第11章 少年は涙する
アイがいることで、俺は本当に助けられていたんだな、とシュウは改めて感じた。
「ほらほらシュウー? 押されてるよー?」
「分かっ……てるよ! 見てねーで助けろ!」
シュウは剣でモンスターの体を押し返すと、ぐっと踏み込み思いっきり剣を振り下ろした。
ここまで一階ずつクリアしてきたシュウだから、着実にレベルは上げてきている。だけどアイの助けがないと、多少なりとも手こずっているのは確かだった。
この階のボスを倒すにも大分時間が掛かってしまった。
「いや俺、ズルしてここいるから戦えないしー?」
ソウは離れた場所からのんびり座って見ていた。すうっとモンスターが消えていく。
シュウは弾む息を整えた。
「まぁいいけどな」
「いいの?」
「俺の力で最上階までたどり着けないと、意味ないだろ」
シュウは汗をぐいっと拭うと剣を鞘に収めた。そして次の階に足を進める。
「おい! まだ行くのかよ!」
後ろから慌てて追いかけてくるソウの足音がした。シュウは構わず進む。
「当たり前だろ。アイが待ってる」
立ち止まってる暇などない。アイはDDSでも現実でも眠り続けている。早く誰かが起こしに行かなくちゃならない。
その想いがシュウを駆り立てる。
「いい加減にしろ! 無茶をしてアイちゃんが喜ぶと思うのか!?」
――でもそれが俺である必要は?
ソウに肩を掴まれて、シュウは立ち止まった。
シュウの頭が急速に冷えていく。シュウの顔から色が抜けた。
そうだ、シュウはアイを助けたいと思うけれど、アイは自分なんかを待っていないかもしれない。同じ学校であることすら知らなかったシュウだ。一緒に過ごしてきたのにその正体に気付かなかった。
そんな薄情なやつに助けられたいと思っているのだろうか? 望んでないから消えたんじゃないだろうか?
「はい、ストップ」
パンッと手を叩く音がした。
気が付くと、考え込んでいたシュウの頭をソウが掴んでいた。
「なんとなく何考えてるか分かるよ? ネガティブループに嵌らなーい」
ソウはおどけた調子で言ってくる。でもそのおかげで少し頭が冷えた。
そうだ。一人で考え込んでいてもしょうがない。それじゃあ答えは出ないのだから。今まで人を避けてきたから、そんな簡単なことにも気付かなかった。
シュウはソウの手を剥がす。
「ていうかさ、ソウはなんでここまでしてくれるんだ?」
気になってはいた。ただ同じ中学だったからって助けてくれる義理はない。むしろシュウだって覚えていなかったような同級生に、手助けする義理はないはずだ。
ソウはくしゃっと笑う。
「お前覚えてっかなぁ? 俺さ、お前に勉強教わったことがあんだよ」
うっすらだけど覚えている。
中学時代の話だ。次の時間、数学でソウは当たると言って騒いでいた。どうも数学は苦手だったらしい。周りの友達に聞いて回っていたが、誰も分からない問題だった。最後に聞いたのがシュウだったのだ。
「みんなさ、シュウに聞いてもバカにされるだけだって言ったんだ。でも俺、あの先生苦手でさぁ。問題解けなくてネチネチ言われるのが嫌だったんだ。思い切ってシュウに聞いたら丁寧に教えてくれた……。取っ付きにくいと思ってたから意外だってポロっと言っちゃったんだよな。そしたら」
『誰だって得意不得意あるじゃないか』
確かにそう言った。いま思い出した。『遠山も物理はできるだろ?』とも。
自分に協調性がないのは分かっていた。だからいつも一人でいた。勉強はできたが、うまく人付き合いができないのはコンプレックスだった。
「俺、機械関係しか取り柄なくてさ。勉強できなかったからちょっと嬉しくて……。なんか、認めてもらえたみたいでさ。そっから今じゃこうだよ」
クラッキングのことを言ってるのだろう。でもソウのおかげで助かった。自分ひとりじゃアイのことは分からなかった。
自分の嫌なところしか見えてこなかったけれど、何気なく言った一言が誰かの力になっていたなんて――。
シュウの胸に熱いものが込み上げてきた。
「あれ? お前泣いてる?」
ソウが覗き込んでくる。
「泣いて、ない!」
潤み出した目を見られないように、シュウは慌てて顔を背けた。
「ま、とりあえず今日は一旦ログアウトして休むこと。俺もあっちでできることはやっとくから」
そこまで言われては仕方がない。シュウはメニューを出して、ログアウトした。