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片思いするなら君がいい  作者: 青子
とどかない秋
18/27

18

 中間テストが終わって、学校の話題は文化祭へと本格的に変わっていく。お化け屋敷をやることになっているうちのクラスは、放課後みんなで居残って制作に励んでいる。とにかく暗闇を作りたいというリーダーたちの意見で、ありったけのゴミ袋で教室を真っ黒にしている。あとは遮光カーテンも他の教室から借りてきた。あんまり早くから準備をしてしまうと、逆に授業にならない。文化祭までの数日間が勝負だった。

「じゃあ一回電気消すよ!」

 江畑くんの声を合図に、さっきまで騒がしかった声が一気に静まる。

 昼間とは思えない暗闇が訪れ、制作側の私たちも思わず息をのんだ。

「……まだ甘い! 入り口から明かりが漏れてる」

「電気つけるよー」

 どれだけ窓からの光をシャットアウトしても、廊下側の問題もあるのだ。

「その暖簾もうちょっと丈長くできないの?」

「無理だよ、入るとき踏んだりするほうが危ないだろ。それより入り口を二重にするとかさ」

「そんなスペースあるかなあ。ねえ、設計図貸してよ」

 一応作られた設計図。プロが作るようなものではなく、素人が見よう見まねで作った陳腐なもの。でもそのコピーを配られたとき、「良いものを作りたい!」という江畑くんたちの思いが伝わってきてみんなそれについて行こうとなった。学校の文化祭程度で大げさかもしれないけれど、体育祭ぶりにクラスがひとつになろうとしていた。

「出口はこのままでいいの? ここからも結構明かり漏れてるよ」

 最初はコスプレ喫茶を推していた麻理子も、いつの間にかお化け屋敷制作の中心人物になっていた。こうやって意見交換にも活発に参加する。

「出口広めにしてるのは逃げやすくしてる目的もあるからね。お客さんがさ、出口だ!って明かりに気いとられてるときに、最後のメインイベントが待ってるってわけ」

 橋本くんはニヤリとしながら話す。このお化け屋敷は最初から中盤は人で驚かすのではなく、いわゆる小道具や内装で怖がらせる造りになっている。そしてお客さんを徐々に興奮状態にしたところで、最後の最後にお化けに扮した人間に追いかけられるという仕組みだ。

「で、慌てて逃げて出てくる様子を並んでるお客さんに見せるのもポイント。通りすがりにそんなところ見たら、どんなに怖いんだって気になるだろ?」

 江畑くんが自信ありげに話すと、周りのみんなはうんうんんと頷いた。

 最初はリーダーを嫌がっていたくせに、いざ任されるとやる気になって先導してくれる。言葉に説得力があって、頼もしい。そんなふうに好意的な視線を向けながらも、一方では罪悪感ばかりを抱いていた。誰に対して、何に対して。

「春香?」

 俯いて考えていると、千紘が顔を覗き込んでくる。

「……あ、え」

「少し休憩だって。ジュースでも買いにいかない?」

 辺りを見回すと、クラスメートたちは制作の手をとめていた。

「そ、だね。……アイス食べたい」

「あはは。じゃあ食堂いこっか」


 うちの学校は食堂にアイスクリームの自動販売機がある。他のクラスの子たちも居残っているのか、いつもより人が多い。自動販売機が並ぶスペースに行くと、すでに人だかり。

「あ、アイス売り切れてる!」

 人と人の間からそれを見つけた千紘が声をあげた。

「うそ!!」

 夏でも売り切れなんてことなかったのに、季節が秋の今そんな状態になるなんて。

 自動販売機の前に立つと、見事にアイスクリームは売り切れて赤いランプが点灯していた。バニラもストロベリーもチョコレートも。私の大好きな柑橘系のシャーベットなんかも当然に。

「あーあ……もうアイスの胃袋になってたのに」

「コンビニ行く? ちょっと歩くけど……」

 千紘がそう提案してくれるけど、さすがにちょっと面倒くさい。こうやって手軽に好きなアイスが食べれるところが良かったのに、手間が増えるととたんに魅力が薄れるのだ。

「ううん。ジュースにしよっか」

 そもそも千紘はジュースで良かったわけだし。ジュースの自動販売機を見ても、人気の炭酸は売り切れが多い。やっぱり居残っている生徒が多いと売れるんだなあと実感する。2人並んでどうしようか考えていると、

