、案外バレないかもね」
世界を逃げ出す事を決めた数日後の今日、リンドウがヴァルハラを支配するため、他勢力を一気に攻め落とす作戦を決行する日だ。この日のために、コモモは薬を大量に調合したし、私は逃げる手はずを立てた。
これは、私とコモモ2人だけの作戦。失敗は許されない、戦争よりも緊張している自分が、なんだか少しだけ大人になったと錯覚させる。
笑いそうになったその時、ジャストなタイミングで扉が開き、姉さまの部下の1人が私とコモモを呼びに来る。真面目そうで強そうな兵士、いかにも姉さまが好きそうな人材だ。
実力主義を心の中で反対しながらも、今日でそんな事も最後か、と考えると思いの外楽になり、コモモと一緒に黄鐘の作戦エリアに向かう。薬の道具が重そうで、手伝おうとしたがいい、と言われた。
「……作戦通りに動けばいいから、頑張ってね」
役50人ほどの部下に適当な指示を出す。もっとも、自分で考えた作戦ではないからであって、作戦の意図はしっかりと伝えてある。
部下たちはそれぞれボソボソと雑談を始めている。姉さまや兄さまが見れば呆れる事だろう、けれど真面目な兵士は黄鐘にはいない。いらない、と言われても仕方ない事だ。
「コ、コモモさん!」
なんの前触れもなく、突然コモモの名前を呼ぶ。声のする方向は後ろ、声のぬしもある程度わかっている。が、わかっているからこそ、これはまずいのだ。
「ミラ、どうしてここにいるの、今日は本部で待機のはずでしょう」
やや責めるように、コモモがミラにあたる。一度きりのチャンス、逃すわけにはいかないのだ。
「いえ、実は医療班として現場を見ておかなくては、とおもいまして。……迷惑でしたか?」
足をガタガタと震わせながら、それに見合わぬ内容の言葉を重ねる。少し洒落ていると感じる。
「まぁいいでしょう。ですよね、ヒナ様」
「ん? んん……あぁ、そうね」
最近人前に出る事が少なくなり、様をつけて呼ばれないのか普通になっていた。慣れないことはするものではない、とつくづく思う。
「まぁいいよ。一応ミラにも作戦の説明をするね。今回は敵の城を攻め落とす、それだけだよ」




