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女神の帝国 〜想いの迷宮〜  作者: 倉原晶
第二章 帝国の興亡
12/25

12 脅迫と告白

 寝台で突っ伏して眠っているダイナを一人の女性が起こしに来た。


「……ダイナ様……」


「……え、あ……サーシャ」


 叔母であり義母の栗色の髪の女性は、水差しから水を杯に注いでダイナに手渡す。


「……ありがと」


 着替えもせずに眠っていたことに気付き、ダイナは寝間着を取ろうと立ち上がった。


「猊下がお呼びですけど、どうします?」


「え……こんな夜中に?」


 窓の外は真っ暗だ。何か急ぎの用だろうか。


「明日になさいますか?」


 ダイナは少し考えて、頭を振った。


「いいわ。今から行くわ」



 執務室では、ダルセルノがいつものように山のような書類に埋れていた。


「お父様、何ですか?」


「寝とったか……」


「……はい」


「お前、(しろ)の魔族と連絡を取るように言ったらしいな」


 無断で事を進めようとした事に対し、ダルセルノは苛立ちを隠せない。


「はい」


「どういうことだ」


「流行病のこれ以上の拡散を防ぐためですわ」


 決して逆らう気がないという体を見せつつ、ダルセルノの注意を引き付ける。


「……というと?」


 椅子に深く腰掛け、ダルセルノが聞く態勢になったのを確認し、ダイナは今まで温めてきた事を打ち明ける事にした。


「流行病は感染力が強いそうですね。患者を集めて集中的に治療すれば、感染も防げて、治癒術師も少なくてすみます」


「ほう……」


「遷都の準備もほぼ完了して、国庫にはまだ余裕があるのでしょ? 各国から集めた税で治療院を作れば、誰も文句は言わないと思うんですけど、いかがでしょうか」


「そこで(しろ)の魔族を働かせるのか」


「ええ。それから、(あお)の魔族に協力してもらって、各地との連絡網を完成させたらどうかと思いまして……」


 出来るだけ争いの無い、平和な世界。その為の魔族との共存。

 ダイナは今回のやり直し(・・・・)にそれを賭けてみようと思っていた。


「それと、宮殿の外堀は作成を中止して、宮殿建造に関わった全ての者達を住まわせてはどうかと思います。今、仮住まいとして住んでいる住居をそのまま認めることにしては?」


 立て続けに言われ、ダルセルノは口をパクパクしている。

 仕方ない、とダイナは持参した紙束を渡した。


「詳しくはこちらをご覧ください。もう命は出しています。何か問題があれば私に」


 ダルセルノが実権を握っているとは言っても、女帝の命令は優先される。

 まさかそこまで先手を打たれると思っていなかったダルセルノは青ざめていた。


「私は経済や外交の事はよく分かりませんわ。だからお父様にはそちらを担当していただきたいの。おやすみなさいませ、ダルセルノ(・・・・・)お父様」


 ダイナはニコリと笑い掛けて優雅に一礼すると、扉を開けて退室した。


 ーーこれで、未来(・・)は変わるはず。


 しばらく歩いてふと立ち止まる。暗い廊下。歩き慣れているから何もなくてもそこがフィアードの自室の前であることが分かる。


 部屋からは悩ましい音が微かに聞こえていた。

 分かってる事とは言え、やはり不愉快だ。身体だけの関係の女より自分の方が大切にされている筈、と何の根拠もなく思っていた。だが、今まで気にも留めなかった彼の相手の事が気になる。


 フィアードに嫌われたくない。だから絶対に彼の生活を覗き見ない、と決めていたが、その決心がぐらつく。


 ーー誰かしら?


 願わくば彼女(ツグミ)ではありませんように、そう思いながら、部屋の中を見て(・・)しまった。


 寝台の上で睦み合う男女。薄緑色の髪と空色の髪が舞う。


「!!」


 心臓が破裂するかと思って、慌てて意識を閉じた。


 やはり見てはならなかった。

 唇を噛み締め、早鐘を打つ胸を撫で下ろしながら、ダイナは自室に向かって駆け出した。


 ーー悔しい!


