第7話
第7話
お風呂の後、火照った体のまま廊下を歩きながら、ニーナはぽつりと呟いた。
「……あー」
満たされた息が、自然とこぼれる。
「アイス欲しい」
湯上がりの体に欲しくなる、冷たい甘味。
それはもう、前世の記憶がある者としては抗えない欲求だった。
「アイス、とは……?」
隣に控えていたラムナが、小さく首を傾げる。
先ほどから当然のように付き従っているその姿に、ニーナはすっかり慣れていた。
「冷たくて甘くて美味しいやつ!」
「冷たい……甘味……?」
「そう!それ!!」
勢いよく頷く。
「だから作る!」
「……作るのですか」
「作るよ!」
即答だった。
善は急げだ。
意気揚々と工房に戻り、机の上に道具を広げ――数秒で固まった。
「……うん」
ニーナは腕を組み、真顔になる。
「詰んだ」
あまりにも早い結論だった。
「何が足りないのですか……?」
ラムナが遠慮がちに問いかける。
「冷やす仕組み」
間髪入れずに答える。
「冷たい状態を維持する装置――つまり冷蔵庫が必要なんだけど」
「……れいぞうこ」
「うん、冷やし続ける箱!」
机を軽く叩きながら説明する。
「でもそれを作るための材料が足りない!」
びしっと指を立てる。
「つまり詰み!」
「……なるほど」
納得したように頷くラムナに、ニーナはじとっとした視線を向けた。
「なるほどじゃないよ」
呆れるニーナを余所に、しばし考え込んだあと、ラムナがぽつりと口を開く。
「……魔王様なら、ご存知かと」
「え」
ニーナの動きが止まる。
「え」
同じ言葉を、もう一度繰り返した。
そして次の瞬間、ぶんぶんと首を振る。
「いやいやいやいや、無理無理無理無理!」
「ですが――」
「怖いって!!あの人に聞くの!?」
思わず声が上ずる。
確かに理屈では正しい。だが精神的なハードルが高すぎる。
「精神的ハードルが高い!!」
半ば叫びながら訴えると、ラムナはわずかに目を伏せ、考えるように間を置いた。
「……同行いたします」
静かに告げる。
「ニーナ様お一人では危険ですので」
ラムナは誰が危険なのか明言していない。
「ほんと!?」
ニーナは嬉しそうにぱっと顔を上げる。
まさかラムナが危険だと言ったのは自分の事だとは、つゆほども思っていない。
「はい」
小さく頷くその様子に、ニーナはほっと息を吐いた。
「ありがとうラムナ!!」
即座に頼るのだった。
そうして再び訪れた、玉座の間。
(やっぱり怖いぃぃぃぃ……)
心の中で悲鳴を上げながらも、ニーナは足を止めなかった。
重く沈んだ空気は相変わらずだが、前回とは違う。
今回は、自分から来ている。
覚悟を決めて、一歩前に出る。
「えっと、その!」
声を張る。
「相談があります!」
広間に声が響き、空気が一瞬で静まり返った。
玉座に座る魔王が、ゆっくりと視線を向ける。
「……なんだ」
低い声が落ちる。
けれど前よりも、ほんのわずかに距離が近い気がした。
「冷やすための素材って、この世界にありますか!?」
いきなり本題に入る。
横でラムナが固まっているが、気にしない。
「物を冷たく保つ装置を作りたくて!」
言葉がどんどん早くなる。
「そのための材料が足りないんです!」
びしっと指を立てる。
「冷気を維持できる石とか、そういうのありませんか!?」
しばしの沈黙。
魔王はじっとニーナを見つめたまま、わずかに目を細めた。
「……ある」
「あるの!?」
思わず身を乗り出す。
「“冷石”と呼ばれる魔石だ」
「それ!!それです!!」
即答だった。
完全に求めていたものだ。
「どこにありますか!?」
「……この城にはない」
「えっ」
動きが止まる。
「では……」
魔王はわずかに間を置き、言葉を続ける。
「取りに行く必要がある」
「行きます!!」
これまた、即答だった。
横でラムナがびくりと肩を震わせた。
「ニーナ様、即決すぎます……!」
「だって必要だもん!!」
当然である。
「……お前は」
魔王がぽつりと呟いた。
その声には、何かを含んだような響きがあった。
だが。
「……いや」
短く言葉を切る。
「……準備をしろ」
そして静かに告げた。
「同行する」
「え」
ニーナの思考が一瞬止まる。
「……魔王様が、ですか」
ラムナも驚きを隠せない。
「問題があるか」
「いえ!ないです!!」
即答。
(めっちゃあるけど!!)
心の中では全力で否定している。
けれど、それでも。
なぜかほんの少しだけ――怖さとは違う感情が、混じった気がした。
「よーし!」
ニーナは拳を握る。
「冷蔵庫のために出発だー!!」
軽い声が、重い空気の中に響く。
その姿を、魔王は静かに見つめていた。
「……」
ほんのわずかに。
その視線が、柔らいだように見えた。
つづく
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