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女神の帝国 〜想いの迷宮〜  作者: 倉原晶
最終章 たまゆらの花嫁
20/25

20 まほろばの大地

「只今より、第一回帝国議会を開催します」


 凛とした澄んだ声が議場に響き渡る。

 議長として挨拶をしているのは栗色の髪の女性だ。


 議会は落ち着いた雰囲気で議事に入り、これからの帝国の行政について人事の発表が行われていた。


「陛下、お加減は如何ですか?」


 こっそりと耳打ちしてくる白髪の少年に笑い掛ける。


「大丈夫よ」


 指先が震えているので、お見通しだろう。

 どうしても解呪は後手に回ってしまう。今回は(・・・)、父親が議場にすら来ていないので、ツグミに解呪して貰う事は諦めざるを得ない。


 議事は滞りなく進み、無事に閉会を迎えようとしたその時、議場の四方で同時に爆発音が聞こえた。


「何事っ!」


 サーシャが議長席で身構える。爆発の振動でパラパラと天井から砂塵が落ちてきた。

 フィアードがダイナの周りに結界を張った。ツグミはフィアードと何かを目で会話して頷き、旋風に乗って飛び出した。恐らく状況を確認に行ったのだろう。

 数人の議員が慌てふためいて出口に押しかけ、議場の外が火の海になっているのを見て呆然と立ち尽くしていた。


「陛下なら……」


 一人の呟きに全員の目の色が変わった。恐慌状態に陥った議員達が這いつくばるようにダイナに殺到する。


「陛下! お助け下さい!」


「陛下!」


 神の化身ならばこの程度の些事、どうとでもなるだろう、と期待を込めて縋り付く。

 議場は炎に囲まれ、逃げ場はない。

 いち早く脱出したツグミが(しろ)の魔人を集めて戻って来るとは思うが、火の勢いが強く、それまで持ちこたえる事が出来るかは定かではない。

 フィアードの結界で議員全員を守ることが出来るとも思えない。


「モトロ……貴方が鎮火して……」


 ダイナは議員達に両手を向けて落ち着かせる。


「ですが……陛下は!?」


 確かにモトロならば鎮火は可能だ。だが、そうすると誰がダイナの呪いを浄化すると言うのだ。

 モトロの表情が強張る。


「ツグミの帰りを待っていられないわ! フィアード、貴方も行って治療院から援軍を」


「陛下は?」


 フィアードのこめかみを汗が流れ落ちる。議場はまるで窯の中のように熱くなってきている。彼はダイナが現在、どの程度魔力を使えるのか分かっていない。


「私は……自分で何とかします」


 ダイナは毅然と立ち上がり、モトロを突き放した。


「さあ、早く! このままでは全員真っ黒こげよ!」


 強気に笑うダイナに一抹の不安を覚えつつも、フィアードは指示された通りに治療院に向かって転移した。

 モトロは魔力を周囲に向かって放つ。ありったけの水の精霊が炎を内側から侵食するように鎮火していく。


 その様子を見ながら、ダイナは自分の意識が遠のくのを感じた。

 膝が力を失い、その場に崩れ落ちる。その身体を支えているのが誰なのかすら分からない。

 絶えず浄化して全身に毒が回るのを防いでいたのだ。浄化の手を止めたら案の定、だ。


 ーー今度は呪殺ね……。ま、痛くないからいいわ……。


 せっかくここまでこぎつけたのだから、と帝国議会に拘って何度もやり直ししてみたが、どうしても第一回議会が無事に終わらない。

 解呪して臨むとダルセルノの息の掛かった者に殺され、解呪せずに臨むと今回のように反抗勢力による攻撃にあう。

 父との取引には一度も応じていないが、それがいい結果をもたらすとは到底思えない。


 それにしても、と薄れゆく意識の中、ダイナは首を傾げた。

 父親は何を考え、自分に呪いを掛けたのだろう。永遠の若さを手に入れる取引材料にするには危険な賭けとは思わなかったのだろうか。

 そこまで考え、ある可能性に気付く。彼は神の化身が死ぬとは思っていないのかも知れない。ある意味それは正解だが、彼にとっての自分という存在の価値がその程度である事に驚愕する。


