彼女は星屑を愛す
静けさと月明かりに満ちた病室には一人の男性がベッドで横たわっている。重篤患者として運ばれてきたのだから死期が近いことは自覚していただろう。ただ、クリスマスの日と自分の命日が重なろうとは想像だにしなかった。昨晩、死神が来たから知ることができたのだ。自分は今晩死ぬのだと。
音の方向に顔を向けると、ベッドの傍に女性が立っていた。男が微笑むと、女も同様に返した。
「残念ながら私は貴方が望んでいた存在ではありませんよ。だって私は死ですから」
男は少し残念な表情を見せたが、また微笑んでみせた。
「僕が望んでた存在じゃないかもしれないけど、僕が待っていた存在です。最後の話し相手になってくれませんか?」
「ええ、それくらいなら構いません」
男は少しだけ考え、弱い声を張り上げた。
「君は自分のことを『死』と言ったけど死神と何か違いでもあるのかい?」女は待ってましたとばかりに口を開けた。
「二つは全く異なるものです。死神は死の訪れを知らせるもの。死は生物を別世界へ連れ去るもののことです。例えるならば……そう、緊急地震速報と地震のような存在です。」
「分かり易い説明をありがとう。」
「お世辞は結構よ。君が生まれる前から私の説明は下手だもの」頬を膨らます女性に男は微笑を投げかける。初めて会ったとは思えないほど話は弾む。
「しかしながら、場所によっては君は天使でもあるわけだね。フランダースの犬とか」
「厳密に言えば違うけれど、理解し易いならそんな認識でもいいわ。見たければ、そう見えるし」
どちらともなく笑いが出てきた。決して大きなものではないが幸福溢れる笑みであった。
一頻り笑うと男は口を開いた。
「実はですね、私にも恋人が居るんですよ。いやまあ美人ではないのですけどね。愛想なわりには心配してくれるんですよ。だから、死ぬのは申し訳ないなとも思うんですよ」
「死ぬのが惜しいほど愛してるのね」
「いえいえ、そういうわけでは。私の目は光を失ってますから、彼女の姿を捉えることさえもしてあげられないのです。」男は表情を変えなかった。「それに今では死ぬのが怖いとも思いませんし。ただ心配させて申し訳ないとだけ」今度は照れ隠しに微笑んだ。
「そうよね、貴方には見える目がもうないのよね。私はどんな人に見えてるの?」
「あなたですか? 悪魔よりは天使、といった風貌ですね。人とは思えませんよ」
彼女は何も返さなかった。ただ黙って窓の外を眺めていた。彼女は月を見た。町明かりで星が見えない空でも光を届けている月を。いや、星が消えかかってるからこそ月が輝いて見えるのかもしれない。眼前の男はただ彼女の方を向いていた。
「ところで、君には愛するものが存在するのかい?」男は無性に尋ねたくなった。
「今は貴方を愛しているのよ」男は怪訝な顔をしたが、彼女は話を続けた。「形あるものが壊れるのは私たちが原因なの。私たち『死』が愛すからなの」なんともさびしい話だと男は思った。死ぬ側は好きなものでも嫌いなものでも、自分が殺されたい何かを選択できるのに対し、死なせる側は好きなものを殺すことしかできないではないか。なんとも不公平なシステムである。
「君は人を送るのに悲しみを感じないのか?」
「そりゃ好きな人が死ぬのだから悲しいわ。でも、仕事だから」
「仕事だからって損な役を押し付けられたままでいいわけないよ」男は声を荒げる。
「愛するものの最期を確実に看取れる役は損でもないの」一方、彼女の声は冷静そのものだ。
彼女の声を聞くうちに男を冷静さをとりもどした。「さて」と彼女が男に近付く。
「そろそろお別れの時間だわ」
「もう私は死ななければならないのか。そう考えると、怖くなかったものが急に姿を変えたぞ」彼女は少し笑った。
「確かにそうかもしれないわね。でも怖がる必要は全くないの。私が最後まで看取ってあげるからね」
「幾分和らいだが、それでも完全に拭えるものではないな。だが、いつでも連れて行くが良い。一時を君と過ごせて幸せだったよ」
「では、そうさせてもらうわ」彼女は男の唇に軽くキスをした。「私も幸せだから」
彼女と男が離れると医者と数名が入ってきた。その中で「私を置いてかないで!」と泣き叫ぶ、若き女性の姿が見受けられる。その姿は、声は『死』と酷似していた。男は嘘を言っていたのかもしれない。狼少年と同じように、男は愛するものに見送られているのだ。
『死』は人々とは逆へ進み、廊下に出た。
「愛するものの最期を見れるのは得する点だけど、私を私と認識してもらえないのは損な点かもしれないね。確かに私は損な役回りかも知れない」
彼女はそんなことを扉に向かって言いながら涙を流した。廊下の電気がそれを照らす。星を消しながら。
今年も今日が来てしまった。6時間近くオーバーしてますけど。私が失恋物を書くのはいつ止まるのか。誰かお教えください。




