後編
人にもモンスターにも同じく心があると言っていたのは白ひげじーさん師匠だ。
違うのは生きる理と立場、それが交われば心を通わすことも出来る……と。
俺のグラスの横でつまみを頬張っている、火イタチのチーもそうだ。
魔物使いが使う『魔物』というのは一般的には外をうろついているモンスターの事だ。
もちろん人間にとっての脅威である。
彼らと心を通わせ、共に行動し戦うのが魔物使いだ。
だが、例外もある。
神獣と呼ばれる伝説級のバケモノを扱う場合だ。
やつらは基本的に自分の縄張りからは動かない。
誇り高いので人間に服従したりしない。
だから魔物使いが神獣の力を欲する場合は自分から出歩かなければならない。
神獣の前に現れ、自らの価値を示し、認めて貰うのだ。
認められた魔物使いは神獣を喚ぶ力を得ることが出来る。戦闘時など必要な時にだけ彼らを喚ぶのだ。
もちろんぺーぺー魔物使いの俺が神獣の力を得る気などはなから無く、神獣の住処に近付いた時、涙目で嫌がる俺を引き摺ってやつらに引きあわせたのはパーティーの連中だ。
姫さんの尊敬を勝ち得た今、猛烈に感謝しているが。
最初は神獣を前に畏怖していた俺だが、今はそんな気持ちなどとうに失せている。
なぜなら俺が神獣と対面した時、やつらは阿呆の子みたいに同じ言葉を言うからだ。
『お前のような面白い人間は初めてだ。よいだろう。力を貸そう』
俺みたいな人間ってなんだよ。普通にゴロゴロいるだろう?
こいつら実は友達少ないのか?
それに簡単に出会ったばかりの人間を信用するな! 危険だろ!!!
そう思いながらも俺は彼らの力を借りている。
普通に心を通わせて誓約が成立するモンスターと違い、神獣との誓約は俺の血と神獣の体の一部が必要となる。
まず、俺の血を溶かした魔石に神獣の体の一部(毛や鱗など)を溶かすのだ。
それを俺が飲むと、背中に刺青のような、それぞれの神獣を表す紋章が現れる。
これで誓約は完了だ。
後は必要な時にその神獣の名前を呼べばいい。大抵の場合は来てくれる。
今、俺の背中には火龍鳥や神炎の獅子の紋章を始めとして六つの紋章があるが、歴代最強の魔物使いは九の紋章を持っていたらしい。
白ひげじいさん師匠ですら八つで、普通の魔物使いならば一つでも紋章をその背に刻むことが出来たら大威張り出来る。
神獣の住処にたどり着くまでの苦労はさておき、神獣との誓約の容易さを考えたら、なぜ他の魔物使いが誓約をしないかの方が謎だ。
そう言ったらアルに呆れられたが……。
俺が色んな事を思い出している間にも宴会は進む。
話題は姫さんの今後へと移っていた。これは真面目に参加をしなければっ!
なにせ俺は姫さんを守る立場に居るのだから!
意気揚々と話を聞くと、姫さんは基本的に生活の全てに侍女にさせていたので、初めての旅らしい旅に少し緊張しているらしい。可愛い。
姫さんの心地良い声の響きを聞きながら俺の頭には昼間の風景が蘇った。
勇者一行へ参加すると言った姫さんに、説得は無理だと諦めながらも最後の最後までその身を案じていた使用人たち。
姫さんは使用人たちにも愛されてるんだな。
「大丈夫さ。女同士、あたいが何でも教えてやるよ」ニヤリと笑うカルラ。
「カルラが居てくれて心強いわ」姫さんが嬉しそうに微笑む。
騙されるな、姫さん! そいつが一番危険だぞ!!!
姫さんの身辺警護の為、ヴァルターを置物代わりに女部屋に置こうという俺の案は俺対多数で却下された。
俺の心の叫びが届かないまま宴会は幕を閉じたのだ。
姫さんが仲間になってはや一月。
俺らはついに魔王城の前に居た。
彼女がパーティーに加わってからの戦いは驚くほど小気味よく進んだ。
俺たちの呼吸を読み、的確な補助をする彼女。時には敵をその魔法で一掃する。
攻撃魔法の強さは知っていたが回復魔法まで使える事には驚いた。
身長と同じくらい長い錫杖の先端には魔石で飾られた大きな銀の意匠が施されていて荘厳な印象がある。それを持って戦う姫さんは彼女の祖先でもある伝説の賢者のようだ。
つくづく最初に俺らの旅に付いて来た『最強のパーティー』とやらはなんだったんだって思う。
成り行きで今この場にいる俺らだが、これまでの苦難の日々が、勇者アルベルトが思う『最強のパーティー』が俺らだと胸を張って言える。
日常生活こそ一人で身支度をする事に戸惑い、野宿にも戸惑いもたついている姫さんだが、辛いだろうに不平も言わず健気にも馴染もうと努力している。
その姿を見る度に、俺はあの日に見た彼女の中の強さを改めて感じるのだった。
ただただ遠くから憧れて眺めて、想っていただけの彼女の心の動きや呼吸を感じる。
ああ、何て幸せなのだろう。
今では少しずつ欲が出てきた。もっと俺を見て欲しい。もっと俺に笑いかけて欲しい。出来ればもっと……。
俺はこんなに欲張りだっただろうか?
