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女神の帝国 〜想いの迷宮〜  作者: 倉原晶
第一章 碧と皓の軌跡
3/25

3 皓い牙

 石造りの宮殿は固く城門を閉ざしていた。

 神による帝国がこの地に遷都を計画して五年。多くの奴隷をつぎ込んでようやく完成した宮殿の地下には、建築に関わった殆どの者達が眠っている。


 宮殿上空に謎の影が現れたのは新月の夜であった。

 見張りの兵士達は星空を仰ぎ、近付いてくる影に眉を顰めた。蝙蝠や夜目の効く鳥にしては大きい。それが何なのか確認しようとした時、目の前に降り立った白い影に目を奪われた。


 ◇◇◇◇◇


「ヒバリ、大丈夫か?」


 空色の髪の少女が声を掛けると、力を失った兵士の下から白髪の少女が這い出して来た。


「あ……終わった?」


 ほぼ半裸の状態のヒバリは半ば放心状態である。トロンとした目でツグミを見るので、ツグミは溜め息をついた。


「……もう少し待ってくれても良かったのに……」


 モタモタと着衣を正しながら、中途半端に身体が火照っていることを主張する。


「アホか。見張りで時間食ってどうするねん」


 ツグミに言われて肩を竦めると、先程まで自分に夢中だった男達の亡骸を見た。


「……それにしても、綺麗な死体ね」


 一滴の血も流さず、五人の見張りが眠るように倒れている。


「いちいち返り血浴びてられへんし、あんたを巻き添えにしたくないからな」


 少々面倒だが、一人一人の呼吸を止めさせてもらったのだと言う。

 本来なら発動に時間が掛かり、実戦向きではない魔術だ。男達がヒバリに夢中になっているからこそ出来る芸当である。

 ツグミは前方にそびえ立つ塔を指差した。


「結界は宮殿中央と北の塔に張られとる。……多分北の塔にお仲間がおるで」


「でも、その結界は誰が?」


 ヒバリは冷静だ。この周辺には生きた兵士がいないということだろう。

 ツグミはようやく作戦を話し合えると思い、懐から見取り図を出した。


薄緑(みどり)の欠片持ちや。まずそいつを殺さんとあかん」


「神出鬼没の奴ね。……兵士を片付けていけばその内出てくるわね」


 ヒバリはヒラリと小鳥になって明かり取りの窓から宮殿内部に飛び込んで行った。


「あっ……!ちょい待ち!」


 ツグミも慌てて見取り図を仕舞って後を追う。これでは完全に行き当たりばったりだ。

 いくら未来見(さきみ)から逃れるためとは言え、これでは自分も気が気ではない。


 ヒバリは人けの無い廊下を突っ切ると、突き当たりの扉の手前で人型に戻った。


「あっ……そこは……!」


 兵士の訓練所であり、武器庫。夜間は非番の兵士達が集まって酒盛りをしている大部屋だ。

 手前に立ち並ぶ扉は兵士の部屋に続いている。


「ヒバリ、そっちはあかん。部屋を潰して行こう」


「あら、寝てる兵士なら貴女一人で片付けられるでしょ? 私は少しこちらで遊んでるわ」


 空色の目が潤んでいる。扉に白い手を添えて、赤い唇の端をニィッと上げる。


「今度は邪魔しなくて良くてよ。存分に楽しませて貰うから……。トドメはお願いね」


 ツグミはその笑みに戦慄し、彼女が扉の向こうに消えて行くのを止められなかった。


「……ったく!」


 ツグミは仕方なく、兵士の部屋の扉にある明かり取りの窓から小鳥の身でスルリと室内に入り込んだ。


 これまでも何度かここまで入り込むことはあったが、兵士達に手出しをした事はない。しかし、もう賽は投げられたのだ。躊躇している暇はない。

 人型に戻って窓際に立つ。眠っている兵士は四人、空いている寝台は二つ。この二人は見張りだったのか、それとも大部屋にいるのか。

 無抵抗の人間の命を摘み取るのには若干の抵抗があるが、止むを得ない。


「……空を統べる精霊よ……」


 ツグミは精神を統一し、その身に宿る精霊に語りかけた。


 ◇◇◇◇◇


「おい! 起きろ!」


 扉を乱暴に叩く音でフィアードは目覚めた。不快そうに眉を顰め、寝台から身を起こす。

 この宮殿で彼にこんな事をするのは一人しかいない。

 フィアードは扉を開けに行くのも億劫で、軽く右手を動かした。


 カチリ、と音がして扉が開く。


「うわっ……と!」


 今まさに扉を叩こうとしていた赤毛の大男が、目標を失ってそのまま部屋に転がり込んで来た。


「なんだ、アルス」


 傭兵出身の護衛だ。サーシャの知己の息子と言うので取り立ててやったら、恐ろしく強く、瞬く間に女帝のお気に入りになった。

 裏表の無い明るい性格が癇に障る。


 アルスは一瞬で体勢を立て直すと、まだ寝台にいるフィアードに詰め寄った。

 その顔は見たことが無いほどに焦燥に駆られている。


「……どうした?」


「お前、異変に気付かなかったのか!」


 アルスの言葉にフィアードは目を細めた。


「どういうことだ?」


「昨夜、兵舎が何者かに襲われた。北の兵舎は全滅だ」


「……なんだと?」


 フィアードは跳ね起きた。遠見(とおみ)による警戒は怠っていない。例え眠っていても、女を抱いていても、異変があれば感知出来るほどの警戒網を敷いているのだ。


 慌てて着替えていると、アルスの後ろから女帝の父親、ダルセルノが部屋に入って来た。


「……猊下……」


 フィアードが慌ててその前に跪くと、ダルセルノの足がその頭に押し付けられた。


「おい、貴様……どういうことだ!」


「……」


「お前の手引き無しに、誰が兵舎に入り込める?」