 では、呪われる前ならどうだろうか。


 ふと思い付き、ダイナは次の戻り先(ポイント)を決めた。

 一体いつから父親による呪いが施されたのかは分からないが、それ以前に戻ればいい。

 決めてしまえば後は簡単なことだ。


「戻れ!」


 呪いで魔力が弱まっていたとは到底思えない程の圧倒的な力が奔流となって彼女の周りを駆け巡った。


 ◇◇◇◇◇


 目の前に大きな見取り図が開かれていた。いや、見取り図ではない。宮殿の設計図だ。


「……ダイナ、どうした?」


 すぐ隣に座る父親が首を傾げている。

 目の前には三名の建築士が控え、彼女の反応を伺っていた。


 これは……、恐らく遷都の準備をしている時だ。まだ宮殿の建築には着工していない。

 この時から父は呪術に手を染めていたのか、と思うと動悸が激しくなる。


 ダイナは大きく息を吐いて、設計図を折り畳んだ。


「……ダイナ様?」


 部屋の隅に控えていたフィアードの呟きに、ダイナはゴクリと息を飲んだ。そうだ、このフィアードはまだ彼女(・・)に出会っていない。

 建築士達は自分達が用意した物が片付けられていくのを呆然と見守っている。


「お父様……、私、この土地を離れたくありませんわ」


 畳み終えた設計図を建築士の前に置き、父親に向き直る。

 遷都の準備中に(あお)の魔族と接触するのだ。そうすると和平か対立か、いずれかの選択肢しかない。


「どうしたんじゃ? この土地ではこれ以上の人民は受け入れられん。遷都した方が良いだろう?」


「いいえ。私はこの土地から離れません。行政、司法はここに残し、経済の中心だけ動かしたらよろしいじゃありませんか」


 何も全てを一箇所に集める必要はないのだ。そもそも彼女にとって、距離など問題ではない。


「かの土地は開けていて、敵襲に備えようと思うと外壁か外堀が必要になるでしょ? それなら、この土地の方が防御には優れているわ。

 遷都ではなく、経済の中心地として、かの地に離宮を作って下さい。それならば経費も抑えられるでしょ?」


 ダイナは建築士達を見つめる。彼らはその迫力に飲まれ、コクコクと頷くばかりである。


 ダルセルノは腕を組んで何か考え込んでいる。


 ダイナはチラリとフィアードを見た。ハシバミ色の目が真っ直ぐにこちらを見つめている。

 ドキン、と胸が高鳴る。


「住み慣れた土地を離れたくないと思ってはいけませんか?」


 ニコリと笑い、立ち上がった。

 建築士達はつい先ほどまで全く興味を示していなかった女帝の突然の発言に面食らい、口をパクパクしている。


「フィアード、ちょっと散歩に出掛けない?」


 ダイナははやる気持ちを抑えきれずにフィアードに腕を絡め、扉を開けると一気に駆け出した。


 取り残されたダルセルノ達は呆然とし、小さく畳まれた設計図に視線を落とした。


 ◇◇◇◇◇


 懐かしい。全てが懐かしい。


 まだ村だった頃の名残がある、彼女の生まれ故郷。そして育った屋敷。


 ダイナはフィアードの手を引いて、庭を駆け回る。初夏の日差しを受けて、若葉がその生命力をキラキラと輝かせている。


「どうしたんですか? ダイナ様」


 フィアードは呆れたような、微笑ましいような微妙な表情で、はしゃぐダイナを見守っていた。


「フィアード! 素敵な季節よね!」


 身体が軽い。自分の手足が思い通りに動く。それがこんなに特別な事だとは思わなかった。

 ダイナは瑞々しい空気を思い切り吸い込んで、生命の息吹を感じた。


「そうですね。散歩には最適の季節ですね」


 優しく微笑むフィアードの顔に釘付けになる。

 そうだ、今の彼の中には特定の女性はいない。例え自分が妹のように思われていても、特別である事に変わりはない筈だ。


