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片思いするなら君がいい  作者: 青子
むすばれる春
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 姉から届いた荷物は、引っ越しで使うサイズ大の段ボールと同じものだった。そこに敷き詰めるように入れられた服は、おそらくお古だけじゃなくて最近買ったと思われるものも含まれているようだった。お姉ちゃんの服なくなってしまわないだろうか、と思ってしまう量だ。とりあえず後でお礼のメールを送っておかなければ、と目についたカットソーとミニスカートを取り出した。

 オリエンテーションも3日目。今日は午前中に健康診断があり、午後からは各施設利用の説明会だ。健康診断の集合場所である体育館に行き、指示の通りにまわっていくようになっている。更衣室で着替えていると、一人の女の子から話しかけられた。

「ねえ、史学科の子だよね?」

 今までは学部ごとに集まることが多かったので、同じ学科の子たちの顔はあまり知らなかった。何で知っているんだろう、と思いつつ私は頷いた。

「私も史学科なんだ。一人だったら一緒にまわらない?」

 川野倫子と名乗った彼女は、きりっとした外見とは違い性格は穏やかでよく笑う子だった。私とは違い、地元がこのあたりで実家暮らしらしい。

「ねえ、何で私が同じ学科って知ってたの?」

「学科別オリエンテーションで一緒だったんだよ。キレイな子だなーと思って勝手に注目してた」

 あっけらかんとそう言って笑うその言葉に、嫌みは全くない。褒めてくれるのは嬉しいが、大体ぽつんとしていたところを見られていたのは恥ずかしい。学科別オリエンテーションも数時間程度のものだったし、一人という劣等感で周りをみる余裕なんかなかった。

「ご飯も一緒に食べようよ。午後の施設説明もでるよね?」

「うん、ありがとう」

「あーあ、私受験太りしたんだよね。体重やだなあ、何キロ増えてるんだろう」

 良かった、今度こそ友だち一号だ。ここ最近沈みっぱなしだった気持ちが、少しだけ浮き上がるのが分かった。


 倫子と初めて訪れた食堂は、大勢の学生で賑わっていた。

「あ、あそこ空いてる。確保確保」

 空席を見つけ腰を下ろす。今日こそはお昼を食べようと思っていた私は予めコンビニでパンを買って来ていた。どこか目立たない講義室ででも食べようと思っていたのだ。倫子はお昼を持っていないとのことで、食堂に来ることになった。食券を買い求めに行った彼女の背中を見送ったあと、私は携帯を取り出した。昨日の江畑くんのメール。あれからうだうだと返信内容を決めきれず、寝る直前に返した。

『こっちも始まったよ。まだ授業始まってないから忙しくないよ。』

 はてなマークがつく内容を返せば、まだメールは続くかもしれないのに。

 返事が来なかったときにショックじゃないように、はてなマークはつけない。どこまで小心者なんだと自分で可笑しくなる。

 現に、昨日のメールに返事はないわけだし。ぽちぽちとメールをさかのぼって行くと、また姉の名前が表示される。中身は今日の朝すでに見ているのだが、開くと『今週末にそっち行くからね。将門も行くってきかないから3人だけど。どこかで美味しいものも食べようね。何か必要なものがあれば金曜日までに連絡ください。』と書かれていた。

 何か必要なもの……服は大量に送ってくれたし、何かあるかな。一人暮らしもまだ数日で足りないものが思い当たらない。自炊も全然してないなあ、いい加減体壊しちゃうよ。

「おまたせ〜、さあ、食べよう!」

 戻ってきた倫子がトレーの上に載せていた、美味しそうなハンバーグ定食に思わず唾を飲む。こんなコンビニのパンじゃなくて、できたてのご飯が食べたい……。

「そういえばさ、一人暮らししてるんだよね? 寂しくない?」

 勢いよく割り箸を割った倫子は、まずみそ汁をかき回した。

「うん、寂しい。掃除も洗濯も自分でしなきゃいけないし」

「そうだよね。料理とかしてるの?」

「全然だよ。お昼だって、これ、だし」

 コンビニで買ったのは白いパンにチョコレートが挟まっているもの。甘くないパンも買えば良かった。ハンバーグを見たら、辛いものが食べたくなってくる。

「別にいいんじゃない? 無理に作らなくても。それに一人分作るのって面倒くさいらしいよ」

「そう言われてみると、そうかも」

「私も彼氏が一人暮らし始めたからさ、作ってくれ作ってくれうるさいんだよね。だからお母さんに教えてもらってるんだけど、そもそも彼氏の部屋のキッチンすごく狭くてさ。練習通りにはいかないだろうし、だからって手際悪いの見せるのも何か悔しいし」

 彼氏……いるんだ。そりゃ大学生だし、いて当たり前か。

 さりげなくその存在がいることを告げられ、羨ましい気持ちになる。

「春香は、彼氏に作ってあげたりしないの?」

 私も彼氏がいる前提で話をされるのが若干辛い。

「いないよ、彼氏」

「え、そうなの」

 箸を動かす手をとめた倫子は、目をまるくする。

「びっくり。春香可愛いし、モテそうだからてっきりいるんだと思ってた」

「彼氏いたことないんだ、今まで」

「えっ!?」

 大げさに驚いている倫子に、私まで開いた口が塞がらない。え、彼氏いないとダメ?