「千紘〜!」

という声。聞いたことのある声に振り向くと、笑顔の木下さんが大きなビニール袋を持って駆け寄って来た。

「結衣ちゃん。買い出し?」

 千紘が親しみをこめて名前を呼ぶ。

「うん。江畑たち休憩とらずに打ち合わせしてるから、差し入れ。千紘と百田さんも食べない?」

 はい、と言ってそのビニール袋を差し出してくれる。

 私と千紘がその中を覗き込むと、色とりどりのアイスクリーム。その中に「ぎゃりぎゃり君」のアイスを見つけて、江畑くんの顔がよぎった。いつかの彼が食べていた、それ。

「いいよ、悪いし」

「ううん、良かったら食べて? 余っても溶けちゃうし、どれがいいか分かんないから多めに買っちゃったんだ。百田さんも食べてね」

 にこにこと笑う彼女は、可愛い。こうやって私に対しても、分け隔てなく接してくれるところ。江畑くんの好きなアイスクリーム差し入れしているところ。彼だけじゃなくて、みんなに優しいところ。全部、私とは違って魅力に溢れた女の子。

「ありがとう。じゃあこれ貰うね」

 2人で有り難くアイスを貰い、木下さんはお金も受け取らず教室に戻ってしまった。その背中を見送って、思わずぽつんと言葉が漏れる。

「……いいこだよね」

 私がそう言ったのを聞いて、千紘は小さく笑って頷く。

「うん、そうだね」

 千紘の顔を見ると、少し寂しげな表情で私を見ていた。


 文化祭がもう明日に迫った今日、準備は大詰めとなっていた。お化け屋敷自体はほとんど出来上がっていたのだが、当日の段取りについての最終確認を行っていた。そしてお客さんをいれたときのデモストレーションにも時間をかける。怖がらせるのではなく、不快な思いをさせることを一番避けたい。怪我もないようにしなければ、とクラス全員が最後まで居残って話し合っていた。こんなに熱い文化祭準備はきっと初めてだ。中学のときもクラスが団結するなんてあまりなかったし、去年もさすがに全員は居残らかった。普段は塾やバイトや部活ですぐに放課後散ってしまうメンバーが、ひとつの目的に向かって教室にいるなんてちょっとすごいことだと思う。

 文化祭は二日間あり、みんなが他の出店もまわれるように一日ずつに分けて役割分担を持つ。私は二日目のチケット係にあたっていた。

「よし、じゃあ不安なところもあるけど、まずは一日目乗り切りましょう!」

「一日目終わったら反省会するから、必ず全員残ってくださいねー。居残れない人は前もって俺か江畑のどっちかに伝えといてください」

 リーダーの2人が言ったのを合図に、解散になる。時計をみると、もうすぐ21時。将門を避けていたときは帰りがこんな時間になるのも当たり前だったけれど、みんな一緒にご飯を食べるのが習慣になっている最近は少し遅いなと思った。

「おーい、遅いから気をつけて帰れよー。家が近い奴同士一緒に帰るだぞー」

 担任教師がそう言うので、クラスメートはきょろきょろと辺りを見回している。家が近い人って誰だろう……と思っていると、千紘と大谷くんがこそこそ話しているのが視界に入る。彼らは家は近くないが、きっと送っていってもらうんだろうなと察しがついた。だったら私は邪魔できないし……と、一人で帰ろうかと鞄を抱えた。

「百田さん!」

 にこにことした江畑くんが小走りでやってきたのは、私のところ。

「一人? 危ないから一緒に帰ろー」

「え……でも」

 彼は電車通学だったような。そして私とは逆方向だったような。よくは知らないが、とにかく家が近いという人には該当しない。じわじわと感じる気まずさと、まだみんな教室にいるのに気にせずそう言われ恥ずかしさに襲われた。

「方向、一緒だっけ……」

「送っていくよ。ちょっと待ってて、片付けしてくるから」

 返事をする前に、橋本くんのほうへ戻っていってしまった。はあ、どうしよう。鞄を抱えたまま行き場を失っていると、ふと木下さんと目があう。ぼんやりとした視線は私のそれと交わっても、しばらくそのまま動きが見られなかった。