 ダイナは彼の正面に回り込み、両手を繋いでその柔和な顔立ちを見上げる。恐らく()は、まだ帝国を立ち上げて間もない頃だ。確認しておかなければ。


「ねえ……フィアード、私……いくつになったか知ってる?」


 とぼけたフリをして首を傾げる。

 フィアードは少し驚いて、困ったように微笑んだ。


「……十三ですね。どうしたんですか? 急に国に興味を持たれたんですか?」


 ドキリとする。そうだ。遷都の準備にはかなりの時間が掛かった。

 だが、この身体がまだ十三だとは思いもしなかった。これではフィアードから見たらただの子供ではないか。

 ダイナはゴクリと息を飲んで、色違いの双眸でフィアードを見つめた。


「……十三……。そうよ十三って、もう大人でしょ?」


 震える声で言うと、フィアードはプッと吹き出した。白い歯がチラリと覗く。


「……そうですね。大人ですね」


「もうっ! フィアードの意地悪!」


 悔しい。やっぱり子供扱いだ。分かっている。それでも、今のうちに(・・・・・)ちゃんと伝えておかなければ。

 ダイナは頬を赤く染めて、フィアードから手を離し、目を逸らした。


「ねえ……フィアードは、運命の恋人って信じる?」


「どうしたんですか? そんな物語でも読まれたんですか?」


 フィアードは少し膝を曲げ、ダイナの視線に合わせる。

 子供の頃、彼は困った時はよくそうやって目を合わせて自分の機嫌を取ろうとしていたな、と思い出す。


「……どう? 信じる?」


 もし、彼に記憶の断片でも残っているとしたら、何か感じる事があるかも知れない。

 ダイナはフィアードの様子をチラチラと伺う。


「……俺には縁の無いことですよ……」


 フィアードは肩を竦めた。その表情は困っていると言うよりも、何かを諦めてしまったようだ。

 ダイナは胸がチクン、と痛んだ。

 その気まずい雰囲気を振り払おうと、ダイナは踊るように身を翻すと、花壇の淵に飛び乗った。


「ダイナ様、危ない!」


「私はね、信じてるの! きっと、その人と結ばれるの!」


 両手でバランスを取りながら、花壇の周りをゆっくりと歩く。

 フィアードが慌てて手を差し伸べる。ダイナはその手を取り、思い切ってフィアードの背中に抱きついた。


「えっ! ちょっ……、ダイナ様?」


 フィアードは倒れ込みそうになるのをなんとか堪え、背中にしがみついている少女に声を掛けた。


「フィアード……」


 ダイナはゆっくりと地に足をつけた。小さい頃、よくおぶってもらった背中に自分の額を当てると、彼の鼓動が感じられる。


「……ダイナ様?」


 突然積極的になったダイナに、フィアードは戸惑いを禁じ得ない。

 子供だと思っていた少女は、微かに女の匂いをさせ、その膨らみ始めたばかりの小さな胸を背中に押し付ける。


「どうしたんですか?」


 フィアードは予想以上に上ずった声に戸惑いつつ、咳払いをして誤魔化した。


「フィアード、あのね……」


 ダイナは大きく息を吸った。自分の動悸はきっとフィアードにも聞こえている。たった一言伝える為に、こんなにも勇気がいるとは思わなかった。


「あのね……」


 ぎゅっと抱きしめる腕に力がこもる。

 自分の鼓動がどんどん大きくなり、頭の中に響き渡る。早く伝えたい。伝えればきっと、彼は応えてくれる。今の彼ならば、きっと……。


「ダイナ様……」


 フィアードの声に戸惑いがこもる。

 何を言おうとしているのか、きっと気付いている。ここではぐらかされたら駄目だ。

 ダイナは顔をフィアードの背中に押し付けて、消え入りそうな声で言った。


「……私を……お嫁さんにして下さい……」

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