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片思いするなら君がいい  作者: 青子
はじまりの夏
7/27

 私と大谷くんが創作ダンスの間ずっと2人並んでいたことは、やはりクラスの中でも話題になっていたらしい。私が得点係の仕事であたふたと本部で動いている間、大谷くんはまたどこかへ行ってしまった。そしてクラスの元へ戻ると、案の定質問攻めにあった。主に、麻理子ちゃんに……。

「どういうこと!? 付き合ってたの?」

「いや……ちが……」

「春香に聞いても知らないって言うんだもん! まだ付き合っては、いないの?」

 そうだ、と思い春香のほうを見る。少し心配そうな表情で私を見ていた。

「あの……付き合ってないから……。ただ話してた、だけ」

「えー? そうなの? つまんないなあ」

 麻理子ちゃんは口を尖らせた。

「ほら、閉会式始まるよー」

 助け舟を出してくれたのは春香だ。その言葉に私の周りに集まっていた女の子たちも、慌ただしく動き始める。その瞬間、春香が私の腰をつんと突いた。

「私には、教えてよね」

 大きな目が、睨むように私を見た。

「……はい」

「でも、良かったね」

 途端に優しくなる表情。

 春香には心配ばかりかけた。だからちゃんと話そう。大谷くんと何があったか、自分の気持ち、これからどうしたいのかも全部。

 夕焼け色に包まれた競技場。大谷くんはどこにいるのか分からない。でもただ思うだけだった一ヶ月前よりはずっと縮まった距離。何かに近づいていくようで、嬉しいようでもどかしい。時々早送りしてしまいたくなるけれど、やっぱりじっくりと味わいたい大谷くんとの時間。これからもずっと、できるだけ長く続きますようにと、そっと祈った。


 打ち上げは学校近くの海浜公園で行おうということになった。あらかじめ予定を立てていれば、それなりに店を予約するなどの発想もありそうなものだが、土壇場で決まった上に予算もないのでただ皆で集まって騒ぐだけという打ち上げになりそうだ。

「やっぱ売り切れてるよねー……」

 クラスの皆でぞろぞろと訪れたコンビニ。同じような考えの生徒は多いのか、目的のものは綺麗に売り切れとなっていた。棚の前で項垂れている麻理子ちゃんに、春香がぽんと肩を叩く。

「他のコンビニも探してみる?」

「うー……このあたりじゃ花火売ってるの、ここだけなんだよねえ。どうしよう……」

「じゃあ、ホームセンターとかは? 学校の近くにある」

「それだっ!!」

 麻理子ちゃんはぽんと手を叩き、慌てて一人でコンビニを飛び出した。追いかけたほうがいいのかと春香を見ると、首を横に振っている呆れ顔と目が合う。

「あの子、浮かれてるのよ。学年優勝できたから」

「あー……確かに」

 他のクラスメイトはお菓子や飲み物を買っている。お金は後でレシートから割り勘にするということになっているが、思いっきり自分の趣味に走ったものを買っている子もいてやや心配だ。

