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女神の帝国 〜想いの迷宮〜  作者: 倉原晶
第一章 碧と皓の軌跡
9/25

9 緑の褥

「……うちに協力出来ることない?」


 罪の意識か、ツグミは何としてでもこの青年の力になりたかった。


「……協力?」


「せや。例えば……弟達を探したりせえへんの? うちらは人探しは得意やねんで?」


 ツグミの言葉に、フィアードは彼女の手首を解放した。


「一応……、命の保障はされてるんだ。それが条件で、俺がダルセルノの下で働いてた」


「それって、つまり人質ってこと?」


 ツグミは顔を顰める。


「まあ、そういう事だよな」


「じゃあ、ダルセルノは弟達の居場所を知ってるんやろ?」


 ツグミがフィアードから離れ、寝台に腰を下ろすと、フィアードもその隣に腰を下ろした。


「多分な。……ただ、気掛かりがあるんだ」


「……何や?」


「この宮殿の建造に、周辺諸国の奴隷が掻き集められたんだ」


「……じゃあ、その中に?」


 ツグミの表情が緩む。そんなに近くにいるならば、いつでも会えるではないか。


いた(・・)可能性は高い……」


「それで、その奴隷は?」


 ツグミの問い掛けに、フィアードは険しい顔で親指を立てて床を指した。


「この地下に埋められてる」


「……!」


 ツグミの顔色が変わる。そして、ハッと何かを思い出し、フィアードの顔を覗き込んだ。


「じゃあ、あれは処分された奴隷の名簿やったんやな!」


「何のことだ?」


「見取り図と一緒に、焼却処分される筈の名簿を渡されたんや」


 ゴクリ、とフィアードが息を飲んだ。まさかそのような重要書類まで魔人の手に渡っていたとは。


「……それは何処にある?」


「丘の上の……小屋や……」


 ツグミが言った瞬間、フィアードの姿がかき消えた。


「ちょっ、待ちや! ……うち、どないしたらええの?」


 いきなり置いていかれ、ツグミは軽く恐慌状態に陥ってしまった。彼は先ほどの一言だけで場所が分かったのだろうか。

 戻ってこなかったらどうしよう。窓は開いている。ここから脱出するべきか。


 ツグミは立ち上がり、窓の外を眺めたり、椅子に座ってみたりと、せわしなく動き回っていた。


 すると数分して、青ざめたフィアードが紙束を持って戻ってきた。

 パサリ、とツグミにその束を投げる。


「お前も……見てくれ……」


 青ざめたフィアードの声は掠れている。自分の目で見た事を信じたくない、と言う顔だ。


「分かった……。名前は?」


 ツグミはゴクリと息を飲んで寝台に腰を下ろした。


「レイモンド、ルイーザ、セルジュ、レイチェルだ。レイモンドが茶色い髪に青緑の目、ルイーザも茶色い髪にハシバミ色の目、セルジュは灰金髪にハシバミ色の目、レイチェルは灰金髪に青緑の目、だ」