「本当に? 高校のときとかもいなかったの?」

「うん……」

「ええ、マジで? もったいなあ〜、うちの高校だったら春香みたいな子絶対独り身じゃないよ。何で? 告白されたりはしたでしょ?」

 ほわんほわんと何人かの顔が浮かぶ。最後に浮かんだのは、江畑くん。

 ああ、私そういえば、江畑くんに告白されたことあったんだった。今度は自分が好きになった側だから、そんなことすっかり忘れていた。

「……あるんだ。何で付き合おうと思わなかったの? タイプじゃなかったとか?」

「いや、えーっと、あの」

「分かった! 好きな人がいたんでしょ。長い間片思いしてたとか?」

 合ってるような、違うような。

「え……と、えっとね。好きな人が、いることはいるんだけど」

「でも、その人同じ高校じゃないの? じゃあ今、離ればなれ?」

 完全に倫子のペースで話が進んでいく。同じ大学まで追いかけてきたなんて言ったら、ドン引きされるだろうか。

「離ればなれっていうか、たまに、メールする程度っていうか……」

「けど会えないんでしょ? メールだけ?」

「メールだけ……」

 寂しく呟くと、倫子は考え込むように黙る。

「ね、誰か紹介しよっか? 私の友だちでこの大学きてる子も多いし、春香みたいにキレイな子だったら、付き合いたいって奴いっぱいいるよ。その、好きな人もいい人なのかもしれないけど、せっかくの学生生活でもったいないよ?」

「えー……いや、紹介とかは」

「どういう系がいい? 顔は濃いほうがいい? 薄いほうがいい? 体育会系だったら、スポ健にいる子も知り合いだし、文科系がよければ思いっきり草食系のやつもいるけど……」

「スポ健って、スポーツ健康学部?」

 その言葉に反応した私を、倫子は見逃さなかった。箸をタンとお盆に置き、私の顔を覗き込んでくる。

「何? スポ健がどうしたの?」

「あ……あの」

「スポ健の子に興味ありでしょ? よっしゃ、早速紹介するよ。ラグビーだかアメフトだかやってる奴でね、筋肉むきむきだけど性格は保証するから」

 そそくさと携帯を操作し出した彼女を、私は慌てて止める。

「あっ、だめ、だめ。そうじゃなくて」

「んー? やっぱその好きな人のほうがいいの? もったいないと思うけどなあ」

 もう自棄だ。引かれたらしょうがない。

 私は初対面の倫子に、今までのことをざっくりにだけど話した。高校2年生のときに告白されたということは省いたけれど、好きな人と同じ大学を選んだこと、時々メールをしているけれど小心者のおかげでまったく進展がないこと、そして、彼女がいる相手かもしれないこと。

「……うーん、とりあえず彼女いるかどうか確認しなきゃいけないのと、春香が同じ大学にいるってことを知ってもらわないとダメでしょ」

 倫子は真面目に頷きながらそう言った。ドン引きはされていないようで、少し安心した。

「メールが怖いなら、会いにいっちゃおうよ。私もついて行ったげるし。一人で行くより安心でしょ?」

「……いいの? そんな、そこまで、してくれて」

「大丈夫! 私にはスポ健にいる友だちがいるから、顔出しやすいし。それにスポ健って学科ひとつしかなくて人も少ないんだって。きっとすぐ見つかるよ」

 この前、サッカー部のマネージャーになろうと勇気を出してダメだったとき、もう大学で会うのは無理なのかなって思ったけれど。思いもかけないところで、チャンスが訪れた。倫子が私に話しかけてくれて、友だちになってくれて本当に良かった。私はようやく心を落ち着けて、パンにかじりついた。


 お昼を早めに食べた私たちは、スポーツ健康学部のあるD棟へ向かった。すれ違う人たちも、文学部とは違う男性のほうが多い。

「えーっと、あ、いたいた」

 倫子は一人の男性を見つけ、右手をあげる。それに反応したのは、学部掲示板の前に立っていた大きい体をした色黒の人。

「おっす。川野、久しぶりだな」

「やだ、ちょっと前にクラス会で会ったじゃん。あ、春香。こいつ、私が高3のとき同じクラスだった塚本。ラグビー部? だっけ?」

「アメフトだよ、アメフト」

 そうだった、と倫子は豪快に笑いながら塚本さんの肩をばんばんと叩いた。今までピンときていなかったが、倫子って麻理子にちょっと似ている。名前も似ているし、雰囲気や言動も。

