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第10章 少年は思案する

 秀二はひとり、駅前のファーストフード店のカウンターに座っていた。コーラの氷が溶けて、カップに水滴がたくさん付いている。

 かれこれもう一時間はこうして外を眺めていた。目的の場所へは、ここから十分も歩けば辿り着く。だけど秀二はその一歩を踏み出せずにいた。


 アイが消えた後、聡はどうやって調べたのか現実のアイの今の状況を教えてくれた。

「聞いて驚くなよ? 室園総合病院だ」

 それはよく知っている名前。秀二の父親の病院だった。アイは室園総合病院に入院しているという。

 秀二は眉を寄せて、渋い顔をした。

「いやいや考えようによってはチャンスだろ? お前の親父さんのとこなら入りやすいじゃないか」

 聡は簡単そうに言い放つ。しかし秀二は黙って眉根を寄せた。

 秀二の家庭環境を知らない聡ではない。まだ父親とは和解できていないのだ。その父親が勤める病院に行くということは、他の人には簡単に思えても秀二にとっては学年一位を取ることより難しいのだ。

 聡は気遣わしげな表情を向けた。

「ま、難しいなら他の方法を考えようぜ」

 秀二は覚悟を決めるしかなかった。


 そんなやり取りがあって数日後。

 しかしいざ行こうとして、最寄り駅の店から一時間も離れられずにいた。

 窓の外を見たり、手元に視線を落としたり、そうこうしているうちに昼時になって、人が増えてきた。平日の昼間とはいえ、なかなかに混み合うらしい。秀二は腹を括って、空のカップを捨てると店を出た。


 高くそびえ立つコンクリートの塊は、やはり秀二には敷居が高い。ここでは、父親の領域では「完璧」を求められる。一位でなければ意味がない。秀二も兄もその常識に縛られてきた。

 父は何も言わない。言ってくるのは母だけだ。しかし無言の重圧がずっと秀二には圧し掛かっていた。

 反旗を翻した息子たちのことを、父親はどう思っているんだろう。

 意を決して中に入った。平日昼間の病院は混み合っている。これならばれないだろうか?

「あら秀二君?」

 聞き覚えのある声がした。秀二はぴたっと動きを止める。

「久しぶりねー。斉藤先生にご用?」

 受付から声を掛けてきたのは、顔見知りの看護師だった。しばらく出入りしていなかったが、秀二のことを覚えていたようだった。

 看護師は秀二に笑顔を向けている。秀二の現状を知らないようだ。考えてみれば当然だ。彼女は赤の他人なのだから。

 引きこもりすぎて、そう判断するのに時間が掛かってしまった。

「いえ……今日は……」

 ――待て、これはチャンスかもしれない。

 秀二は冷や汗を拭った。

「あの、志嶋愛花さんの病室ってどこですか? 俺、同じクラスなんですけどお見舞いに来たんです」

 嘘は言っていない。数日前まで同じ学校ってことすら知らなかったが。

「あぁ志嶋さんね。えっと……東棟の三〇五号室よ」

「ありがとございます。あっ親父には内緒にしといてくださいよ? 恥ずかしいから」

 ちょっと照れた顔で言う。こう言っとけば好きな子のお見舞いに来た男の子という感じがするだろう。この人ならば気は利かせてくれるはずだ。

 秀二は足早にエレベーターホールへ向かった。


 東棟三階は静まり返っていた。

 ここの病棟は確か長期入院の患者ばかりのはずだ。重症患者の入院する棟。愛花がここにいる意味を秀二は改めて考える。静かな白い病棟は、ここだけ時間が止まってしまったかのようだった。

 秀二は三〇五号室の前に立って深呼吸をした。そしてコンコンと二回ノックをする。中からは案の定、返事はなかった。秀二は静かにドアを開けた。

 病室に入ると窓から明るい光が差し込んでいて、でも外の暑さとは一線を画していた。梅雨の晴れ間で、窓の外の世界では湿度は高いだろう。

 秀二はベッドへと足を進める。ベッドに横たわる人物の布団は、上下にゆっくり動いていた。

 白いベッドに艶のある黒髪が広がる。透き通るような肌と薄く赤い唇は、さながら童話の眠り姫のようだ。

 それは『眠り姫の塔』で出会ったアイと同じ姿だった。こちらの方が少し痩せこけている。

 秀二はそっと前髪に触れた。愛花は起きる気配もない。

「早く起きて――眠り姫」

 秀二はそう呟くと、病室を後にした。

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