1番目ー1
「先生、休憩を求めます」
「もうそんな時間か?」
そんな時間と先生はいうがもう半日ぶっ通しで座って勉強している。
「そんな時間です。集中力が切れました」
腕も足も手も痛くなってきた。目も疲れてしょぼしょぼしてきた。
「そうか、じゃあ、しばらく休憩とする」
体を伸ばして硬くなったところをほぐす。一旦、紙と木簡と石板から目を離して遠くを見る。
いつものように、なんとか残った王城を中心としたいくつかの街が入るほどの大きさの円から外は白いモヤに覆われている。
「何かお話って無いですか?」
「して欲しいのか?」
あまり音もない、ペラペラと紙をめくる音だけが響く部屋で休憩するには先生との間の沈黙が耐えられなかった。
「あるのでしたらして欲しいです」
先生が話す話の内容はどれも面白く、今までの生で聞いた、起こった事例よりも人間らしいとも不可思議とも言えるものだ。その話を聞くのが一種の娯楽にもなっている。
「じゃあ、こんな話ならどうだ? 今は毒となっている存在はどのようにして生まれたか?」
「それでいいです」
こほん、と先生は咳払いをして一度深呼吸をして話し始める。
「これは、昔から続く因縁の話——————
俺はずっとヒトリだった。
厄災の子だなんて大層な名前で呼ばれているがそんな存在じゃないと思う。体にあるアザがそうだと神官とやらの偉い人が言っていたが、たまたまじゃないかと俺は思う。
いつものように追いかけてくる大人から逃げ回って撒いているとどこかの屋敷の庭に入り込んでしまった。広めでいるのに畑や農具がある。程よく手入れされている。きっと人がいるのだろう。
周囲を眺めていると人影が俺の上に落ちた。振り返ると教会の偉い奴が言っていたような“魔女”のような帽子をつけた女が俺の方を見ていた。
「あなたは誰?」
俺はその女に尋ねた。女は宝石店に出入りしている貴族の人間がつけていたような長い爪を保護する器具を二、三個つけている。
「あなたこそ誰? いつに間に私の庭に入り込んだのかしら」
女がそう言った。この庭の持ち主だったか。今放り出されると追いかけてくる大人たちに捕まってしまう。またいつものように蹴り殴られるのかと思うと出される訳にもいかない。なんとかしてここに留まらないと。
「ここはどこ?」
女ははあああぁぁぁぁぁと大きなため息をついた。
「あなた、何も知らないで入り込んだのね。ここはわるーい魔女のいる森の屋敷よ。食べられたくなければすぐにここから立ち去ることね」
魔女、魔女っぽい格好だなと思っていたが本当にそう名乗るとは。というか
「わるーい魔女?」
「そう。わるーい魔女」
わるーい魔女か。わるーい。
「じゃあ、一緒だね。俺もわるーい子らしいから」
目を見開いて俺を見てくる。そんな信じられない生命体を見る目をしないでほしい。いつも大人たちが言ってくることなんだけどな。
「…………………………………………坊や、誰がそんなことを言ったの?」
両肩を掴んで真剣な顔つきで俺の顔を睨んでくる。
「神官っていう大人の偉い人」
両手をあげて正直に答える。
「そう、じゃあ、坊や。うちの子になるかい?」
魔女は俺に右手を差し出した。なるのか、なれるのか? 本当に?
「………………………………………………なってもいいの?」
魔女の眉間に皺がよった。周りにいた大人たちはどうしていたんだとでも思っているのだろうか。
「構わないわ。人っ子1人増えたところで生活が苦しくなるわけでも無いのよ」
差し出された手を俺はぎこちなく握り返した。
思えばいくつか実例があった。
実験中に
「そこの青い瓶持ってきて」
「はい」
だとか
調理中とかに
「水、出して」
「はい」
だとか
夕立が来た時に
「雨降ってきちゃった。あ、洗濯物!」
「降りそうだったから取り入れておいたよ」
「ありがとう」
だとか。
流石にうっかりがすぎるのでは無いか。
「ちょっと!」
「何かしら」
椅子に座って俺が作ったおやつを食べている魔女に突撃する。
「俺が来る前どうやって暮らしてたんだよ!」
突然の質問にびっくりしたようだ。
「使い魔がいたから手伝って貰ってたわ。それ以外はよき理解者の行商人の友達がたまに来るから買ってきて貰ったりね」
少し考え込んでからそう答えた。お互いに似たような立場だからよき理解者がいるのは良かった。危なくなると匿ってくれたりする。
「料理は?」
最初に出された料理は美味しかったがそれ以外は素朴な味つけだった。肉の臭みや魚臭さがまだ残っているような味だ。野菜スープは美味しいのだが。
「食べられる程度なら」
俺がしっかりしてこの人を世話しなければ! と改めて決心した。




