【番外編】平凡少年の憂鬱
俺の話を少ししよう。
俺がマンガとかの登場人物なら、たぶん脇役。せいぜい主人公の友達あたりだろう。
顔も平凡だし、成績も普通。……いや正直に言うと、中の下。
それでもスポーツとかできりゃあマシなんだろうけど、兄貴が体力バカなせいでそれも目立たず。
『サトシなの? ソウなの?』とよく聞かれることくらいが、人より変わっていることだろう。サトシです。遠山聡。聡くはないけど遠山聡。
まぁ友達は少なくない方だし、へらへら笑ってりゃあ毎日それなりに楽しんでいけると思ってた。
あの日までは。
*
「バグ?」
俺は牛乳パックを取り出して、冷蔵庫を閉めた。そのままパックに直接口をつけて飲みながら、ソファに座ってる兄貴のところへ行った。行儀が悪いと母さんにまた言われるかもしれなけど、どうせ俺しか飲まないからいいだろう。
俺は兄貴の向かいに座った。
「そう。『眠り姫の塔』で仲良くしてるやつがいるんだけど、なんかトラブったみたいでさー」
『眠り姫の塔』っていうのは兄貴が最近ハマってるゲームのことだろう。人気らしいが、俺はやったことがなかった。
「聡、パソコン得意だろ? 調べたりってできないかなぁ?」
あぁいいよ、と俺は軽く返した。
*
それは中学のときのことだった。
その時にはもう、俺はおバカキャラを演じることに慣れきってしまっていた。いや、演じるなんて大層なものじゃなくて、無意識ではあったんだけど。成績だって学年でも下から数えた方が早かったし。だけど理科はちょっと好きだった。
次の時間の数学で、俺は当たることになっていた。だけどどうしても分からない。友達みんなに聞いても解けない問題だった。
俺の視線がひとつの方向を向く。
「おい、斉藤はやめとけよー」
「そうそう。バカにされるだけだって」
窓際、前から二番目の席。そこに座る斉藤は、休み時間でざわめく教室を無視するように、自分の世界に入っていた。
確かテストでは毎回学年一位か二位、模試でも上位の方にいるらしい。
でも性格が最悪。見た目はいい方だから、入学したての時に女子に声を掛けられて、「俺あんたに興味ないんだけど」とスパ-ンと叩き切っていた。男子に対しても同じ感じで、いつの間にか斉藤の周りには壁ができ上がっていた。
ちょっとくらい笑えば、人生生きやすくなるだろうに。
「斉藤、ここ教えてほしいんだけど」
なまじ頭がいいもんだから、イジメられてはいない。まぁいないものとして扱うのが、イジメと言わないのか分かんないけど。
勉強のことで話しかけたらどうなるんだろうか。こいつの友達は勉強だけだ。今も参考書を広げている。
後ろの方で「やめろってー」と笑いを含んだ声が聞こえた。
「あぁ、これはこっちの公式使うんだよ」
意外にも斉藤は真剣に教えてくれた。参考書も閉じて、俺のノートと教科書を広げるスペースを開けてくれる。俺は斉藤の前の席に座って、真面目に向き合った。
斉藤の教え方は分かりやすいものだった。数学の時間に余裕で間に合ってしまった。
「いやー助かったよ。斉藤って教えんのうまいんだな。取っ付きにくいと思ってたから意外だった」
言ってしまってから、しまったと思った。避けられまくってる斉藤だ。この話はタブーだったかもしれない。
斉藤は不思議そうに首を傾げる。
「誰だって得意不得意あるじゃないか」
そんな言葉が返ってくるとは思わなかった。斉藤は続ける。
「それに遠山も物理はできるだろ?」
その時の俺は、マヌケな顔をしていたと思う。確かに物理だけはクラスでも三位以内には入っていた。だけどあくまでクラス内の順位だ。まさか斉藤がそれを知ってるなんて思いもしなかった。
突出したものが欲しかった。「これ俺の得意なものなんだ!」と胸を張って言えるような、何かが。
広い目で見れば、俺なんか大したものじゃない。だけど少しでも認めてくれる人がいるということは、これまでの価値観をぶち壊すような威力だったんだ。
*
そんなわけで、俺は機械いじりの腕を上げてしまった。クラッキングなんて危ない橋を渡ることにのめり込んでしまったわけだけど、このスリリングさがやめられない。機械関係に疎い兄貴なんかは、俺がただのパソコン得意なやつに見えてるらしいけど。
だけど適わないと思ってた兄貴に頼みごとをされて、「あぁいいよ」なんてそっけない返事をしたけど、内心物凄く嬉しかったんだ。
「シュウ……斉藤秀二……って斉藤!?」
部屋に戻って調べてみて、出てきたものは意外な名前だった。中学のあの一件以来、さしたる交流もなくて、別々の高校に行ってしまったから、今はどうしてるなんて知りもしなかった。
俺の価値観を、180度変えてしまったあいつ。
「アイ……。へぇ、面白そうなことになってんじゃん」
どうやらあの斉藤が、女の子に付き纏われているらしい。あの朴念仁が。
たくさんのモニターに照らされる部屋で、俺はにやりと笑みを浮かべた。
斉藤の価値観をぶち壊すようなことが起きるなど、この時の俺は考えもしなかった。