「塚本、この子今日友だちになった春香。かわいいでしょう?」

「どうも、塚本です」

 大きな体を折り曲げて丁寧にお辞儀してくれる彼に、私も恐縮してぺこぺこと返す。

「電話でも言ったけど、春香の探し人を連れて来てほしいんだ」

「おう、いいよ。誰?」

 倫子に促されて、私は恥ずかしさを抑えながらその名前を言った。

「江畑、くんていう子なんだけど」

「えばた?」

 塚本さんは、ええと、というふうに考えて鞄から一枚の紙を取り出す。

「えばた、何さん?」

「……ひろき」

「えばた、ひろき」

 確認するように繰り返す塚本さんだけれど、首は傾げたまま。

「いや、川野にスポ健で探し人頼まれたから、名簿借りて来たんだ。俺もまだ全員の名前覚えてるわけじゃないし、人数少ないから他の学部よりは知ってるとは思うけどな? いや、でも……江畑って子はいないみたいなんだけど……」

 咄嗟に、私はその紙を覗き込む。上から順番に視線を移していくも、目的の名前は見つからない。そもそも彼の名前だったら上のほうに位置しているはずなのに、あ行は2〜3人だけで、あっという間にか行へ突入している。

「……いない、どうして」

「ねえ、塚本。1回生ってこれだけなの? 他には?」

「これだけだよ。もともと人数少ないし。上回生もあたってみるか?」

 そう問われて、私は首を横に振った。そんな可能性はあり得ないからだ。

 目の前が真っ暗だ。江畑くんはこの大学にいない? スポーツ推薦だから、絶対ここに進むんだって言ってたのに。

 心配そうな塚本さんを置いて、私と倫子はD棟をあとにした。


「やっぱりメールしてみたら? それが早いよ」

 倫子は頬杖をつきながら言う。

「そう……だよね」

「向こうからメールきてるんなら、たまにはこっちから送ったっていいでしょう?」

 今まで将門にしか相談してなくて、基本的に彼は聞いてくれることが多かった。アドバイスや叱咤激励もくれたけれど、私に何かを無理強いするようなこともなかった。

「思うに、何とも思ってない子にメールなんてしないから、ちょっとは春香のこと気にかけてると思うんだよね、その、江畑くんて子も。もし何らかの事情でこの大学に来てないんだとしても、この状況をはっきりさせないと春香も前に進めないでしょ?」

「……うん、その通りです」

「だからさあ、」

 そう言いかけたところで、バタバタっと私たちの周りが動く。

「倫子ー、やっと見つけた」

 数人のグループが私の隣に座る倫子に、飛びつくように群がった。

「もう、さっきから携帯にメールしてたのに、見てないでしょう」

「え、ごめーん。ちょっとうろうろしてたから。あ、ほんとだ。ほら、ここ座りなよ」

 倫子は私たちが座る前の席を指差す。男の子もいるそのグループの子たちは、がやがやと席についた。

「春香、この子ら、私と同じ高校の友だち。学部は一緒だけど、史学科は私一人なんだ」

 どうやら今までのオリエンテーションは皆で過ごしていたらしいが、健康診断が学科別だったため、私を誘ってくれたようだ。それはそれで有り難いのだが、急に騒がしくなったその雰囲気に私は馴染むことができない。高校のときだって、大勢と連れ立って行動するよりも、何人かの友だちとじっくり付き合うほうが性に合っていた。

 自分の顔が強ばっていくのに対し、その子たちはやや雑に自己紹介をしてくれた。

「どうも、林でーす」

「遠藤でーす」

「まりえだよー」

 お、覚えられません……。何とか愛想笑いを浮かべていると、倫子も混じって内輪ネタで盛り上がり出す。

「さっきスポ健行ったんだけど塚本に会って来たよ」

「この前、あいつクラス会きてた?」

「きてたよ。アメフト部入ったって行ってたじゃん。確か、ミノリの彼氏もアメフト部で」

「ミノリって、3組の? あの子この大学なの?」

 私、ここに座ってるだけだ。本当に、座ってるだけ。

 施設説明の間も、こそこそとやり取りされるその場の空気に、やっぱり馴染めない私は何度も何度も手元のプリントを眺め直していた。前で誰か話をしているときはちゃんと聞けばいいのに、なんて真面目くさいことを思いながら何も言えなかった。大学っていうところは、こういう学生を注意する人もいない。私は自分の表情がどんどん固くなるのを感じながら、雑音の中から先生の声を必死で拾っていた。


 帰りに、倫子のグループにカラオケに誘われたけれど断った。こういう雰囲気に慣れていかないと、友だちなんて一人もできない。でも、自分を押し殺してまで周りに合わせる必要あるのかな。そんな葛藤の中、自分の部屋に向かう道をとぼとぼと歩く。

 メール、どうしよう。

 結局倫子への相談も途中で終わってしまった。きっと彼女も私が悩んでいたこと忘れて、カラオケに行ってしまった。相談するのも勇気、出したんだけどな。

 立ち止まってカチカチと操作して、新規メール作成画面を出す。何て送ればいいだろう。倫子の言う通り、いつも向こうからきてるのだから、同じようにこっちから送ってみればいい。でも、ふと思い出す。昨日メールがきて、それに返事をして、そこでやり取りは終わっているのだ。なのにもう一度今日、私からメールを送るなんて。

 やっぱり明日にしよう。やっぱり明後日にしよう。

 やっぱり、一週間後にしよう。

 私は、ずっとこのままなのかな。そんな気もしてきた。でもこんな状況にしたのは、紛れもなく自分だった。

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