 ツグミは聞いた名前を忘れないように呟きながら名簿を捲る。


「……レイモンド……セルジュ……あるな……。ルイーザ……あった……。レイチェルは……ないな……」


 名簿には名前だけではなく、身体的特徴も記載されている。同名の者や名の無い者もいるからだ。フィアードの様子を見ると、それについても確認したらしい。


「……そうか。やっぱりな……。俺の見間違いじゃなかったか……。末の妹だけは分からないが……。これで、俺がここで働く意味は無くなった訳か……」


 フィアードは天井を仰ぎ、力を失って床に座り込んだ。

 ツグミはどうしたらいいのか分からず、フィアードの前に跪き、座り込んだ彼の頭を抱き寄せた。


 フィアードはその豊かな胸の膨らみに顔を埋める事になり、ゴクリと息を飲んだ。娼婦の衣装に染み込んだ甘い香りが鼻腔をくすぐる。


「おい……どういうつもりだ……」


 心の動揺を隠そうと、フィアードが顔を上げると、頰を染めたツグミが目を逸らした。


「……うち……他に慰め方知らんから……」


「……そうか……」


 フィアードは立ち上がり、ツグミを引き上げるように立たせた。空色の潤んだ目がフィアードを見上げる。


「多分……うちもあんたも……憎い相手は一緒やと思うし……」


 ツグミは俯いてフィアードの胸の傷痕に手を添わせる。ピクンとフィアードの眉が動き、吐息が漏れる。


「そうだな……」


 ツグミの両手が背中に回り、娼婦の衣装がパサリと床に落ちた。

 吸い付くような象牙色の肌、豊かな胸、くびれた腰、しなやかな肢体。ツグミの体温を直接肌で感じ、フィアードの身体の奥が熱くなる。


 不意に顔を上げたツグミとフィアードの目線が絡み合い、フィアードはそのふっくらとした唇に軽く口付けた。

 啄むような口付けが徐々に深くなり、やがてお互いを貪るように掻き抱きながら寝台に倒れ込んだ。


 吸い付くような象牙色の肌に唇を這わせ、豊かな胸の膨らみをその手で確かめる。


「そう言えば……お前……名前は?」


「……ツ……グミ……や」


 弾む息の合間にそう答え、ツグミは細い腕をフィアードの背中に回した。

 しっとりと汗ばんだ背中の傷痕に触れると、フィアードの口から切ない溜め息が漏れ、彼はそのお返しとばかりに少女の胸の先端を軽く弾いた。


「んっ……」


 小さな喘ぎ声を聞いてチラリと顔を見上げると、潤んだ空色の目がフィアードのハシバミ色の目をジッと見つめていた。


「ツグミ……今からでも……一緒に戦えるか?」


 フィアードの掠れた声に、ツグミは頰を上気させて頷いた。


「一緒に……行こ……」


 呟くように言ったその唇を荒々しく塞ぎ、フィアードはツグミのしなやかな肢体に自分の身体を割り込ませた。


 ◇◇◇◇◇


 ダルセルノの部屋は異様な雰囲気に包まれていた。


「マダム……申し訳ないが貴女には、参考人として陛下に説明をして貰いたい。今夜は客間に泊まっていただいてよろしいか?」


 アルスは身体を拭き清めながら言った。襲撃の犯人たる白髪の少女の亡骸も清め、額に口付けして麻布にそっと包む。


「……分かりました。他の娘達は店まで送り届けていただけますか?」


「分かりました。手配します」


 アルスは呆然とするダルセルノを尻目にテキパキと事後処理を済ませる。本来であればこれはフィアードかサーシャの仕事であるが、いないものは仕方がない。


 もう夜も遅い。とりあえず女帝の前での正式な報告は翌朝にせざるを得ないだろう。

 サーシャから粗方聞いているだろうし、当事者である自分達から何も聞きたくないかも知れないが、報告は義務だ。そして、まだ刺客が敷地内に残っている可能性が高い。


 少女の遺体を担ぎ上げると、マダム・ヴォルフが首を傾げた。


「その娘の亡骸をどうされるんですか?」


「猊下やサーシャ様に任せたら、切り刻まれて晒されるだろうから、俺が弔ってやります。一応、彼女の父親が親戚なので……」


「……そうだったんですか……」


 マダムは目を見張った。何故その身の上を知っているのだろう、と疑問に思いながらも、彼の行動の理由を知って納得できた。


「猊下、今晩は客間でお休みください」


 アルスはダルセルノに上着を掛け、グイッと立たせた。


「……お、そうだな……」


 ダルセルノがモタモタと服を着るのを見守っていると、数人の兵士が娼婦達を連れて出て行った。店に送り届ける事になっているが、後の事は当人達に任せる事にした。そこまで面倒は見きれない。


「待たせたな……」


 ダルセルノが服を着たので、アルスが先頭に立って松明を手にダルセルノの部屋から出た。

 客間は中庭を挟んで反対側にあるので、中庭を突っ切る道を選ぶと、二人は何の疑問も持たずについて来た。


 中庭に飾られている石像の上に、一羽の鷹が止まっている事に気付き、アルスはピタリと足を止めた。


「……えらく堂々と佇んでるじゃねえか」


 アルスの呟きに、鷹はキロリと目を動かした。闇夜にも関わらず、鷹がこのような所にいる時点で怪しいではないか。もっと闇に紛れてくれればいいものを、これでは戦わざるを得ない。


