クッキング7
料理は、本来ひとりで完結するものだ。
判断も、責任も、
すべて鍋の前に立つ者が背負う。
だからこそ、
一つの鍋を二人で扱うという行為は、
料理人にとって最も難しい。
正解を積み重ねる者と、
踏み込みを選ぶ者。
価値観の違う二人が、
同じ火を見つめたとき、
鍋は壊れるか、
それとも前に進むのか。
第7話では、
料理の勝敗ではなく、
料理の主導権そのものが試される。
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第7話 クッキング7
――一つの鍋
夜月学園の実技は、ときどき残酷だ。
「今回の課題は、二人一組で行う」
その一言で、実習室の空気が変わった。
「調理は一鍋のみ」
「役割分担は自由」
「完成度ではなく、“過程”を評価する」
ざわめきの中、
教師は淡々と名前を呼ぶ。
「暁月大我」
「鷹宮葵蘭」
一瞬、静寂。
――最悪の組み合わせだ、と誰もが思った。
キララは表情を変えない。
「確認する」
「主導はどちらが取る?」
大我は、少し考えてから言った。
「……半分ずつ、でどうですか」
「非効率だ」
即答。
「鍋は一つ」
「判断は一つであるべき」
「じゃあ」
大我は、鍋を見た。
「最初は、あなたで」
「途中で、俺が引き取ります」
キララの視線が、わずかに鋭くなる。
「理由は?」
「踏み込む前の工程は」
「あなたの方が、正確だからです」
沈黙。
やがて、キララは頷いた。
「合理的だ」
調理開始。
前半は、キララの領域だった。
油の量。
火加減。
具材の投入順。
すべてが、迷いなく進む。
鍋の中は、正解の匂いがしていた。
「ここまでで、問題は?」
キララが問う。
「ありません」
大我は正直に答えた。
「……綺麗です」
「感想はいらない」
そう言いながらも、
キララは火を譲った。
後半。
大我は、すぐには何もしない。
鍋を覗き、
匂いを嗅ぎ、
音を聞く。
「遅い」
「はい」
認める。
「でも、ここからは」
「速さより、覚悟です」
大我は、スパイスを一つ、足した。
キララの眉が、わずかに動く。
「予定にない」
「はい」
「でも、今の鍋には必要です」
「根拠は?」
「……匂いが、逃げてます」
キララは、鍋を見る。
数値は、問題ない。
理論も、崩れていない。
だが――
確かに、香りは弱い。
「……認める」
キララは言った。
「だが、失敗したら責任は?」
「俺が取ります」
即答だった。
火を、少し強める。
一瞬、危うい温度。
鍋が、応える。
香りが、立ち上がった。
「……なるほど」
キララが、小さく息を吐く。
完成。
試食は、早乙女梓。
一口。
目を閉じる。
(……衝突してる)
正解と、踏み込み。
理論と、勘。
だが――
壊れていない。
「評価します」
梓は言う。
「この料理は、完成度では測れません」
二人を見る。
「役割を分けたことで」
「初めて、踏み込みが許された鍋です」
結果。
――合格。
キララは、包丁を置いた。
「暁月」
「はい」
「次は」
「最初から、踏み込む」
大我は、少し笑った。
「その時は」
「止めません」
夜月学園で、
正解と覚悟が、
初めて同じ鍋に入った。
それはまだ、不安定だ。
だが――
確かに、前に進んでいた。
この回で描いたのは、
技術の優劣ではありません。
「いつ、誰が、責任を取るのか」
それだけです。
鷹宮葵蘭は、
正解を守ることで、
鍋を壊さずにきました。
暁月大我は、
踏み込むことで、
鍋を変えようとしてきました。
一つの鍋に二つの思想が入れば、
本来は衝突する。
けれど、
役割を分け、
責任の所在を明確にしたとき、
初めて「踏み込み」は許されます。
それは、
信頼ではなく、
覚悟の共有です。
この一皿は、
まだ完成ではありません。
しかし夜月学園で、
正解と覚悟が
同じ火を見たのは、
これが初めてでした。




