表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/19

第3章 少年は活路を開く

「あれっ、お前もうここまで来たの!?」

 二十五階。そこにいたのはジェイクだった。シュウは微妙な表情で片手を挙げる。

「えー早くね? 何かズルしたんか?」

「してねーよ!」

 ジェイクの反応は当然だ。アイの手助けがなければこんなに早くこの階まで来られなかった。

 さて、何と説明したらいいものか。

「ん? そっちは?」

 ジェイクがシュウの後ろに隠れていたアイを見つけた。アイはいつも煩くしているのに、今日に限って大人しくしている。

「あー、こいつはアイって言って……おいアイ、何で隠れてんだよ」

 シュウがそう言っても、アイは背中に隠れて出てこようとしない。ぎゅうっと背中にしがみ付くアイに、観念してシュウは軽くため息をついた。

「人見知りしてんのか? まったく、いつもの調子はどうしたよ」

「妹?」

「いや、最近知り合ったんだけど」

 ジェイクは信用できるだろう。シュウは事情を説明することにした。


   *


「バグねぇ」

 ジェイクはアイを見ながら呟いた。アイはまだ人見知りしているようで、シュウの陰に隠れながらジェイクをちらちら見ている。

「分かんないことだらけでさ。ジェイクの知り合いにこういうこと詳しいヤツいない?」

 ジェイクは天井を見上げた。そして低く唸る。

「いるっちゃーいるんだけど、アイちゃんバグっつーより植物状態なんじゃね?」

「植物、状態……?」

 シュウは割りと耳にする単語だった。ジェイクは続ける。

「リアルで植物状態だから、都合よく記憶を変えてるとか」

「いや、それでもメニューが出てこないことの説明にはならないだろ」

「それなんだよなぁ」

 二人は揃って唸った。アイだけがよく分からない顔をして、二人を交互に見つめている。

「ま、とりあえず詳しいヤツに当たってみるよ」

「悪いな」

「そう思うんならちょっと攻略ルート教えろや?」

 ジェイクはニヤっと笑ってシュウとアイを見た。アイはびくっと震えてシュウの後ろに隠れる。その様子を見て、ジェイクはけらけら笑った。

「冗談だよ! 俺、攻略本とかも見ないタイプだし自力でやるよ。何かあったらメールするから」

 笑ってそう言うジェイクとアドレスを交換すると、そこで別れた。

 シュウはくるりと後ろを振り返る。

「アイ、ジェイクは悪いやつじゃないんだぞ?」

 アイは視線を床に落として、指先をいじっている。

「だって……なんか怖かったんだもん……」

 シュウは呆れ顔を浮かべて、ひとつ息を吐いた。

「おまえ人見知りだったんだなー」

「違うもん! シュウは平気だったし!」

 確かに最初からアイはこの調子だった。子どもと接することなど今までまったくなかったシュウだが、アイはあまり子どものように感じなかった。

 アイはプリプリ怒りながら先に進んでいく。

 シュウはジェイクに言われたことを考えていた。

 もし、アイが植物状態だったら。

 そんな人にDDSで出会ったことがないし、そういった専門知識をシュウはまだ持っていない。どうすればいいのだろうか。記憶が戻れば何か変わるだろうか。

「シュウー! はやくー!」

 大分先の方でアイが手を振っていた。一人で考えていても埒が明かない。シュウはジェイクからの連絡を待つことにして、アイの元へと駆けた。


   *


 それから数日後のことだった。

 目が覚めて、さて今日はどうするか、と秀二は携帯端末を手に取る。どうするかと言ってもネットサーフィンするか、ゲームするかくらいしかやることはないが。自宅警備員の予定は今日も白紙である。

 だが今日は違った。端末にはメールの受信を知らせるランプが灯っていた。

 秀二の高校は県内有数の進学校で、その学校にはイイトコのお坊ちゃま、お嬢様が多かった。その中で成績優秀、医者の息子、しかしそれを鼻に掛けている秀二だったから、友達と呼べる友達もいなかった。いじめがあった訳ではないが、クラスでも浮いていた。

 もっとも、秀二がそう感じていただけで、実際はそこまでなかったのかもしれないが。

 秀二の家は代々続く病院の家系だった。厳格な父、教育熱心な母、優秀な兄。

病院は兄が継ぐということだったが、秀二も医師を目指すのは当然のことになっていて、厳しい教育を受けていた。何を差し置いても勉強、だった。

 だからメールを送ってくるような友人はいなかったのである。ここ数年は迷惑メールしか来なかった。

 秀二は恐る恐る開いてみる。


 送信者:遠山 さとし


 その名前には見覚えがあった。中学のときに同じクラスだったやつだ。あまり話した記憶はない。あの頃の秀二は、全くと言っていいほど、人と関わっていなかった。

 そんなやつが何でメールを?