 アルスは舌打ちしてそっと少女の遺体を下ろす。


「おい、お前のお仲間だ。連れて帰れ」


 鷹はバサリと羽を広げ、アルスの前に舞い降りた。

 みるみる間にその形を変え、人の姿を形作る。


「……殺したんか……」


 空色の髪と目の青年が冷ややかにアルスを見据える。


「弔ってやってくれ」


 アルスは青年と戦う気は無いが、どうやらそうは言っていられないようだ。

 (あお)の青年は瞬時に両手に短剣を構え、アルスに斬りかかってきた。


 仕方なくアルスは剣を抜き、その短剣を弾き返すと、チラリとダルセルノを見た。

 ダルセルノはマダムの影に隠れるように身を縮こませ、ブルブルと震えていた。


「真っ正面から来るなんて、俺も舐められたものだな!」


 アルスの剣戟は青年の放つ風刃に弾かれ、その身体には届かない。中々の使い手だ。松明の炎が揺れる。


「お前……、この間の襲撃にはいなかったな……」


 ポツリとアルスが漏らした呟きに、青年はキッと顔を上げる。


「わしがおったら、お前らなんぞに遅れは取らんかったわ!」


 凄まじい勢いで短剣を次々に繰り出し、アルスとの間合いをジリジリと詰める。始めは剣先で弾いていた筈が、気付けば鍔元まで来ていた。


「くうっ!」


 アルスは力任せに青年を弾き返し、再び構え直した。松明片手に戦える相手ではなさそうだ。


「な……何をモタモタしている! 早く片付けろ!」


 突然割って入った第三者の声に、ギリギリで均衡を保っていた二人の緊張感が萎える。


「……猊下……」


 アルスは溜め息をついた。本来狙われている筈の男の一声で、一気に空気が変わってしまった。


 青年は舌打ちして短剣を収め、地面に横たえられた少女の遺体を担ぎ上げた。


「……ふん、おのれとはいずれまた決着つけなあかんな!」


 青年は憎々しげに言い放ち、竜巻を巻き起こして亡骸もろともその場から消えてしまった。

 後を追う事は不可能だ。アルスは溜め息をついてダルセルノを一瞥し、青くなって震えている女性に目を止めた。


「……お怪我はありませんか? マダム」


 アルスは仕方なく、巻き添えになりかけたマダム・ヴォルフに手を差し伸べる。


「ええ……大丈夫よ」


 彼女はパタパタと埃を払うと婉然と微笑んだ。流石、裏の世界を仕切る女だ。肝が座っている。

 それに引き換え、我らが主人は……。アルスは深い溜め息をついた。


 ◇◇◇◇◇


 ゆっくりと瞼を開けると、すぐ目の前に無数の傷痕が残る青年の胸があった。

 その胸にそっと頬を寄せると、規則正しい鼓動が聞こえる。身体の芯がまだ痺れている。青年の熱い想いを受け入れて自分も溶けてしまうかと思った。


 しばらくそうしていると青年の手が優しく頭を撫でてきた。

 頬を赤く染めながらゆっくりと顔を上げると、ハシバミ色の目と目が合った。


「ツグミ……」


「フィアード……」


 二人は唇を重ねた。

 ツグミの細い指が背中の焼印をそっとなぞる。フィアードは象牙色の肌の至る所に所有の証として赤い刻印を残していく。


「……ツグミ……」


 これまで女を抱いた後は虚しさが残っていた。肌を合わせないからだと責められた事もある。自分にとって、女は所詮その程度の存在だと思っていた。


 だが、彼女の温もりに触れて、今まで頑なに閉ざしてきた心の扉が開くのが分かる。彼女の大らかさは、彼のやり場のない激情すらも受け入れてくれた。

 これまで誰にも傷を見せることが出来なかったのは、自分の弱みを見せたくなかったから。それを見せてしまったから、もう気負いもない。

 共に戦うという新しい目的も出来た。まるで生まれ変わったような気分だ。


「フィアード……」


 上目遣いに見上げる空色の目が僅かに潤んでいる。首筋に優しく口付けすると、ふっくらとした唇から熱い吐息が漏れた。


「ツグミ……」


 愛しさが込み上げ、彼女の上に覆いかぶさると、彼女は身体を開いて全身で彼を受け入れようとしてくれる。

 ゆっくりと身を沈め、その熱い身体を感じた。少女はうっとりとした表情でそのしなやかな身体を反らす。


 フィアードの動きにツグミが身体を合わせ、二つの影が寝台の上で踊る。


 二人の激しい夜はいつ果てるともなく続くかと思われた。

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