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第13章 少年は戦う

 秀二は電気も点けずにベッドへ飛び込んだ。制服がしわになるなんて考えは、今は頭の隅に追いやる。

 さすがに三ヶ月振りの学校はヒキコモリの体には堪えた。特進クラスだからか、あからさまに絡んでくるやつはいなかったが、好奇の目には否応にも晒された。ひそひそ交わされる会話は、三ヶ月前までには感じなかったものだ。以前は何を言われようが気にしていなかった。

 これも成長なんだろうか。アイと、ソウと、ジェイクと出会って、人と関わることの大事さを理解できたのだろうか。

 秀二はベッドから起き上がると、パソコンを点けてヘッドセットを装着した。


   *


 今日はソウは来ていなかった。「調べたいことがある」と言っていた。

 シュウは七十二階に足を進める。最上階まであと五階に迫っていた。このあたりまで来ると敵も強い。簡単には倒せなかった。

 だが焦りはしなかった。不思議と落ち着いている。向かってくるモンスターに、シュウは冷静に剣を振るった。

 大きなライオンに似たモンスターは、その身に似合わず俊敏だ。振るった剣はモンスターのたてがみを掠める。知能があるのかシュウとの距離を取って、こちらの様子を伺っている。

 ならばこっちからだ。シュウは強く地面を蹴った。

 攻めてきたシュウにモンスターも構える。シュウは素早くモンスターの右側に回りこむ。モンスターの反応は一瞬遅れた。その隙を狙ってシュウは大きく剣を振り被った。

 モンスターの腹を掻っ切ったが、致命傷には至らなかった。だがモンスターは痛みに殺気立っている。シュウはさらに踏み込んだ。傷を庇っているせいか、さっきよりも動きが遅い。一気に畳み掛けた。

 一直線に剣を薙ぎ払うと、モンスターは地響きを立てて地面に倒れた。そして静かに消えてく。

キンッと剣を鞘に納めた。次の階へと足を進める。


 ジジッ


 背後で小さな音がしたような気がして、シュウは振り返った。辺りを見渡すが何もない。

「気のせいだったか?」

 小さく呟いて、シュウは階段を上った。


   *


 三日もすれば落ち着いた。

 昼休みのざわつく教室で、秀二はパンを齧っていた。相変わらず一人で行動しているけれど、そんなものだと受け入れられていると思う。今さらこの教室で友達を作ろうというのは難しくて、でもこれって逃げなのかって思ったりもした。だが現状で落ち着いてしまった。

 まぁ誰も困ってないしいいか、と思いながら秀二はパックの牛乳を飲み干してゴミ箱に捨てると、席を立った。


 二年三組の担任は萩原先生だったよな、と思いながら秀二はドアに手を掛ける。

「失礼しまーす」

 軽くおじぎをしながら職員室に足を踏み入れた。

 きょろきょろと見渡すと、萩原先生は窓際の席で何か書きものをしていた。傍に立った秀二に気付いて顔を上げる。

「萩原先生、二年八組の斉藤です。ちょっとお聞きしたいことがあるんですけど、お時間いいですか?」


 わざわざ会議室を開けてもらった。込み入った話だから仕方がない。秀二は萩原先生の直角になる椅子に座った。

「それで、話ってなにかしら」

 萩原先生は歳の割りには老けて見えた。痩せこけた頬のせいだろうか。

「志嶋、愛花さんのことです」

 萩原先生の肩が一瞬、びくっと震えた。萩原先生は冷静を装って答える。

「さ、斉藤君は特進クラスだったわよね? 志嶋さんと仲良かったのかしら」

 萩原先生の視線は泳いでいる。予想していたことだった。

 アイの病室は綺麗だった。花やお菓子などのお見舞いの品はない。それは誰も訪れていないことを意味していた。

 イジメられていたと聞いた。誰も、先生すらも助けてくれなかったのか。

「まぁいろいろあって……。単刀直入に言いますけど、志嶋さんってイジメられてたんですよね? 何が原因だったんですか?」

 秀二の言葉を聞いて、萩原先生の顔は凍りついた。

「あの、先生?」

 声を掛けてようやくはっとする。今度は糸が切れたように話し出した。

「志嶋さんね! 宮部さんたちのグループに突っ掛かっていったのよ。大人しい子だと思ってたのに見掛けによらないわねぇ。何が原因だったか宮部さんたちは分からないって言うし、志嶋さんは入院中でしょ? 詳しいことは分からないのよ。そんな子じゃないと思ってたけど、受験のストレスかしら。なんにせよ今はクラスも落ち着いてるしね。戻ってきても問題起こさないといいわぁ」

 秀二は思いっきり、顔をしかめた。

 アイがそんな子じゃないことは、秀二には分かっていた。理由もなく誰かに言いがかりつけるような子じゃない。『眠り姫の塔』で会ったアイしか知らないけれど、あれがアイの子ども時代の姿だとしても、あのまま育ってそんなひねくれた子になるとは思えない。