 疑問に思いつつ先を読んだ。


 本文:久しぶり~。俺のこと覚えてる?

    中学で同じクラスだった遠山聡です

    実は俺の兄貴ってジェイクでさ、

    お前のこと聞いてびっくりしたよ

    多分力になれると思うんで、

    良かったら電話ください

    ×××-××××-××××


 たっぷり三回読み返した。

 遠山のことはうっすら覚えている。確か一度勉強を教えたことがあるはずだ。その時にアドレスを交換して、一度もメールなどしなかった。

 そんなやつとまさかこんな繋がりがあるとは思わなかった。

「マジで?」

 秀二は頭を抱えた。


   *


「おーこっちこっち」

 商店街のファーストフード店は平日の夕方といっても人が少なかった。駅前の店の方は学生で混み合っていたけど、ここは穴場なんだろう。

 秀二の姿を見つけた遠山が手を上げていた。

「久しぶり……」

 なんというか。

 三ヶ月引きこもっていたから、リアルでマトモに喋るのは久しぶりだ。加えて中学卒業以来会っていなかった同級生と会った上に、普通の高校生がするようにファーストフード店に来るのは初めてだ。秀二が緊張するのも無理はない。

 私服姿の遠山は初めて見た。あの時はチャラいイメージしかなかったが、意外とモノトーンのコーディネートが似合っている。髪だけはイメージどおり、黒から茶色に変わっていたが。

「斉藤、なんか雰囲気変わったなー。なんか丸くなった感じ」

 外に出るのは久し振りだったから、何を着ていくかは相当悩んだ。結局、TシャツにGパンというシンプルな格好になってしまった。

「ちょっと太ったよ。悪かったな」

「そういう意味じゃなくて」

 遠山はケラケラと笑う。

「なんかあの頃の斉藤ってさ、ツンツンしてて近寄りづらかったんだよな。なんかあった?」

 ひとしきり笑ったあと、まじめな顔をして遠山は言った。

 秀二は押し黙る。あったといえばあった。秀二の心境が一番変わった出来事といえば、引きこもり出したことだろう。それがいい傾向に繋がったとは思えない。

「ま、言いたくなければ言わなくてもいいけど」

 けろっと言って、遠山はジュースのストローを咥えた。

 秀二はだんだん思い出してきた。

 遠山は昔からこういうやつだった。他人との距離の取り方がうまいやつで、よく「遠山には話をしやすい」と言われていた。

 当時から勉強しか見えていなかった秀二は、一度しか話したことがないが。

「その……いろいろあって今学校に行ってなくて……」

 ジェイクが兄だと言っていた。『眠り姫の塔』に入り浸っていることは聞いているだろう。少し考えれば、秀二が学校に行っていないことはすぐに分かったはずだ。それでも言ってしまったのは、そういう遠山の持つ雰囲気のせいかもしれない。

「そっか。やっぱ家のせい……とか聞いても大丈夫?」

 秀二はコーラを一口飲んだ。秀二のカップにも遠山のオレンジジュースにも水滴が付き始めていた。

「まぁ、そんな感じ」

 自分の中で消化できていないことを話すのは難しい。秀二は言葉を濁した。

「それで『眠り姫の塔』のことなんだけどさ」

 話題の変え方がわざとらしかっただろうか。でも遠山は気にした様子もなく答えた。

「あぁうん。俺、趣味でゲームとか作っててさ、プログラミングとかちょっとできるんだ。まぁ見てみないことには何とも言えないけど、力になれるかも」

 秀二はなるほど、と頷いた。ジェイクが言っていたのはこういうことだったのか。

「『眠り姫の塔』はやってんの?」

「兄貴に斉藤の話聞いてからやり始めた。意外と面白いな、あれ」

 秀二はゲームの作り方などは分からないが、実際に会ってもらった方が話は早いだろう。人見知りのアイと話になるか不安な部分はあるが、会わないことには始まらない。

「ジェイクから話は聞いてるんだろ? 向こうで会おう」

「おー分かった。今夜でいいの?」

「あぁ」

 言ってから、普通の高校生は宿題とかやることがあるよな、と秀二は思い至った。だが遠山は気にした素振りも見せなかったから、まぁいいかと思いながら二人は別れた。


   *


「やっぱり……うーん……どうしよう」

 かれこれ十五分は同じセリフを繰り返していた。顔を上げてはまた俯く。

「だー! もうめんどくせぇ! ほら行くぞ!」

 シュウはもう我慢ができず、そんなアイの手を取った。

「えっちょっと待ってよー! 心の準備ってやつが!」


 その夜、『眠り姫の塔』に来たシュウは、アイに遠山のことを話した。アイは今日もずっと塔にいたらしい。最初は嬉しそうに聞いていたアイだが、遠山と会ってほしいと話したところで表情が曇ってきた。

