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片思いするなら君がいい  作者: 青子
とどかない秋
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 何でもかんでも逃げるのは良くない。姉と将門のことだってそうだ。私はいつか向き合わなきゃいけないと分かっていながら、魔法のように将門を忘れる方法を探している。顔を合わせないなんて子ども騙しのやり方は、ますます彼への思いを強くしているともう気付いているのに。

 バイトの初日、何度も逃げようと引き返そうとしたけど、やっとの思いでここまで来た。

 指定されたロッカーに自分の荷物をいれ、更衣室で制服に着替える。更衣室を出ると、パソコンに向かっていた店長が顔をあげた。書店の店長とは違い、こちらは女性だ。

「はい、これが名札。胸につけておいてね」

 小さなプレートに平仮名で「ももだ」と書かれてる。

「平日のシフトは2人でまわすんだけど、百田さんはまだ新人だから、しばらくは3人でね。私も基本的にはここにいるんだけど、たまに本社に呼ばれてたり、研修でいなかったりするから、そういうときはベテランのバイトさんに入ってもらっているの」

 店長はおそらく20代後半くらいの若い人だ。綺麗な人なんだけど、疲れているのか今こうやって話しているときも肘をついていてダルそうに見えた。

「おはようございまーす」

 ノックの後そう言って事務所に入ってきたのは、月島くんだった。

 うう、やっぱり会ってしまう予感はしていたのだ。かなりシフトに入っていると言っていたし、心の中で舌打ちをしながら目を合わせないようにした。

「月島くん。今日から入る……」

「知ってますよ。この間会いましたから。百田さんですよね?」

 そう言いながら私の顔を覗き込んできた。

「なんだ、そうなんだ」

 店長は自分の胸についている名札をデスクに置き、ひとつにまとめていた髪の毛をほどいた。

「じゃあ私休憩行ってくるから。百田さんは月島くんに仕事教わって?」

「あ、はい」

「じゃあ、頼んだわよ」

 店長はぽんと月島くんの肩を触って、事務所を出て行った。

 遠くに聞こえる、流行の音楽。時計は16時50分を指している。一応勤務時間は17時からということになっているが、もう店に出てもいいのだろうか。

 どうしたらいいのか分からなくて固まっていると、更衣室から出てきた月島くんが青い紙を小さな機械に通しているのが見えた。何だろう、あれ。

「ん? タイムカードです」

 私が凝視していると、月島くんが教えてくれた。

「タイムカード……」

「もしかして百田さんまだ通してないですか? なんでこんな大事なこと、教えないかなあの人は……」

 月島くんはぶつぶつと言いながら、箱からさきほどと同じ青い紙を取り出し私に渡してくる。

「一番上のところに自分の名前書いてください。来たら必ず通して、帰るときも通してくださいね」

「分かりました」

 指示された通りに名前を書き、彼がしていたように機械に通す。すると、「16:53」と小さく印字がされた。

「あの……よろしくお願いします」

 やはり挨拶は必要だろうと頭をさげる。すると彼は、にっこりと笑顔を作ったあと静かに言った。

「こちらこそ。いやでも……ショックだったな」

「え……?」

「あれから、あのファーストフードに行ってないでしょう? 俺もここのバイト忙しくなった時期だったから正直あんまり行けてなかったけど、それでも週に2回は顔出してたんだけどな」

「いやっ……えっと、違うん、です」

 慌てて否定しつつも、嘘をつく後ろめたさは強く感じていた。

「私、夏休み、おばあちゃんの家に行く予定で……ちょうどあの場所を離れていたから」

 ふうん、と月島くんは口端を上げる。

「まあいいけどね。もしかしたら今日来ないかなって思ってたんだ。俺がここで働いてるって知って、バイトするのやめるんじゃないかって。でも来たってことは、悪いようには考えないようにするよ」