 私から木下さんに近づく。視線は合ったまま。私はいつの間にか彼女の目の前に立っていて、口を開いていた。

「木下さん、一人なの?」

「……うん、でも」

 さっき大声で江畑くんが私を送ると言っていたのは、聞こえていたはずだ。

 少し迷うような表情を見せた木下さんは、今度はしっかりと私の目を見て言った。

「私も、一緒に、帰っていい?」

 小さくて頼りない声は、不安の現れだろう。

「うん」

「……でもね」

「ん?」

「私の家、すごく近いんだ、学校から」

 ふふ、と自嘲気味に笑うので、私もつられて笑った。


 木下さんと江畑くんが並んで歩いている少し後ろを、私が歩いていた。彼に一生懸命話しかけている木下さんは可愛い。

 外に出ると真っ暗だった。校門のすぐそばに、見慣れた車が停まっているのに気付いた。

「……あ」

 父親の車だ。あんまり遅いから迎えに来てくれたのだろうか。今までそんなこと一切なかったのに、連絡してなかったから心配したのかな。と、思ったところで全く自分の携帯電話を確認してなかったことに気付いた。急いでポケットから取り出し開くと、数件の着信に、一通のメール。着信は順番に、母、将門、将門、母。メールは将門からで『文化祭の準備終わった? 遅いから迎えにいくね』という文章だった。それが、一時間前の履歴。

「やばい、私、迎えがきてる」

 前を歩く2人に聞こえるように言うと、揃って振り向く。

「え、迎え?」

「うん、私、行くね」

 慌ててその車に駆け寄ると、父の車の運転席から将門が出てきた。

「春香!」

「ごめん……! メール気付いてなかった!」

 私が謝ると、将門はにっこり笑って助手席側にまわり扉を開けてくれる。まるでエスコートするかのような仕草に、やっぱり照れてしまう。車はカッコいいやつじゃなくて、思いっきりファミリー向けのぼろい車なのに。

「お疲れさま。家帰ってご飯食べよ? お腹すいただろ」

「……うん。ありがと」

 そのまま車に乗り込むと、将門も運転席へ戻る。

 窓から校門のほうを見ると、江畑くんと木下さんの姿が見えた。木下さんは私がそちらを見ているのが分かったのか、手を振ってくれている。ゆるく手を挙げようとすると、江畑くんの表情が暗闇に浮かび上がった。何ともいえないような、ぽかんと口をあけたま私を見ていた。

 もしかして、何か勘違いしてる?

 私、家族が迎えに来たって言ったかな? いや言ってない。

 でも明らかに年上だし、兄だと思ってくれるかな。

 そこまで考えて、冷静になる。……いや、江畑くんに勘違いされたって別に問題なんてないじゃない。私は彼を振ろうとなんてしていたわけで、木下さんだっているのだ。2人を応援しようなんで出しゃばる真似をする気もないし、そもそも江畑くんに対してどうこう思う資格はない。

 私は将門を好きで、告白するって決めたんだし。

 そう思って運転する彼を盗み見る。市役所から帰ってきてそのままなのかスーツ姿。少し腕まくりしてハンドルを握る姿は、カッコいい、すごく。

「一緒にいた子たち、クラスメート?」

 信号待ちのときそう尋ねられ、私は頷いた。

「うん、そうだよ」

「この前の子と違うかったよね? えっと、千紘ちゃん」

「あ……千紘ではない」

「男の子のほう、何かスポーツやってるの? 身長高くてカッコいい子だったね」

 ただの話題なんだろうけれど、気まずいようなむず痒いような感覚で即答できない。

 ローファーの先をつんと立てて、何て答えようか考えている。考えるようなことじゃないのに。

「春香?」

「……えと、うん」

「疲れてるんなら、寝てていいよ。着いたら起こすから」

 告白、するなら今なのかな。

 確かにするって決めたけれど、正直、チャンスは少ない。家であのときみたいに2人きりになることは少ないし、誰がいつ帰ってくるかも分からない。呼び出せばきっと将門は来てくれるだろうけれど、どうせ振られるために告白するのに、と思ってしまう。