「こんな時に何自分に酔ってるの?」
背後から呆れた声が聞こえた。
うちのパーティーに毒舌野郎はただ一人。エルフのクルトだ。俺は恨みがましげに振り向く。
銀髪に翡翠色の目をした華奢な少年の姿だが、こんな見た目でも三百歳を超えたじいさんだ。
こいつの協調性の無さと実年齢を考えなければ生意気にしか見えない態度には参ったが、この長旅でエルフの叡智や薬草にはかなり助けられた。
クルトとはヴァルターが仲間になってすぐ、ヴァルターの鎧がボロボロにやられて動けないと困っている時にとある森で出会った。
「ねぇ、そいつ死霊騎士なんでしょ? だったら新しい鎧に魂を移せばいいんじゃないの?」
目からウロコだった。
すぐさま俺は町へ鎧を買いに行き、重い鎧を引きずって彼らが待っている場所へと急いだ。
結果、いとも簡単に我らが仲間ヴァルターは復活した。
泣きながらヴァルターに抱きつき喜んでいた俺らを呆れたような冷たい目で見ていたのにはグサッときたが、その日から何故かクルトも仲間に加わった。
曰く、死ぬほどヒマだったから仲間になってやるだそうだ。
死ぬほどヒマになったら魔王退治に出かけるのか? 俺にはエルフの感性は一生分からない。
気を取りなおして再び魔王城に目を向ける。
目の前にそびえ立つ魔王城は想像した何倍も大きくおどろおどろしい。
周りの黒い森とギャーギャーと聞いた事の無い生き物の鳴き声が一層それを演出している。
正直怖い。死ぬほど怖い。
だが、姫さんの前でみっともない格好は見せられない。
震える足を誤魔化して魔王城の方へと走りより、城の奥に居るであろう魔王を睨んだ。
姫さんは仲良くなったチーを肩に乗せて、そんな俺に小走りで付いて来てくれた。
俺の仲間たちが言う姫さんが仲間になって一番変わった事と言えば俺だそうだ。
今までちょっと手強い敵やダンジョンに向かう度に臆病風吹かせて逃げ出そうとしていた俺が、平然とした顔を繕って立ってるんだ。気持ちは分かる。分かるが姫さんの前では言わないでくれっ!
姫さんはそんな仲間の会話を聞いても「分かり辛いだけでルーカスはもともと勇気のある人だわ」と微笑んでくれた。
彼女は女神だ。
「なぁ、俺たち魔王を倒して帰ったら国では一躍英雄だよな」
城を見上げている俺と姫さんの後方、正義感の塊のような勇者アルベルトがらしくないセリフを吐く。
「そうさね。なんたって魔王を倒すんだ。褒美だって思いのままだろう」
笑いを隠し切れない声で言うカルラ。
ヴァルターもうんうん頷いているのかガシャガシャ音がする。
「国を救った英雄がお姫様と結婚するって話よくあるよね。どうでもいいけど思い出したよ」
どうでもいいんだったら何で今ここで思い出すんだよ。クルト!
お前らっ! 聞こえてるからっ! わざとらしいからっ!!!
慌てて隣にいる姫さんを見下ろすと、滑らかな頬が真っ赤になっている。
可愛いなぁ……って見とれている場合じゃねえ!
何か、何か言わなければっ!
「よ……よしっ! 行くぞ、お前らっ!!!」
俺の張り切った声が空に立ち込める暗雲を吹き飛ばすかのように響いた。
ここまで読んで下さって有難うございました。
お陰さまでルーカス視点が書けました。
書いていて思ったのですが、ルーカスってゲームとかで居たら育てるのに手間が掛かるキャラですよね。
で、根気良く育てたら最強クラスになるけれど、育てなかったら最弱のままなのに強制イベントではいっつも戦闘要員になったり……。