クッキング6
(カレーの作り方について)
カレーは、簡単な料理だと思われがちだ。
切って、炒めて、煮込めば、
それなりの味になる。
だからこそ、多くの人が途中で考えるのをやめる。
だが本当は、
カレーほど工程の意味が露骨に出る料理はない。
油を先に温めるのか。
玉ねぎをどこまで炒めるのか。
肉を焼くのか、煮るのか。
スパイスを「香らせる」のか、「溶かす」のか。
順番を一つ変えるだけで、
同じ材料でも、まったく別の皿になる。
この話で描くカレーは、
特別な材料を使わない。
奇抜な技法もない。
ただ、
なぜその工程が必要なのかを、
料理人が理解しているかどうか。
それだけが、
味の差になる。
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第6話 クッキング6
――カレー対決
夜月学園で、
カレーは軽く見られがちだ。
家庭料理。
大量調理。
誰でも作れる――と思われている。
だが実際は、
最も誤魔化しが利かない料理でもある。
香り、温度、油脂、辛味、旨味、余韻。
一つでも外せば、すべてが崩れる。
「次の実技は、カレーだ」
教師の宣告に、
実習室がざわついた。
「条件は同一」
「市販スパイス使用可、魔力補助禁止」
「素材の持ち込みなし」
――逃げ場はない。
対戦相手は、
中等部上位生と高等部混成の即席チーム。
その中に、
**鷹宮葵蘭**の名があった。
「……また、あなたですか」
暁月大我は、苦笑した。
「偶然だ」
「カレーは、理論が最も素直に出る」
キララは淡々と言う。
「煮込み時間、スパイス配合、油脂の比率」
「正解は、もう出ている」
一方、
早乙女梓は、顔色が優れない。
(……匂いだけで、もう重い)
神の舌は、
煮込まれる鍋の数だけ、情報を拾う。
試食前から、
頭痛の予兆があった。
調理開始。
キララのカレーは、
無駄がなかった。
スパイスは既定量。
炒めは均一。
水分量も理想値。
誰が食べても、安心する味。
一方、大我は――
鍋を、すぐには火にかけない。
「何してる?」
「……油を、温めてます」
スパイスを入れる前。
肉を焼く前。
油だけを、温める。
香りが、立ち上がる。
「油は、味を運ぶ」
「ここで失敗すると、全部濁る」
キララが、わずかに目を細めた。
「非効率だ」
「はい」
大我は、認める。
「でも、カレーは」
「速さより、順番です」
完成。
試食。
キララのカレーは、
整っている。
辛味、甘味、旨味。
すべてが計算通り。
だが――
梓の舌は、震えなかった。
次に、大我のカレー。
一口。
「……っ」
今度は、悲鳴ではない。
静かな衝撃。
油が、香りを運び、
後からスパイスが追いかけてくる。
辛いのに、痛くない。
重いのに、次が欲しい。
(逃げてない……)
梓は、理解した。
このカレーは、
失敗の可能性を、最初から抱えた味だ。
評価。
「勝者は――」
梓は、迷わなかった。
「暁月大我」
キララは、頷いた。
「……理論外だが」
「否定はできない」
そして、初めて言う。
「そのカレー」
「再現できないのが、悔しいな」
大我は、少し笑った。
「俺もです」
夜月学園で、
最も身近な料理が、
最も危険な一皿になった瞬間だった。
(カレーという料理の本質)
カレーは、
失敗を隠してくれる料理でもある。
多少焦げても、
煮すぎても、
スパイスと油が、形を整えてしまう。
だからこそ、
本当に怖い。
工程を誤魔化しても、
それなりの味になってしまうからだ。
だが、
一つひとつの意味を理解して作ったカレーは、
食べた瞬間に違いが分かる。
香りの立ち上がり。
舌に触れる油の温度。
辛味が来る順番。
飲み込んだ後に残る余韻。
それは、
才能ではない。
考えた量の差だ。
この物語のカレーは、
誰かを驚かせるための料理ではない。
料理人自身が、
「なぜこう作ったのか」を
自分に説明できる一皿だ。
もし、
次にカレーを作ることがあれば、
工程を一つだけ、意識してみてほしい。
その一手間が、
料理を「作業」から
「選択」に変えてくれるはずだから…。