 廊下は果てしなく続き、気が付くと、竣工間際の宮殿、北の塔の屋根の上であった。


 手を伸ばせば届きそうな月を眺めながら、ダイナは激しく後悔した。

 何故、魔族と関わる道を選んでしまったのか。

 国としてはそれが正解だと直感しているが、果たしてそれが自分の望んだ道なのか。


 とめどなく流れる涙を拭いもせず、かつて(・・・)この場で彼と過ごした僅かではあったが穏やかな時間に思いを馳せた。


 ◇◇◇◇◇


 神族の村は森と山に囲まれ、比較的防御に向いた場所にある。

 鍵の誕生以後、村の周りには堀が巡らされ、物見櫓が全方位を見渡せるように整備された。そしてやがて村全体が要塞のようになっていった。


 物見櫓で番をしている赤毛の男の元に、一羽の黒い鳥が飛んできた。

 闇色の羽の猛禽類の姿は一瞬で人へと変わり、黒髪の青年の姿になる。


「アルス、飲むか?」


 懐から酒瓶を取り出す従兄に、赤毛の青年は呆れて溜め息をついた。


「お前なぁ……、俺、一応見張りなんだけど……」


「そんなの他の奴にやらせとけ。お前は普段から忙しいんだからな」


 ヨタカが言うと、アルスの後ろにいた若い兵士達が背筋を伸ばした。


「はいっ! 自分達が見張りをしますので、アルス様はどうぞ、お休みください!」


 先程までくだらない話をしながら友好を深めていたのだが、とアルスは少し残念そうに肩を竦めた。


「じゃあ、任せたぞ」


「はいっ!」


 アルスはヨタカと共に櫓を降り、自分にあてがわれている小屋の扉を開けた。


「なんだよ、女でも用意したのかと思ったぜ」


 小屋に誰もいないのを少し残念に思いながら、従兄を招き入れる。


「あぁ、気が利かなくて悪かったな。軍部はツグミがいれば充分かと思ってな」


「は? あいつ?」


 アルスは首を傾げながら、杯を出す。


「あいつは軽い女だからな。商売女程ではないが、誘われれば誰とでも寝るぞ?」


 ヨタカは遠慮なく椅子に腰を下ろし、自分だけ酌をして飲み始める。


「いや〜、そんな事ないぞ」


 アルスも腰を下ろし、酒瓶をヨタカから奪い取る。


「そうか?」


「いたくフィアードにご執心で、俺らなんか一切相手にされないぞ」


 杯が溢れそうな程酒を注ぎ、慌てて口を付けて啜る。


「……そんな事もあるのか……」


 ヨタカは意外、と言った風に目を丸くして杯を呷った。


「最初はなんか色々調べ回ってたけどな。俺は余所者だから蚊帳の外だったぜ」


「何を調べてたんだ?」


「なんでも、前村長のことらしいぞ」


 アルスは肩を竦め、杯を呷った。


 ◇◇◇◇◇


 ツグミはフィアードの部屋でいつものように一刻ほど過ごし、一糸纏わぬ姿で寝台から下りた。

 彼女は気だるげに服を身に付け、寝台に座っている青年に振り返る。彼の着衣にはほぼ乱れがない。


「あのな……なんで……」


 ハシバミ色の目が一瞬翳ったのに気付き、言葉を飲み込んだ。


「いや、ええわ……」


 ふぅ、と溜め息をついて彼の隣に座る。

 この青年との距離感はよく分からない。近いようでいて、とても離れている気がする。一緒にいる時間は心地良くもあり、不安もある。

 もっと割り切った付き合い方をするつもりが、頑なに肌を見せない拘りに興味が湧いてしまった。


 ふと、何かを思い出したようにフィアードが呟いた。


「そうだ……お前、なんか前村長について調べてたんだって?」


 彼女の方を見もしない。少し不機嫌な顔だ。


「あ、うん。それで、皆があんたに聞けって言うから……」


「それで俺に近付いて来たのか……」


 フィアードは溜め息をついた。ある日急に馴れ馴れしく近付いて来た彼女となし崩しに関係を持ってしまった。

 それからはただ、会えば寝るだけの関係が続き、ちゃんと話をするのは始めてかも知れない。


「あのさ、前村長がなんで処刑されたか知ってるのか?」


「せやから、それを知りたいんや……」


 ツグミは真っ直ぐにフィアードを見つめた。フィアードは目を逸らして立ち上がる。


「魔族と通じてたから、処刑されたんだよ」


「……え……」


 ツグミの顔色が変わった。


「……前村長と通じてたのは……お前?」


 フィアードの気配が変わる。ツグミはジリ、とフィアードから離れようとしたが、手首を掴まれてしまった。


「答えろよ……」


 ハシバミ色の目が剣呑な光をたたえている。ツグミの背中に冷たい汗が流れた。


「……せや……うちがガーシュに魔術を教えたんや……」


 ツグミの言葉を聞いて、フィアードが目を細めた。


「前村長は夫人と共に、魔族と通じた罪で公開処刑されました。さて……残された子供達はどうなったでしょうか?」


 フィアードは淡々と語りかける。掴まれた手首が痛い。精霊を封じられ、魔術も使えない。


「ちょ……待ってや、じゃあ、ガーシュの処刑ってうちらのせい?」


 魔族と神族の間の確執は知っていたが、まさかそれが理由で処刑が行われるとは思っていなかった。


「陛下は、魔族との共存とか言ってるけどな、俺は認めない」


 グサリ、と言葉が胸に突き刺さる。


「……フィアード……」


「さっきの問題の答えだ。五人の子供のうち、当時まだ未成年だった四人は奴隷として売られ、残った一人は欠片持ちだったので、ダルセルノの元で罪人の子として奴隷以下の扱いを受けて暮らすことになりました、とさ」


「……え……」


 フィアードはツグミの手首を掴んだまま、その隣に腰を下ろした。

 口付けしそうなほど顔を近付け、その空色の目を覗き込む。


「さっき言い掛けただろ? なんで服を脱がないんだってな……」


「あ、それは……」


 ツグミの目が泳ぐ。


「気になるなら脱がしてみろよ」


 ぐいっと自分の襟元をはだけて、ツグミの手を添える。チラリと見えた傷痕に、ツグミは息を飲んだ。


 フィアードのハシバミ色の目が怖い。だが、その傷痕に自分が関わっているとしたら、見て見ぬ振りは出来ない。


 ツグミは両手をフィアードの服に掛け、ゆっくりと引き下ろした。


「……!」


 胸に腹に走る無数の傷痕。背中の罪人の証。全てを焼き付けたツグミの空色の目からは涙が溢れた。


「罪人の子には何をしても許されるんだとよ……。ダルセルノの野郎は最低だ。毎晩俺を口汚く罵りながら鞭打ちやがって……。今でもあいつを殺す夢ばっかり見る」


「フィアード……」


 ツグミの唇が震える。何と言ったらいいのか分からない。


「俺はな、親父が魔族と通じてた意味が分からない。ダルセルノに弱みを握られる羽目になるような事、なんでしたのか分からないんだ。

 お前がその相手だって言うなら、聞かせて貰おう。親父とどういう関係だったのか」


 フィアードは憎しみをたたえた目でツグミに向き直った。

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