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 神妙に項垂れる青年に、アールノートは鼻を鳴らした。


「まさか弱っているところを問い詰めて、追い込むなんてね」


 まだ細い、けれどこれからみるみる厚みを増すであろう肩が、びくりと揺れた。

 これは、言う必要のないことだ。すでに本人は、重々反省している。眠り込んでしまった小さな娘を思い、誰もが見て取れるほど憔悴して、頭を掻きむしらんばかりだ。

 娘を恐慌に陥らせた質問も、この家での彼女の扱いを不審に思い、心配してのことだったのだろう。だがそれがかえって、娘も青年も、傷つけた。

 耳にしていた噂とはかけ離れた不器用さに、アールノートは渋々ながら、矛先を納めることにした。

 ここは応接間だ。夜も更け、セリはとうに部屋に下がっている。茶を入れるためのお湯も今はなく、仕方なく、飾りのように棚に並ぶ火酒から一本取り出し、ほんの少し、黄金の色味のついた硝子の杯に注いだ。ちびりと舐め、目の前でぐらぐらと揺れて反省しきりの青年を、じっと眺めた。

 

(どう、話を持っていくかな)


 事態を把握したい。

 そのためには、ファモリカにしっかりと話を聞く必要があった。だが、彼はどうも、自分を信用していないようだ。素直にすべての情報を提供するはずがない。


「……まあ、今夜はとりあえず休んできたらどう? 君だって疲れているはずだもの。あの離れに、部屋を用意させてある」


 離れ、と聞いて目線を上げた青年に、アールノートはそっけない。


「客は、離れ。それは決まりごとだから。ラテだって、疲れきってる。そんなに見張ってなくても、いなくなったりしない」


 しっし、と小虫を払うように手を振れば、ぐぐっと呻く音がする。よほど、ラテから離れるのが嫌なのだろう。いや、もしかすると、離れにいる先客のせいかもしれない。


「ラテの母親を気にしているようだけど」


 試しに話を振ってみた。怒り出すか、反発するか。

 しかし、ファモリカは。意気消沈していた肩が、すっと持ち上がり、項垂れていた顔は上がり、落ち着きなく彷徨っていた視線は冷たく温度を失い、アールノートを静かに見つめた。


「ラテの、母? あの女が?」


 豹変といっていい。ラテを傷つけてうろたえていた青年は、どこにもいない。残っていたはずの幼さも消え、ファモリカはふてぶてしい仕草で片頬を上げた。

 アールノートは、その様子を観察しながら、そっと言い重ねた。


「ラテが、母を残しては逃げることができないと言っていた。あの屋敷で奴隷として扱われていた中で、母親らしき年齢の女はひとりだけ。半地下の部屋に打ち捨てられていた、あの女性だけだ」

「ラテが……」


 ファモリカの冷たい目は、ラテの名を呼ぶ時だけ、ゆらりと揺れ、そしてすぐさま定まった。


「——そうは言いながら、貴方も何か不自然を感じ、だからラテにあの女を会わせることなく離れへ連行したのではないのですか」

「不自然。そうかもしれない。だけど、まずはファモリカ、君がなにを不自然だと言うのか、まずはそこを話してもらおうか」


 鋭く寄越された濃茶の視線に、アールノートは優雅に微笑んでみせた。


「ラテには、母親か、母親に準ずる近しい者が必要だよ。だけど、それは、愛情でもってラテを引き留めておける者の話だ。そうでなければ、今は要らない」

「引き、留める——どこにですか? この貴方の屋敷に?」

「なんだか捻くれた見方をしているようだけど、その答えは、その通り、でもあり、そうではない、でもある」


 ファモリカは、黙り込んだ。

 理解が及ばなかったのかもしれず、あまりな無礼に思い至ったのかもしれない。あるいは、胸の中にひゅっと冷えきった風が吹き、気付きたくはない嫌な予感が、彼を縛ったのかもしれない。


「ラテはね、旧神殿区で見つけた時には冷え切って、呼吸をしていなかったんだ」


 ファモリカの心に涌き出た不安の沼に、ぽつりと、アールノートは毒を落とした。




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