「え……あの」

「もう一ヶ月以上前のことだけど、撤回するつもりないからね?」

 じゃあ店に出ようか、と敬語の抜けた月島くんは事務所の扉を開けた。


「そう、バーコード通したら必ず画面で確認。ついでにディスクのタイトルがあっているかも見ておいてね」

「え、中身間違ってることあるんですか?」

「全然違うタイトルなら返却のとき気付くんだけど、巻数とか続編とかだとスルーしちゃってることもあるんだよね。だから貸し出すときにもダブルチェックするようにしてる」

 確かに借りたと思っているものと違う中身だとクレームになりそうだ。持ってきたメモ帳に簡単に書いていきながら、貸し出しの順番を確認した。

「とりあえず今日は平日だしお客さんも少ないからサポートにまわって。レジは俺がするから、バーコードを通した商品を袋にいれて、お客さんに渡してね。で、余裕のあるときは俺のやってる手順を見ていて」

「わかりました」

 ぐるっと店内を見渡すと、数えられるほどにしかお客さんはいない。

「ひとつ聞いてもいいですか?」

「うん。何?」

「シフトは基本2人で、私は新人だからしばらくは3人でって聞いたんですけど、今日はもう1人の方は……」

 え、と月島くんは目をまるくした。

「店長がいるじゃん」

 そういえば、と私は納得した。基本的にはここにいると言っていたが、店長も人数のカウントには入っていたのだ。

「……まあ、俺とかベテランのパートさんとか店にいると、どっか消えちゃうからね」

「でも、休憩って言ってましたよね」

「休憩にしては長いでしょ。もう2時間近く経ってるし。どうせサボってるんだよ」

 あの店長の様子からして、それは何となく想像がつく。

 その後もお客さんは増えることもなく、落ち着いた中で仕事を教えてもらうことができた。貸し出しの他にも、返却や清掃についても教えてもらい、一日で私のメモ帳は何ページにもなった。


 あっという間だった勤務を終えて、事務所に入るといつの間にか店長は戻ってきていた。やはり気だるそうにパソコンを眺めている。

「……おつかれさまです」

 一応声をかけると、私のほうを見て薄く笑った。そのあとすぐに月島くんも事務所に入ってきた。

「お疲れさまでーす」

「……月島くん、来月のシフトだけど」

「はい、なんですか?」

 2人は顔を寄せて何やら話をしている。別にそうしようとは思わないが、間には入れない雰囲気だ。あんなふうに私に告白してきた月島くんだけど、こうやって違う場面で見ると印象も変わる。

 タイムカードを通すと、今度は「22:05」という数字が印刷された。

 月島くんはまだ店長と話をしているようなので、先に更衣室を使わせてもらう。今から帰って、すぐにご飯を食べてお風呂に入ればいつも寝ている時間になる。余計なことを考える時間が減って好都合ではあるが、体力的に続くかとちょっと心配だった。

 更衣室から出てきても、2人はそのままだった。先に帰ってもいいかな、とロッカーから荷物を出す。

「お、さきに、失礼します」

 声をかけると、月島くんは体をこちらに向けて笑顔で返事をしてくれた。でも、店長はこちらをチラッと見ただけで何も言わない。感じ悪い……あの隣の書店の店長さんとは大違いだ。やっぱりこっちのレンタルDVD店より、書店で働きたかった。

 深いため息をつきながらショッピングセンターの裏口から外に出た。


 バイトは週に3日。あのレンタル店には月島くんの他に、大学生バイトや主婦パートなどたくさん働いているが、店長以外は非常にいい人ばかりだった。問題なのはあの店長だ。今は3人体制だが、私が仕事に慣れてきたら店長と2人きりになるのだ。そうなると聞きたいことも聞きづらいし、何を話していいのかも分からない。

「お疲れさまでした」

 今日も一緒のシフトだった月島くんに挨拶をして店を出ると、ショッピングセンターの周りの店はほとんど閉まっていて薄暗い。いつものように裏口に向かっていると、前に大谷くんが歩いているのが見えた。彼も私と同じ制服で、足取りはゆっくりだった。