「ねえ、これ、さりげなーくカゴに入れてたらまずいかな」

 嬉しそうな声をさせながら近づいてきたのは、江畑くんだった。

 本人は私たち2人に話しかけているつもりだろうが、明らかに春香にかまってほしいのが分かった。自分のことじゃないのに、ずきんと胸が鳴る。

「思いっきりうちの高校の名前を晒しながら買えるわけ?」

「お、そーだった。やばいやばい」

 そう言いながら片手で、体操着に刺繍されているそれを隠す。

「そういう問題じゃないから。下手すりゃ通報されるわよ」

 江畑くんはなお嬉しそうに、「お酒は20歳以上になってから」という貼り紙があるケースにビール缶を戻した。

「じゃあ、炭酸にする? コーラにする? サイダーにする?」

「炭酸嫌いなんだよね。柑橘系の、ジュースがいい」

「オレンジ? グレープフルーツもあるよ」

「グレープフルーツ」

 春香の言う通り、江畑くんはパッケージに100%と書かれたグレープフルーツのペットボトルを取り出してかごに入れる。

「三波さんは?」

 ぼけっと2人のやり取りを見ていた私は、急に自分に矛先がきて驚く。

「……あ、えっと何でもいい」

「そう? 炭酸は何か買わなきゃだよなあ。あとはお茶と……」

 どんどんと増えていくかごの中。それなのに江畑くんは片手で軽々と持っていて。

「ねえ、アイス食べたくない?」

 春香が、入り口近くのショーケースを指差す。

 確かに一日汗をかいた体に、甘くて冷たいものは喉から手を出すほど欲しい。私も黙って頷く。

「アイスかー。今買うとレシートの中に入っちゃうし、どうせ皆集まる頃には溶けちゃうから、打ち上げの途中で買いにくればいいんじゃない?」

 江畑くんが間に入るように言う。おっしゃる通りだ。

「そうだね、打ち上げ途中で買いに来ようか。今すぐ食べたいけど」

「春香、アイス好きだもんねえ」

「もう、ご飯よりアイスのほうが恋しいよ」

 わいわいと騒ぎながらコンビニを出て、徒歩で海浜公園へと向かった。


 私たちコンビニ買い出し班が到着すると、もうすでにほとんどのクラスメイトが集まっていた。他のクラスの子たちも数メートル離れた場所で同じようなことをしている。

 全員が揃ったのを見計らい、紙コップに入ったジュースが配られ始めた。食べ物は大半はお菓子やコンビニのホットスナックが並ぶ中、誰の趣味なのかするめイカやジャーキーなどのおつまみもあった。

「飲み物全員持ってるー? じゃあ、乾杯するよー」

 誰かが大きな声でそう言うと、ざわめきが少しだけ収まる。

「では」

 クラスの中心的存在の男の子。女の子の中でいうと、麻理子ちゃんみたいなポジションの子だ。その子は自分の飲み物を右手に大きく掲げた。

「学年優勝を祝って、かんぱーい!」

 そのあと皆も揃って、「かんぱーい」と声をあげる。お酒でもないのに、何となく可笑しい気分になりながら私も調子を合わせた。

 しばらくは女の子たちと集まって、何でもない話をしながら盛り上がった。体育祭でのことも話題にあがり、もちろん大谷くんの1500mの話になるとなぜか私まで誇らしくなった。本当にすごかったよね、と皆が言ってくれて嬉しかった。

「ね、千紘」

 春香が私の手を引く。

「トイレ付き合って」

「うん、いいよ」

 海浜公園のトイレは、入り口近くにひとつだけある。この場所からは数分歩くため、暗くなってからでは一人は心細いのだ。ちょうど私も用足ししたいと思っていたし、と立ち上がった。

「で、教えてくれる?」

 2人きりなると、春香はやっぱり切り出してきた。大谷くんとのことだろう。隠すつもりもない私は、周りに誰もいないことを確認して、ひとつひとつ話し始めた。運営委員が始まる前にある約束をしたこと、少しずつ笑い合えるようになったこと、自分から頑張ってみたこと、そしてまた、大谷くんとの約束が増えたこと。

「ふうん?」

 暗い中だが、春香がにやにやと笑っているのはよく分かる。きっと赤いであろう自分の顔を隠すように、頬に手をあてた。

「私、嘘は言ってなかったでしょ?」

「嘘?」

「ほら前に、体育の授業のときに、大谷くんが千紘のこと見てるって言ったじゃない」

 そういえば、まだ大谷くんに嫌われていると思っていたあのとき。

「あ、あの。でも、まだ、何ていうか、そういうんじゃないし」

「分かってる分かってる。でも時間の問題でしょ?」

「……そんなの、分からないよ」

 大谷くんと話せるようになって、笑えるようになって嬉しいのは確かだ。ただそれが気持ちとして、こちらの一方通行である可能性は高い。

「まあ、焦ってもしょうがないしね。頑張ることにしたなら、私はそれで良かった」

「春香には色々話聞いてもらって、迷惑かけたよね? ごめんね?」

「そんなこと気にしないで。だから、これからも逐一報告してよね」

 笑いながら頷いて、私はふと春香自身のことを思う。

 そういえば、春香の恋愛話って聞いたことがない。今日の江畑くんの春香への絡み方も気になって、聞いてみようと思った。

「春香はいないの? 好きな人」

「好きな人かあ……うーん」

 これはいそうだ、私はピンときた。

「誰?」

 すかさず春香の前に体を出し、顔を覗き込む。彼女はちょっと困ったように笑ったあと、少し遠くを見て切なそうな顔をした。

「千紘の知らない人だよ」

「……そうなんだ。えっと、違う学校の人とか?」

「私の幼なじみなんだ」

「幼なじみってことは家が近所なの?」

 春香はまた、困ったように笑う。ちょっと質問攻めにしすぎただろうか、と自分の行いに反省する。

「ごめん……何か、聞きたいこといっぱいあって」

「そうだよね。私今まで、そういう話してなかったし」

「ううん、また詳しく教えてね? また、今度でいいから」

「あはは、そんな気い使わなくていいよ。何だろう、ちょっとその人のこと、どういうふうに表現したらいいのか分からなくて。とりあえず家が近所っていうか、一緒に住んではいるんだけど」

 だえっ!?

