クッキング4
夜月学園では、
料理は努力の成果ではなく、
生き残るための資格として扱われる。
才能があるか。
覚悟があるか。
そして――
失敗したとき、立ち上がれるか。
第4話では、
暁月大我が「評価されない理由」と、
早乙女梓が「評価しすぎてしまう理由」が、
静かにすれ違っていく。
まだ衝突は起きない。
だが、火種は確かに置かれた。
これは、
中等部という“正解の世界”が、
物語に影を落とし始める回である。
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第4話 クッキング4
早乙女梓の“神の舌”は、万能ではない。
そのことを知っている者は、夜月学園でも少ない。
味が分かりすぎる。
それは、余計なものまで拾ってしまうということだ。
「……また、か」
試食室で、梓は小さく息を吐いた。
皿の前に座ったまま、箸が止まっている。
味は完璧だ。
火入れも、魔力制御も、盛り付けも申し分ない。
なのに――
胸の奥が、ざわつく。
(怖い……)
この料理は、安全すぎる。
失敗しない。
誰にも嫌われない。
でも、どこにも踏み込んでこない。
神の舌は、
そういう料理に、はっきりとした“違和感”を感じ取ってしまう。
「梓、どうした?」
教師の声に、彼女は首を振った。
「……いえ。ただ」
言葉にできない。
味が多すぎて、逆に、判断が鈍る。
そのとき――
隣の席で試食を待っていた暁月大我が、口を開いた。
「その料理、たぶん……正しいです」
周囲が、ぴたりと静まった。
退学寸前の冴えない男が、
“神の舌”に意見するなど、前代未聞だ。
「でも」
大我は、視線を逸らさず続ける。
「それ、誰の料理でもいい味ですよね」
梓の指が、わずかに震えた。
「……どういう意味ですか」
「梓さんの舌なら、
この料理の欠点も、長所も、全部分かってるはずです」
大我は、少しだけ言葉を選んだ。
「でも、だからこそ……
料理人の覚悟までは、見てない」
ざわめきが起きる。
梓は、反論しようとして――止まった。
味は、分かる。
理論も、完成度も、すべて分かる。
だが――
その料理が「どこまで踏み込むつもりだったのか」は、
確かに、判断しきれていなかった。
「……あなた」
梓は、ゆっくりと大我を見る。
「怖くないんですか。
踏み込んで、失敗するの」
「怖いです」
即答だった。
「だから、今まで逃げてました」
大我は、自嘲気味に笑う。
「でも、梓さんに言われたんです。
俺の料理は、未完成だって」
その言葉が、胸に残っている。
「未完成なら……
踏み込まなきゃ、完成しない」
沈黙。
やがて、梓は箸を置いた。
「……そうですね」
彼女は、初めて迷いを認めるように言った。
「私は、味を守りすぎていました」
神の舌は、
時に、料理人の覚悟を殺してしまう。
それを指摘したのが、
冴えない男だったという事実に、
梓は小さく笑った。
「暁月くん」
「はい」
「次は……
一緒に、危ない料理を作りましょう」
退学寸前の男と、神の舌を持つ少女。
二人はこの日、
初めて“対等な料理人”として向き合った。
夜月学園の空気が、
わずかに変わった瞬間だった。
料理において、
正しさは強さになる。
だが同時に、
正しさは限界にもなる。
この話で描いたのは、
「完成度」と「踏み込み」の距離感です。
暁月大我は、
まだ一歩を踏み出せていない。
早乙女梓もまた、
分かりすぎるがゆえに、
安全な場所から皿を見ている。
そして、
その均衡を壊す存在が、
次話で現れます。
中等部首席――
鷹宮葵蘭。
彼(彼女)は、
正解を極めた者です。
だからこそ、
危うい料理を許さない。
第5話では、
完成度と覚悟が、
真正面からぶつかります。
よろしければ、
その一皿の行方を、
見届けてください。




