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オドラデク

家のあるじとして気になること

http://www.alz.jp/221b/aozora/odradek.html


>やつは見た感じ、ぺちゃっとした星形の糸巻きみたいだ。しかも本当に糸が巻き付いているように見える。ただ、その糸はちぎれてぼろぼろで、結ばれ合うというよりはぐちゃぐちゃともつれ合っていて、なおかつその糸くずはそれぞれ違う色と材質であるようなんである。それでもって、やつはただの糸巻きにあらず、星の真ん中には短い棒が突き出ていて、さらにその棒から垂直にもうひとつの棒がぴたっとくっついている。平面に対して、一点にその垂直の棒、もう一点に星のとんがりをひとつ支えにして、まるで二本足みたく全体をまっすぐ立てることができる。


 オドラデク! 星型の糸巻き! 長い間、私は彼の名をオデドラクだと思い込んでいました。その贖罪のために、一つの章を割いたとしても、それは別段不思議なことではないでしょう。


 フランツ・カフカはその著作『変身』の中で、グレゴール・ザムザを虫に変身させたことで知られます。しかしそれ以上に、彼はカフカ=リアリズムの創始者ということで知られます。ザムザが虫になったというのに、家族は、まるでそれを病気か何かのように扱うのです。

 殺してしまえという発案は出てきません。医者か誰かに見てもらおうという発想も出てきません。ただ、彼らは虫として認識するだけで、決して彼がザムザであることを疑おうとはしません。それゆえに、虫への変身はただの比喩なのだ、カフカは精神病を取り扱っているのだ、などという誤解がはびこるようになりました。

 しかし今では、虫はあくまで虫なのであって、それ以上の意味は無い、という解釈にも正当な地位が与えられています。『変身』の本質は虫への変身ではなく、ザムザの周囲の人々の、愚鈍なまでのリアルな描写にあるのです。


 実際、カフカの作品の中に登場する人物たちは悲壮感や緊迫感を持ち合わせていません。その最たるものが、このオドラデクという正体不明の存在に対する記述でしょう。父はオドラデクを殺そうとはしません。むしろ会話を試み、名前を聞き出すことに成功してさえいます。SFとしてカフカ作品を見るのはあまり見かけない観点でしょうが、ここで知的生命体とのコンタクトを、重々しく言い換えれば第三種接近遭遇を行っているという見方もできます。


>どこからどう見てもがらくたなのだが、それでいてひとつのものとして出来上がっている。もうちょっと言わせてもらうと、オドラデクはめちゃくちゃすばしっこいやつなので、どうにもつかまえられなくて、だからそういうことをどうとも言えんのである。


 ここで接触が難しいということが見て取れます。にもかかわらず、次の文では、


>やつはかわるがわる、屋根裏部屋に、階段室に、廊下に、玄関にあらわれてはじっとしている。


 と記述されています。一体彼は高速なのでしょうか、それとも静止しているのでしょうか。つかまえられないというだけで、見ることはできるのか。ならばオドラデクとは霊的な存在ではあるまいか。


 まあ、語りつくされた考察をここで繰り返すのはよしましょう。そしてこの短い話の、最後のくだりに目を通すことにしましょう。


>どうでもいいことだが、わたしはこう考えてみるのだ。これから先、やつはどうなるのだろう。死ぬことがあるのだろうか? 死ぬものはみな、あらかじめ何らかの目標を持ち、何らかのやることをかかえている。そして、そのためにあくせくする。だがオドラデクの場合、こういったことが当てはまらない。もしかすると、やつはこれからも先、わたしの子どもや孫の足下で、糸をだらりとひきずりながら、かさかさ鳴くというのだろうか? そりゃむろん、やつが誰にも害をなさないということはわかっている。だが、ぼんやりと、やつがわたしの死んだあともやっぱり生きているにちがいない、などと思うと、わたしはどうも悩ましくてしかたがない。


 カフカは遺言ですべての遺稿を焼却するようにと友人のブロートに頼んでいましたが、この遺言は裏切られ、今日我々が知るような形でカフカの遺稿は出版されることになりました。

 カフカはあるいは、自分の内部にある正体不明の何らかのミームが――もちろん当時はミームという語は発明されていなかったが――未来永劫他人に影響を与え続けることに対する漠然とした不安があったのではないでしょうか。


 作品は世代を超えて読み継がれます。それが、その現象こそが、オドラデクという名のささやかな怪物なのです。カフカはミームという概念の登場と、それが「どうでもいいことだが」存在し続けるという当たり前の事実を、密かに予言していたのではないでしょうか。

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