第8話
第8話
――翌日。
まだ朝の冷たい空気が残る中、ニーナは城門の前で大きく伸びをした。
「よーし!採取だー!」
軽い声が、静かな朝に響く。
その隣で、ラムナがわずかに眉を寄せた。
「……本当に行くのですね」
「行くよ!冷蔵庫のためだもん!」
ニーナはいつでも即答だった。
そのさらに後ろ。
黒い外套を纏った魔王が、無言で立っている。
(いるんだよねぇ……)
ちらりと視線を向けて、すぐに逸らす。
まだ慣れない。
けれど、昨日よりはほんの少しだけ怖くない――気がする。
城を出てしばらくすると、景色は徐々に荒れたものへと変わっていった。
崩れた建物。人の気配のない道。風だけが通り抜けていく。
「……誰もいないね」
ぽつりと呟く。
あらためて見ると、妙な感覚だった。
昨日までは気付かなかったのに、今ははっきりと分かる。
「……こういう場所、増えてるの?」
何気なく問いかける。
ラムナが、少しだけ言葉を選ぶように間を置いた。
「……はい」
短い返事。
「戦の影響です」
「戦かぁ」
軽く返す。
実感は、まだ薄い。
地下に潜っていたニーナには、自国を含む周囲で起きていた戦を知る術はなかった。
「……ニーナ様は」
ラムナが、続けるか迷うように口を開いた。
「ご存知、なかったのですか」
「うん」
あっさり頷く。
「地下にいたし」
それだけだ。
事実、それ以上でもそれ以下でもない。
ラムナは一瞬だけ言葉を失い、それから静かに目を伏せた。
その様子に、少しだけ違和感を覚える。
「……私の国も、戦で?」
今度は、自分から聞いた。
風の音だけが、少し強くなる。
答えたのは、魔王だった。
「……そうだ」
短い一言が返ってくる。
振り返ると、赤い瞳がこちらを見ている。
「滅びた」
それだけだった。
余計な言葉はない。
けれど、それで十分だった。
「へー」
ニーナは、軽く頷く。
「そっか」
少しだけ考えて。
「まあ、生きてるしね」
あっさりとそう言った。
ラムナが、はっと顔を上げる。
魔王は、何も言わない。
ただ、その視線だけが、わずかに揺れた気がした。
やがて、目的の場所に辿り着く。
岩肌が露出した小さな渓谷のような場所だった。
空気が、ひんやりと冷たい。
「……ここだ」
魔王が足を止める。
その視線の先。
岩の隙間に、淡く青白く光る結晶が埋まっていた。
「おおー……!」
ニーナの目が輝く。
「これが冷石!?」
「冷気を放つ魔石だ」
「完璧じゃん!」
しゃがみ込んで、まじまじと観察する。
「これ、どうやって取るの?」
「……周囲の岩ごと削り出す」
魔王が答える。
「ただし――」
その言葉が終わる前に。
地面が、わずかに揺れた。
「……え?」
顔を上げる。
次の瞬間、岩陰から大きな影が飛び出した。
「うわっ!?」
咄嗟に後ずさる。
牙を剥いた獣型の魔物が、こちらを睨みつけていた。
「え、ちょっと待ってそれ聞いてない!!」
「言おうとした」
魔王が静かに言う。
そして、一歩前に出た。
それだけで、空気が変わる。
魔物が一瞬たじろぐ。
次の瞬間。
――一閃。
ほとんど見えなかった。
気付いた時には、魔物は地面に伏していた。
「……え?」
ニーナは瞬きをする。
「終わった?」
「終わった」
淡々と答える。
(強っ……)
思わず心の中で呟く。
ラムナは当然のように頷いている。
(あ、これが普通なんだ)
妙に納得する。
その後は順調だった。
ラムナが周囲の魔物を警戒し、魔王が岩を切り出し、ニーナがそれを確認する。
役割分担が自然と出来ていた。
「よし、これだけあればいける!」
満足げに頷く。
冷石は十分に集まった。
これで、冷蔵庫の核は完成する。
「帰ろう!」
軽く言う。
その声に、ラムナも頷く。
魔王は何も言わない。
だが、歩き出す足は同じ方向を向いていた。
帰路の途中、ふと、ニーナは思う。
(まあいっか)
国が滅びたこと。
自分がそれを知らなかったこと。
全部まとめて。
(今、楽しいし)
それでいい気がした。
隣を見る。
ラムナがいて。
その先に、魔王がいる。
少しだけ、不思議な組み合わせ。
でも――悪くない。
「ねえ!」
ニーナが声を上げる。
「これで冷蔵庫できたら、アイス食べられるよ!」
振り返りながら笑う。
ラムナが一瞬きょとんとして、
「……楽しみにしております」
小さく答えた。
魔王は、何も言わない。
ただ。
ほんのわずかに、その視線が柔らいだように見えた。
それは、ニーナにはまだ分からない変化だった。
つづく
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