 今、もう、しちゃえ。

 告白して楽になろう。変わろう。変わりたい。

 将門への思いを断ち切りたい。ちゃんと、区切りをつけたい。


「あのね」

 私が寝たと思っていたのに、喋り出すから将門はちょっとびっくりした顔をした。

「お、どした?」

「話が、あるんだけど」

「うん、何?」

 家まではもうあと10分もかからずに着く。

「話っていうか、言ってないことが、あるんだけど」

「……言ってないこと?」

 訝しげに返事をする彼は、少し車のスピードを落としたように感じた。

「私さ、」

 余計なことは何も思い浮かばない。ただ、好きだというだけ。

「将門のこと、」

 名前を呼ぶと急にドキドキしてくる。緊張で声が小さくなりそうだったけれど、車の音でかき消されないように、聞き逃されないように。もう一回言うなんて、絶対やだから。

「好き」

 いざ声になって自分の耳にも聞こえると、まるで自分の告白じゃないみたいだ。誰か別の人の告白を近くで聞いているだけのような気分になった。

「……うん」

 それだけの返事をした将門は、後は黙って運転している。

 さすがにそれだけしか言われないと、じわじわと傷が深くえぐられていく。まさか冗談と思われていたらどうしよう。一世一代の告白なのに。自分が変わるために将門を巻き込もうとした罰なのかな。目を閉じて背もたれに体を預けると、少しきつめにブレーキは踏まれた。

 反動で体が揺れると、私の肩に将門の手が触れる。

「ごめん、平気?」

「……あ、うん」

 将門の顔を見る。いつも爽やかに笑っている彼の顔じゃない。動揺を含んだその表情は、私に何かを訴えるように真剣だった。

「一瞬、信号見えてなかった。やばいな」

「え……安全運転して欲しんですけど」

「春香が突然好きとか言うからだろ」

 一応、衝撃は受けてくれていたんだ。ほっとしつつも、焦りのような苦しみが訪れる。

「……何となくは、思ってた」

 ハンドルを握っていた手は、膝の上に置かれている。

「思い上がりとか、自意識過剰とか、すぐにそういう考え打ち消してたけど、もしかしたら春香が……ってことは、時々感じてた。だって必死に僕のあとついてくる春香、すげー可愛いんだもんな」

 可愛いって。可愛い……可愛い……嬉しい。

「ありがとな、気持ち、打ち明けてくれて」

「うん……」

「でも、応えられない」

 分かってる、強く大きく頷いた。

「早く僕のことなんか忘れて、次に行きな」

 知らない間に、涙が溢れていた。私だってそうしたい。次に行きたい。

「……僕は」

 将門がそう言いかけたところで、パアーっと大きなクラクションの音が響いた。やばい、そう呟いて彼は慌てて車を発進させる。信号が青になったことに、2人して気付いてなかった。

 無言のまま車を走らせる将門に、私は問うた。

「僕は、何なのよ」

 涙声なのが情けない。

「……前に冬奈にいつまで経っても振られなかったって話をしただろ? それって残酷だなあと思うんだよな。確かに好きな相手への気持ちは終わっちゃうけど、終わるってことは新しいことの始まりでもあるから。僕だってもし冬奈にちゃんと振られてたら、別の誰かを好きになってた可能性もあるし」

「お姉ちゃん、ずるい」

 私が鼻水をすすりながら呟くと、あはは、と将門が笑った。

「だよな? 言ってやれ、ずるいって」

「ずるい。ずるいずるいずるい」

「あはは、そうだそうだ。冬奈ずりーぞー。卑怯だ、てめー」

 でもそのお姉ちゃんの策略に、まんまと引っかかっているのは、将門。そして絶対にまんざらでもなくて、手のひらの上で転がされている。

 馬鹿みたい、将門もお姉ちゃんも。

「どっか遠回りしてく? 目の周り乾くまで」

 もうすぐ家に着いてしまう。こんな赤目のままだと変に思われてしまうかな。もう別に何でもいいんだけど、と自棄にもなっていた。

 そしてこんなときまで優しい将門に、私はずっと助けられていた。

 いいよね、今日だけ。最後に将門を独り占めしても、お姉ちゃんは許してくれるよね。

 この夜が終わったら、私は明日から変われるはず。


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