 私は驚きすぎて、訳の分からない感嘆詞を叫んでいた。

「い……いっしょに? 住んで……?」

「あーごめんごめん。何ていうか、早い話が、家族なんだよ」

 家族!? それはまさか、中学のとき怪しい漫画の回し読みが流行ったとき、ちらりと目にした「きんしんそーかん」ってやつだろうか……。

「千紘……妙なこと考えてるでしょう」

「はっ!? いや……ちが、えっと」

「家族っていうのは、私の姉の旦那さんっていう意味ね? 去年結婚したの。うち2人姉妹で、私はまだ高校生だし、旦那さん……その幼なじみは次男だから、うちの婿になってくれないかってことで姉と結婚したんだ」

 海から吹いてくる生ぬるい風は、まるで消化しきれない彼女の気持ちのようだ。それきり何て言葉をかけたらいいのか分からない私は、トイレに入ることもできずに俯いていた。

「こんな話されても困っちゃうでしょ? だから、今まで言わなかったの」

 春香は明るくそう言うけれど、言葉に隠された悲しみは私に痛いほど伝わってきた。

「私が、高校生じゃなかったらなあー……私が、姉より先に生まれてたら」

 あいつの隣にいるのは私だったのかな。

 耳に届いた声は、闇に消え入りそうなほど弱々しかった。


「暗くならないでよー。千紘」

 春香はハンカチで手を拭ったあと、ぽんぽんと私の肩を叩く。私はトイレに入ることも忘れて、また来た道を戻っていた。

「私も叶わないってことは理解してるし、気持ちの整理ついたら新しい恋探すからさ」

「新しい、恋?」

 彼女は組んだ両手をぐんと前に伸ばす。

「うん。まあ帰宅部だし、出会いは少ないけどねー」

 ふと、江畑くんのことを思い出す。

 春香は彼のことを、どう思っているのだろうか。

「え、江畑くんは? 今日、仲良さそうだったじゃん」

 何聞いているのだろう。彼を春香に薦めたいわけじゃないのに、自分が楽になりたいがために聞いてしまった。

「江畑くんかあ……」

 もったいつけるように考えたあと、ふふと笑った。

「あーいうタイプの男の子、私はちょっと苦手かな」

「え、そうなの? でも楽しそうに話してるじゃん」

「そりゃタイプじゃなくても仲良くはするよ? でも、もっと落ち着いてて静かな感じの人が好きなんだよね」

「……そっか。そうなんだね……」

 木下さんのことを思ってホッとしつつも、春香の好きな幼なじみはそういうタイプなんだろうなと思い浮かべた。じゃあ同級生よりも、年上の先輩のほうがいいのだろうか。そんなことを考えていると、あっという間にクラスメイトが集まっているところに着く。さっきいた女の子グループもところどころ分かれてしまったみたいで親しい顔を探していると、春香が無言で私の腕を引く。

「……あれ」

 耳元で小さく呟かれた声。

 咄嗟に何のことか分からずに、春香の視線の先を辿る。公園の中央に設置されたオブジェの淵に数人のグループが溜まっている。よくよく見ると私たちのクラスの男の子の他に、違うクラスの子たちも混じっているようだ。ぽつんと女の子が一人いて、目立っている。その子が寄り添うようにしているのは……て、嘘!

「……あれって、隣のクラスの、なんだっけ。えーっと」

 春香が彼女の名前を思い出そうと首を捻っている。

 でも私には分かった。1年のときに同じクラスだった子だ。水元さんという彼女は、私と出席番号が近かったけれど一緒に行動する機会もなかった。特段仲が悪かったわけでもないが、良くなることも深くなることもなかったという、ただそれだけ。