 靴の裏でフィアードの頭を踏み付ける。


「……ダルセルノ様……私は……」


「罪人のお前をここまで取り立ててやったのに、とんだ恩知らずだな!」


 身に覚えの無い事だ。フィアードはギリと奥歯を噛み締めた。


「お待ちください。とりあえず現場へ向かいましょう」


 アルスはダルセルノを諌めると、フィアードを助け起こした。

 フィアードの唇は屈辱で震えている。


フィアード(・・・・・)…貴様、逃げようなどと思うなよ……」


 ダルセルノの漆黒の視線がフィアードに突き刺さった。

 フィアードが唇を噛み締めて俯くと、ダルセルノは満足そうに頷いた。アルスを伴って、北の兵舎へと歩を進める。

 フィアードは重い足取りで二人の後を追った。



 北の兵舎は異様な状態だった。

 見張りの兵士達はまるで眠るようにこと切れており、扉の鍵は開いていなかった。

 何処から侵入したのか分からないが、部屋で眠っていた兵士達はそのままひっそりと息を引き取っている。


 三人はその状況に言葉を失う。


「……やっぱり奴隷達の怨霊じゃねえか?」


 アルスはフィアードに耳打ちした。その顔は蒼白だ。彼は最後まで奴隷達の処分に反対していたのだ。

 ダルセルノも真っ青になって兵士達の身体に触れている。治癒可能な者がいないか調べているのだろうか。

 フィアードはその状況を冷静に分析しながら、二人の滑稽な様子を眺めていた。


「……フィアード、貴様、黙ってないで何か言え。貴様が手引きしたので無ければ、これはどういうことだ!」


 フィアードの態度に腹を立てたダルセルノがその胸ぐらを掴んだ。


「……恐らく、(あお)の魔人の仕業でしょう」


 フィアードは冷ややかに言い放った。

 ダルセルノはゆっくりと手を放し、その先を促す。


「風の精霊の気配が僅かに残っています。兵士達に外傷はありません。風の魔術で呼吸になんらかの作用を施したのでしょう」


 フィアードは着衣を正しながら部屋を見渡した。


「そんな事が可能なのか?」


「先日、(あお)の村を襲撃した際に、彼等の魔術の構成はある程度分かっています。彼等は鳥に姿を変えることが出来るので、僅かな隙間から侵入する事が可能です。

 そして彼等の中には空間に干渉する能力を持つ者がおり、私の遠見(とおみ)や転移を阻害します」


「……なるほど。敵もお前を警戒している、と言うことか」


 守りの要であるフィアードの警戒網をくぐり抜けるべく、周到な計画を立てたのだろう。とダルセルノが納得しかけた時、フィアードが叩きつけるように言った。


「それより、サーシャが何も言わなかった事の方が問題です」


 ダルセルノはその言葉を聞いてギクリと体を強張らせた。慌てて取り繕う。


「う……うむ。わしもそれが気になっておった」


 フィアードはその様子に内心で嘲笑しながら告げる。


「陛下も何もおっしゃいませんでした。敵は、特に計画無く(・・・・)攻撃を仕掛けて来たのかも知れません」


「……なんだと……そんな……無計画に兵舎を潰すなど……」


「アルス、大部屋はどうだ?」


 呆然としているダルセルノを無視し、フィアードは廊下に出ると、突き当たりの大部屋を先に調べているはずのアルスに声を掛けた。


「アルス?」


 返事がないのを不審に思い、フィアードはその大部屋に足を踏み入れ、驚愕に目を見張った。


 壁や天井、部屋一面に飛び散る鮮血。砕け散った酒瓶が床に広がり、そこには全裸の男達がズタズタに切り裂かれて倒れていた。

 血と酒の匂いの中には僅かだが性の匂いが混じっているように感じられる。壁には大穴が開き、早朝の風が吹き込んで来ていた。

 部屋の奥には、剣や槍などの無数の武器がまるで無関係のようにひっそりと佇んでいた。


「な……なんだ……これ」


 フィアードの隣で、アルスもその目を覆いたくなる惨状に呆然としている。


 フィアードはこみ上げてくる吐き気を抑えながら、ゆっくりとその惨状に足を踏み入れる。

 血溜まりに足を踏み入れると僅かに粘性があるので、少し時間が経っているのが分かる。

 よく見ると、床には衣類が無造作に脱ぎ捨てられているようだ。

 男の死体は十一人。これで北の兵舎の兵士が全滅していることを確認する。

 切り傷は鋭利な刃物で切りつけたような物だが、これだけの傷を一瞬で負わせることが出来る魔術を彼は知っていた。


「ここも、(あお)の魔人か……」


 いつものように、非番の兵士達がここで酒盛りをしていたのだろう。不意を突かれて攻撃されたにしても、どうやってこのような惨状になったのか検討もつかない。


 遅れて来たダルセルノも、愕然としたまま部屋に足を踏み入れる事が出来ない。


「傷は(あお)の魔人によるものと思われます。何が起こったのか、分かりますか(・・・・・・)?」


 フィアードはダルセルノに問いかけた。


 ダルセルノは蒼白な顔で頷くと、目を細めた。


「……白い髪の少女じゃ……」


「白? 空色では?」


「少女に男どもが群がって……!」


 ダルセルノの顔が嫌悪に歪む。


「……これは……どういう事だ……」


「猊下、私にも分かるように説明して下さい」


 フィアードが苛立って声を荒げる。過去を見る事が出来るのは女帝を除くとこの男だけなのだ。

 この惨状に彼女を連れて来る訳にはいかない。


「う……うむ。……場所を変えよう。……気分が悪い」


 ダルセルノは額の汗を手の平で拭った。

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