「大谷くん!」

 後ろから声をかけると、振り返った大谷くんは手に持っていた携帯をポケットにしまいながら「お疲れ」と言ってくれた。

「あれ、良かったの」

「え?」

 立ち止まった彼に追いつき、携帯をしまったポケットを指差す。

「ああ、うん。メールだし」

「千紘でしょ?」

 私が自分の親友であり、彼の恋人の名前を出すと気まずそうに視線をそらした。

「恥ずかしがらなくてもいいのに」

「……いや、ち……じゃなくて、江畑」

「江畑くん?」

 隣の席の江畑くん。前にも増してよく話すようになった。

「大谷くんと江畑くんって仲良いんだね」

「まあ、悪くはない。席近いし。でも確かに、体育祭前までは、あんまり喋ってなかったけど」

「ふうん。男子ってそんな感じだよね。その場その場って感じで後腐れなくて羨ましい」

 今のクラスの女の子は、いい子ばかりで何も文句はないのだけれど、大体女の人間関係は面倒臭いものがついて回る。自分の所属するグループは絶対の存在で、入るのも離れるのもすごく難しい。私はそういう関係の築き方が苦手なのだ。

「それにしてもあの席替え、ちょっとビックリしたよね?」

 大谷くんが裏口の扉を押さえてくれているところを通りながら、ちょっと笑って言う。

「あー。え、あれ偶然と思ってる?」

「違うの?」

「違う違う。全部江畑だよ。あいつが」

 と言いかけたところで、大谷くんは口を開けたままで目を宙にただよわせる。

「ちょっと、大谷くん」

「いや、何でもない」

「何でもなくないでしょ。何? 江畑くんが仕組んだの? どうやって?」

 きまり悪そうに耳の下あたりを掻いている大谷くんに詰め寄った。

「……くじ引いた番号をさ、教壇のところで席順に当てはめてたのが、あの日の日直で、その日直が江畑と仲良いもんだから言うがままっていうか……完全に仕組まれた席順になったらしい」