 ぼうっと2人を見ていると、春香のいる反対側から今度は強めに手を引かれる。

「ちょっと千紘、彼氏とられてるじゃん!」

 麻理子ちゃんだった。彼氏じゃないから、あまり大きな声で言わないでほしい。麻理子ちゃんの冷やかしにも近い言葉に、周りもがやがやと騒ぎだす。

「ちょっと誰かー。大谷奪還してきてー」

 面白がって放たれたその声に、よっしゃと腰を上げたのがなぜか江畑くんだった。

「え、いい。いいから、江畑くんストップ!」

「まかせとけってー」

 慌てて止めたのに、江畑くんは私の手をすり抜けて小走りで大谷くんのほうへ向かってしまう。

 心配に思いつつも目が離せなくて、オブジェのほうを見たまま。江畑くんはふらりと大谷くんの前に立ち、少し話した後、隣にいる水元さんにも笑いかけている。そして、ちょっとごめんね、という感じで断る仕草を見せていとも簡単に大谷くんとこちらに歩いてきた。

「江畑くん、上手いねー」

 春香が褒めるのも納得できるくらい、彼の行動は違和感なくスマートに見えた。でも肝心なのは、何で呼び寄せたのかの説明だ。間違っても私がやきもち焼いてるとか、下手なこと言わないか心配だ。江畑くんに大谷くんへの気持ちを言ったことはないけれど、態度でバレていても不思議ではない。

「連れてきたよー」

「よくやった、江畑!」

 麻理子ちゃんはのんきに拍手をしている。

「え、何? そんな大事?」

 大谷くんは状況が分からないような顔で、きょろきょろと皆を見ている。

「ほら、行くぞ。三波さんと、百田さんも来て」

「え? 私?」

「私も?」

 春香と私は顔を見合わせる。

 先を歩く江畑くんと大谷くんに、名前を呼ばれた私たちは後に続いた。


 歩く道は、さきほどトイレに行ったときと同じ。つまり入り口に向かっているということだ。

「ねえ、どこ行くの?」

 春香が前を歩く2人に声をかけると、不思議そうな顔をした大谷くんが振り返る。

「え、アイス、買いに? だっけ」

 アイスクリーム。春香が食べたがっていたそれのことを、私たちはすっかり忘れていた。

 大谷くんは江畑くんの顔を見て、そうだよなと確認する。

「そうそう。百田さんが食いたいって言ってたし、クラスの連中も食いたいかなーと思って4人で買い出し……と思ったけど」

 くるり、と江畑くんは体の向きを変えた。

「やっぱ自分たちの分だけでいいかな。まだ飲み物もお菓子もいっぱい余ってるし。とりあえず4人分でいいから修と三波さん買ってきてよ。あ、俺はぎゃりぎゃり君希望」

「ぎゃ……り、ぎゃり君」

「コーンポタージュ味とか変なのやめてね? ふつうの味のやつで」

 思わず春香の顔を見ると、うんと小さく頷く。

「じゃあ、私は柑橘味の何か」

「何だよ、何かって」

 大谷くんが思わず突っ込む。

「柑橘系が好きなの。果物の実とかそういう系」

「百田さん本当に好きだよねー柑橘系」

「じゃあ、頼むね。あ、お金」

「いいよ、後で適当に割ろう。俺持ってるから」

 大谷くんがそう言い、ポケットを押さえる。

 これって、2人で買い出しに行くことになってしまったのだろうか。

「よし、じゃあ俺たちは海岸を散歩でもする?」

 江畑くんが春香を誘うように身を寄せた。春香はちょっと窺いながら考えているものの断らない。

「え、2人で、散歩するの?」

 慌てて尋ねたのは、焦ったのは、他でもない木下さんの気持ちを知っているからだ。もしそんな2人の姿を木下さんが見たら、きっとショックを受ける。大谷くんと水元さんが並んでいるのにショックを受けた、私のように。

「どうしたの、千紘」

 春香のほうがきょとんとした顔をする。彼女にとったらそんなに大事でもないのは分かる。でも、こちらの立場を明かせないのがもどかしい。

「……ううん、暗くて危ないから、みんなのとこ、戻ったらいいのにって、思って」

「だいじょーぶ。百田さんは俺が守るから」

 むんと胸を張って、江畑くんはそこをぽんと叩く。そういう意味じゃなくて。

「えっと、えっと……」

「行こ、三波さん」

 そう言って大谷くんは歩き出す。私は一瞬その背中を追おうとするとも、やはり2人を振り返ってしまう。春香が声を出さずに、「早く行け」と口の動きだけで伝えてきた。

 木下さん、ごめん。

 私は一度強く心の中で思ってから、大谷くんを追いかけることにした。

 大谷くんはそんなに離れて歩いているわけじゃないのに、簡単に追いつくことができなかった。

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