 そして十五分後。シュウは強行突破した。


 遠山とは十二階で待ち合わせをしていた。ここはモンスターの出ない階で、ちょっと話すにはうってつけの階だった。

「おーこっちこっち」

 なんだか昼間も同じようなやり取りをしたような気がする。ただしそこにいたのは似ても似つかないような人物だった。

 ツンツンした赤髪に細身のすらっとした体躯、背丈はシュウより十センチは高かった。傍にジェイクがいるから、これが遠山で間違いないんだろう。

「また……随分とリアルと違う格好だな……」

「お前だってそうじゃないか。そんな凛々しい顔してないだろ」

 遠山はくしゃっと笑う。その笑い方は昼間見たものと一緒だ。

「こっちではソウでやってるんだ。改めて、よろしくな」

「あぁ」

 二人は握手を交わした。

「で、アイちゃんはその調子なのね」

 そう言うジェイクの声でシュウの後ろに視線をやると――。

 小さくなったアイが隠れていた。

「アーイー」

 溜め息交じりのシュウの声に、アイはびくっと肩を竦める。

「だ、だって……」

「まーまー、アイちゃんだってこんなヤローばっかの中にいるのは気まずいっしょ。徐々に慣れてけばいいよ」

 そう言うソウの言葉に、アイは少しだけほっとした表情を浮かべた。

「あれ? アイちゃん少し大きくなってない?」

 シュウの後ろから少しだけ顔を出したアイを見て、ジェイクが言った。アイとシュウは顔を見合わせてきょとんとする。

「え、そうか?」

「ほんと!? 私大きくなった!?」

 重なった二人の声に、またお互いの顔を見合わせた。

「なんでそんなこと言うのー!」

「実際お前ちっさいだろ! ガキがそんな急にでかくなるか!」

 二人はぎゃんぎゃん言い合っている。ケンカし始めてしまった二人を横目に、ジェイクとソウは呆れた表情を浮かべた。

「ケンカするほど、ってやつかなー? でも先週会ったときより大きくなった気がするんだよなぁ」

「でも兄貴、アイちゃんの場合それはありえなくない?」

 その言葉に二人はぴたりと動きを止めた。急に二人に見つめられて、ソウはびくっとする。

「どういうことだ?」

「あ、シュウも知らないのか。DDSはな、まぁ夢の世界ではあるけど個人識別が必要だ。姿形は好きに変えれるけど、それには一度ログアウトする必要があるんだよ」

「なるほど。そういうことか……」

 訳が分からず、アイだけがみんなの顔を見比べた。

「なに? どういうこと?」

「だからな、お前が大きくなるには一旦ログアウトしなきゃいけないんだよ。でもお前はしてないだろ?」

「まずログアウトってのがなんなのか分かんない……」

 アイはしょぼんとした顔を浮かべる。一人話に付いていけないのが悲しいのだろう。

 そんなアイを見て、シュウはぽんっとアイの頭を一撫でした。

「まぁアイにバグかなんかが起きてるっつーのは分かった。ソウにはそっち方面で調べてほしいんだけど、俺はちょっと気になってることがあるんだ」

「なに?」

「アイとかくれんぼしてたヤツのことだ。もしかしたらなにか知ってるかもしれない」

 アイがなにも思い出していない以上、確かなことは言えないが、その可能性は考えられた。アイの記憶はその人物のことも消えている。なにか関係があるように思えた。

「ま、それも一理あるな」

「じゃあシュウ、俺は一旦ログアウトするから、なんかあったらメールしてくれ。向こうで調べてくるから。兄貴はどうする?」

「んーせっかくだしちょっとプレイしてくわ」

「悪いな」

 こめかみを叩いてメニュー画面を出したソウは、ログアウトボタンをタッチするとその場から消えた。


   *


 聡は目を開くと身を起こした。そしてヘッドセットを外して、サイドテーブルに置く。

 聡のデスクには五台のパソコンがあり、その周りには本やメモ紙が散乱している。

 特技はプログラミング。なんていったが、実のところはクラッキングだったりする。なんとなしにやってみたらこれが意外に面白く、犯罪スレスレなことをやっていた。

 一線を越すようなことはしていないが、危ない橋を渡っているのは自覚している。しかし一度味わった達成感が忘れられず、ズルズルと続けてきてしまった。

 でもまさかその趣味が、こんなところで役立つ日が来ようとは。

「ちょっと厄介な事案だな……」

 呟きが静まり返った部屋に吸い込まれていく。

と、笑いが込み上げてきた。

 あの友人があんな風にケンカをするなんて。中学時代には思いもしなかった。

 いつも眉間に皺を寄せていて、誰も近づくなというオーラを出していた秀二だ。アイとケンカする姿を見て、表情にこそ出さなかったが、聡は内心驚いていた。中学のやつらに見せてやりたいくらいだ。

「それにしても、あの子どっかで見たことあるような……?」

 問い掛けは静かに闇に消えていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