 そういえば、あのとき勝手にやってくれと言って担任は席替えに関与してなかった。

 じゃあ江畑くんは千紘と大谷くんに気を利かせて、隣同士にしたということか。その後ろが私で、隣が江畑くん自身で。

「ん……えっと」

「江畑は、多分、自分のためにもああいう席にしたんじゃないのかな」

 やはり。

 そうなのか、と静かに頷いた。

「でもそんなの、言っていいの? 私に」

「いや、だめだと思う」

 何なんだろう、と思って彼を見る。

「百田さんはどう思う?」

 江畑のこと。そう言った大谷くんはまっすぐに私を見ている。嘘をついたり、何かとごまかしたりする雰囲気ではなかった。

「どうって、言われても」

 前に千紘に同じように問われたのとはまた、意味が違う気がした。

「好きか、嫌いかってことだよ」

「……」

 答えられない。そんなふうに意識したことがない、ということは答えは出ている。

「ただの、クラスメート……」

「ふうん」

 大谷くんの短い返事から、彼自身がどう思っているのかは読み取れない。

「……俺、チャリだから」

「うん……」

「どうやって帰んの? バス?」

 また頷くと、「じゃあバス停まで見送るから待ってて」と自転車をとりに行ってしまった。

 江畑くんが自分を好きだということが、第三者によって知らされても特に心が揺れていないのを客観的に感じていた。

 ここで待っていろと言われた場所で突っ立っていると、後ろから声をかけられた。

「百田さん」

 月島くんの茶髪は夜風に吹かれて、さらさらと揺れている。

 暗がりに彼の笑顔は、何となく浮いて見えた。

「お疲れさまです」

「お疲れ。誰か待ってるの?」

「えっと、友だちを」

 そのとき、自転車のからからという音が聞こえたので私は振り返った。こちらに向かってきた大谷くんは驚いた表情で私と月島くんを交互に見た。

「友だちって、大谷くんのこと?」

「うん。2人も知り合い?」

「うちの店と隣の書店は同じ会社の系列だしね。大谷くんは、何回かうちの店にもヘルプに来てくれたことあったよね」

 そういって彼のほうに視線をうつした。大谷くんは気まずそうにそれをそらして、私を見る。

「半額デーとか、忙しいときだけ」

「そうなんだ」

「また頼むよ、ね」

 月島くんが気軽に大谷くんの腕をぽんとたたくと、それを避けるような仕草を見せた。

「や、そこの店長、苦手だし」

 そうだよね!と激しく同調しようとした私を、月島くんの曇った表情が黙らせた。店長と何かあったんだろうかと思わせるような空気だ。

「百田さん、バスだよね?」

 話の流れをきるように話題を変えた月島くんは、バス停のほうを指差す。

「う、うん」

「じゃあ一緒に帰ろうよ」

 そういえば今まで機会はなかったが、行きつけのファーストフードが同じなのだからきっとご近所さんんなのだ。

「……じゃあ、大谷くん、ここで」

「また、明日」

 自転車にまたがって、だんだんと小さくなっていく背中。

 月島くんにばれないように小さく息をつく。きっと大谷くんは月島くんのことがあんまり好きじゃないんだろう、それは何となく分かった。月島くんもそれを察したのか、途中からは言葉にできない雰囲気がただよっていた。

「大谷くんとは、ただの友だち?」

 月島くんは、愛想よい笑顔だけを顔にはりつけてそう問うてきた。この人からは告白されているわけだし、その質問の意図するところは分かる。

「うん……私の友だちと付き合ってるの」

「そっか、なんだ」

 バスが来るまで、まだ少しある。ショッピングセンターで22時まで開いているのは書店とレンタルDVD店の他には、飲食店だけだ。その店の従業員らしき人たちもぱらぱらとバス停に集まっていた。

「百田さんは彼氏いないって言ってたけど」

「うん」

「好きな人はいないの?」

 遠くのほう。私たちが帰る方向とは逆へ連れて行ってくれるバスがやってきたのが見えた。あれは私が乗るバスじゃない。

 私は首を横に振った。

 その途端、くすくすとおかしそうに小さく笑われた。

「それは、いないってことでいいの?」

 顔をあげると、月島くんはやっぱり笑っている。うんと言おうとして、迷ってやめる。

「過去形なんだ。いたけど、届かない人だから」

「届かない? 振られたってこと?」

「振られてない。告白もしてないから」

 考えるように向こうにさまよって視線。私たちが乗らないバスは、大きな音を出しながらもう走り去ってしまった。

「告白すればよかったのに」

 何か変わったかもしれないよ。

 そんなことは分かっている。ずっと閉じ込めてきた気持ち。いつか届くと思って大切にしてきた気持ちは、明かすことなく固く小さくなって消えるのをじっと待っている。いっそのこと、そう思うこともあったけれど、現状を壊すのが一番怖いのは私だ。

「恋愛ってタイミングだよね。俺は本当にそう思う」

「……すごい、玄人みたいなこと言うんだね」

 間髪いれずに返すと、今度は豪快な笑い声が聞こえた。

「玄人ね、そんなことないけど。いや、初心者でもないけど……俺は、好きんなったら結構ずばずば言っちゃうから、本人にも周りにも」

 最初はあんなふうに告白してきた人だけれど、恋愛に慣れてるなとは思う。

「それは多分、タイミングのがしたくないからんだよ。自分の気持ち素直にさらけ出しとけば、拾ってもらいやすいでしょ。だから百田さんも、素直になったほうがいい」

「す、なお」

「そう。素直に。別に100%とかじゃなくていいもん、俺。とにかくちょっとでも、一緒にいてもいいかなって思ってもらえる瞬間があれば、素直にそう言ってほしい」

 周りには、他にも人がいるのに。堂々とそう言ってのける彼をちょっとかっこいいと思った。

 今まで告白してくれた人もいたけれど、こんなふうに言ってくれたことはなかった。それが私を思っての優しさだと錯覚してしまうほど、心に沁みてとれることがなかった。

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