第6話
第6話
魔王城に来て、次に思ったことがある。
「……お風呂、ないの?」
ぽつりと呟く。
その言葉に、すぐ隣に控えていた給仕の魔族――ラムナが、ぴくりと反応した。
最初に茶葉と水を持ってきてくれた、あの羊の角を持つ女性だ。
どうやらそのまま、世話係のように付き従っているらしい。
「……お風呂、とは?」
「え?」
え?
(嫌な予感しかしない)
「体洗ったり、温かいお湯に浸かったりするやつ」
「……水浴びなら」
「浸からないの!?」
思わず声が裏返る。
「え、嘘でしょ!?湯船ないの!?」
「……そのような文化は、ありません」
「なにそれ地獄!?」
思わず叫んだ。
周囲の魔族たちがびくっとする。
でもそれどころじゃない。
「いやいやいやいや、無理無理無理!お風呂ない生活とか無理!!」
断言する。
だって。
「人生の幸福度が半分くらい削られてるでしょそれ!!」
前世OL、風呂のありがたみを知っている。
完全に知っている。
(ダメだ)
即決する。
(これは絶対に改善する)
にやり、と笑う。
「私に任せてちょうだい!」
ラムナが一歩引いた。
「……その顔は、嫌な予感しかしません」
「大丈夫大丈夫!」
何も大丈夫ではない。
そんな表情をしたラムナのことはお構い無しに、踵を返す。
発明家の腕がなる。
――――――――――
――数時間後。
「はい、完成です!」
自信満々に宣言する。
場所は魔王城の一角。臨時で作り上げた浴室。
石造りの部屋である。
「……なに、これ」
ラムナが呆然と呟いた。
部屋の中央に、大きな桶のような――いや違う。
「湯船です!!」
どん、と叩く。
中には、湯気を立てるお湯。
「……湯……?」
「お湯です!」
にこにこしながら答える。
「温かい水です!」
「それは分かりますが……」
ラムナが一歩近づく。
そっと、指先を浸ける。
「……あたたかい……」
ぽつりと呟く。
その声は、どこか戸惑っていた。
「でしょ!」
私は胸を張る。
「しかもこれ、温度一定に保たれてます!」
「……?」
「つまり、ずっと気持ちいい温度です!」
どや顔。
「さあ、入ってみてください!」
「えっ」
ラムナが固まる。
「え、いえ、その……」
「遠慮しないで!」
「いやその、服が……」
「あ、そっか」
普通に納得する。
「じゃあ外で待ってますね!」
「待ってください」
引き止められた。
「なぜそんな当然の流れで……」
「え?」
「え?」
しばし沈黙。
当然の顔をするニーナに、ラムナは戸惑うように再度ゆっくりと湯船を見る。
そして、もう一度、触れる。
じんわりとした温かさ。
「……」
少しだけ、迷って。
「……試してみます」
小さく、そう言った。
――十数分後。
「……」
浴室の扉から出てきたラムナの顔は――完全に、とろけていた。
「……なにこれ……」
ぼんやりとした声。
「……体が……軽い……」
ふらり、と歩く。
「……温かい……」
目は半分閉じている。
「……幸せ……」
完全に堕ちていた。
「でしょ!?」
私はドヤ顔で叫ぶ。
「お風呂は正義なんです!!」
その様子を見ていた魔族たちが、ざわつく。
「なんだあの顔は……」
「魂抜けてないか……?」
「……危険なのでは……?」
「危険じゃないよ!むしろ最高!!」
私は全力で否定する。
「ほら次!次の人!!」
――さらに数十分後。
浴室の扉が開く。
「……」
「……」
「……」
出てきた魔族たちは、全員、無言だ。
そして、全員、同じ顔をしていた。
――完全に、溶けている。
「……これは……」
「……戻れない……」
「……水浴びには……もう……」
終わった。
魔王城の生活が終わった(良い意味で)。
その様子を――魔王は、静かに見ていた。
「……」
何も言わない。
だが、視線が、浴室の扉へと向く。
そして。
「……入れるのか」
ぽつりと、呟く。
「もちろんです!」
私は即答した。
「最高ですよ!」
魔王は一瞬だけ考え――静かに、浴室へと入っていった。
――数分後。
扉が開く。
「……」
出てきた魔王は、いつも通り、無表情だった。
違うのはホカホカと頭から湯気が登って、少し顔の血色が良くなっているところだけだろうか。
「……悪くない」
短く、そう言った。
それだけだった。
しかし、ニーナは――。
(勝った)
確信した。
その後。
ようやくニーナも湯船に浸かりながら。
「はぁ〜〜〜……」
大きく息を吐く。
「……やっぱりお風呂最高……」
じんわりと体が緩んでいく。
そして、ふと思う。
「……あー」
ぽつりと呟いた。
「アイス欲しい」
つづく
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