 一方の意見しか聞かずに決め付けるこの教師の顔など、秀二はもう見ていたくなかった。

「そうですか。お忙しいところどうも」

 そう言って秀二は席を立った。

「来年は受験でしょ? 斉藤君もあんまり面倒なことに首を突っ込んじゃ駄目よ」

 いよいよ腹が立って、秀二は思いっきりドアを閉めた。


   *


「荒れてるねぇ」

 ソウは高いブロック塀に座ってそう言った。膝の上で頬杖付いて、呆れた顔でシュウを見下ろしている。

 闇雲に振るった剣に、シュウの息は上がっていた。バトルに集中なんかできなくて、顔にも腕にも切り傷ができていた。

 なんとか倒したものの、シュウは満身創痍だった。

「だって……」

「ていうか特攻したシュウも悪いよ。もうちょっと頭使わなきゃ」

「お前に言われたくない」

 ソウは、ははっと笑った。

「いやいや勉強に使う頭じゃなくて。っていうか俺、昔よりは賢くなったよ!?」

 勉強しか取り柄がなかったシュウだ。頭が悪いなんて言われるのは屈辱だろう。

「気持ちは分かるよ? 俺だってアイちゃんをイジメた奴らのことは許せないし、学校もなんで助けてくれなかったんだって思う。でもその萩原先生だって見て見ぬふりをしたワケじゃない」

 ソウはきっぱり言い放った。シュウはようやく呼吸を整えて、ソウに向き直った。

「なんで分かんだよ」

 ソウは塀から飛び降りた。タンっとこめかみを叩いてメニューを表示させて、一つのテキストファイルを出した。

「昨日調べてたこと。アイちゃんのイジメの詳細」

 ソウの指先に乗ったファイルはくるくると回っている。ソウは真剣な表情でシュウを見ていた。

「例のごとく裏技で手に入れた情報だ。俺から聞かないって選択肢もある」

 何を言いたいか、シュウは理解した。

 誰かの知られたくないことを、他の誰かから聞く。たぶん、多くの人が嫌がることだ。

 アイのことを救いたいと言って、心の傷になるかもしれないことをやるのか。ソウはそう聞いている。

 シュウは目を閉じて考えた。アイはどう思うだろうか。

 目を開けてソウを見た。

「たぶん……俺はもっと、人との付き合い方を知らなきゃいけないんだと思う」

 ソウは黙ったままシュウを見ていた。無言で続きを促す。

「知らずに過ごしてきたことが多すぎるんだ。兄さんのことにしても……ちゃんと知った上で、相手のことを見ることが大事なんだと思う。……アイのこと、聞かせてくれ」

 ソウはまだ真剣な顔でシュウを見ていた。しばらくそうして、それからふっと笑った。

「お前変わったなぁ」

「いい方向にいけてんのかな」

「あぁ、ちゃんと成長してってると思うよ」

 面と向かって言われると照れてしまう。だけどシュウはまだ、発展途中だ。

「シュウがアイちゃんのことを大好きなのは分かったから、聞かせてやる」

「大っ……! 誰が!」

「はいはい、照れない照れない」

 こいつは性格捻じ曲がった気がする……。そんな目でソウを睨みつけた。

「アイちゃんには若葉ちゃんっていう友達がいてね、おっとりとしたいい子だったらしい」

 憤ったシュウを無視してソウは話し出した。シュウはちゃんと向き直る。

「ワンテンポ遅れがちな子でね、そこをクラスの派手目な子たちに目をつけられたらしい」

 あの教師の言ったことと違った。泳ぐ目が脳裏に浮かんだ。保身に走る姿に反吐が出そうだ。

 なんで女子っていうのは誰かをターゲットにしとかなきゃ生きていけないのか。

「アイちゃんはその子の味方だったらしいけど、あちらさんからしたら面白くないよね。アイちゃんも標的にされたんだ」

 シュウはぐっと拳を握った。何の権利があってお前らは誰かを攻撃するんだ。顔も知らない相手を殴り飛ばしたくて仕方がなかった。

 でもシュウがそんなことをしても意味がない。アイもその若葉という子もきっと望んでない。

「それで?」

「いろいろとえげつなかったみたいだよ。陰口叩いたり、教科書グシャグシャにしたり、靴隠したり……。裏サイトの掲示板、復元してみたけど見る?」

 ソウが言っているのはシュウの学校の裏サイトのことだろう。

 ずっと誹謗中傷が書かれていることが問題になってきた裏サイトだが、この時代になっても解決しない。書いては消え、書いては消えを繰り返していた。

 シュウはゆるゆると首を横に振った。

 ソウは続ける。

「若葉ちゃんは不登校になっちゃったけど、アイちゃんはがんばって学校に通ってた。で、ある日の帰り道、トラックに轢かれていまだ意識不明ってわけだ」

「それって……まさか……」

 ソウはゆるゆると横に首を振る。

「いや、自殺とかじゃないよ。ただの事故。目撃者の話じゃ、アイちゃんはぼんやりしてたみたいだし」

 シュウは俯いてアイのことを思った。


 ――なぁ、アイ。お前はずっとどんな気持ちでいたんだ。


 俯くシュウの額に拳が当てられた。ソウがすぐ傍まで来ていた。

「おら、今は下向くときじゃねぇぞ。辛いのは誰だ? 立ち止まってる暇はねぇだろ?」

 シュウは顔を上げた。ソウが今までにないほど真剣な顔をしている。

 そうだ、いちばん辛いのは俺じゃない。間違えるな。

「あぁ」

 シュウは頭から離されたソウの拳に、自分の拳を重ねた。

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