利己主義の影響(9)
(脱出3)
(アジア的な価値観)
(アジア的な世界観)
(脱出3)
コファの国立公園を左手に看ながら、彼等は、スワローズのキャンプ地として日本人にも馴染みのあるユマに到着した。
もう可也カリフォルニア州内なので心配は、何もなかったが、サンディエゴの空港迄の180マイル(290km)弱を3時間程度で着けば、ハワイアン航空のホノルル行きの便が、簡単に取れる事は、確認済みであった。
しかも、此処からは、日本に直接ネット経由の電話が出来る事も、分かっていた。
田中は、市ヶ谷の刈谷に脱出ルートの紹介をしていた。
ハワイには、日系の移民や、ヒューミントの家も多くあり、且つ、今、其何処も、蛻の殻、且つ、皆、ほゞ、山本の顧客でもある。
中には、日本人の裕福な層が持つ別荘もあり、彼等は、山本達が、一声掛ければ、別荘の状態を把握してもらえるので、顧客にとっても有難い提案だったろうから、泊まる事、滞在期間に関しては、何も心配は、無かった。
それ位、今の現地アメリカ人、特にハワイの低所得者層が構成する『アメリカ人の別荘管理人』を日本の富裕層は、信頼していなかったし、ヒューミントとしての、彼等の行動は、既に、秘匿の必要も無い事であった。
「まぁ、この件は刈谷と橋爪さんに相談後だな」
山本は、自身の存在を公にするか、否か。の判断は、政府次第、唯、何れにせよ『問題は、無い』と踏んでいた。
要は、彼等にとっては、潜水艦で帰るか、水上艦で、帰れるのか?『だけ』の話であった。
民間航空機が、使えない以上、国が責任を持って帰国の労を取ってくれるのか、という事だけであった。
日本とハワイ・グアム・サイパン等米軍基地が有る場所へは、内戦後、日韓以外にも、太平洋諸国の未だ、どの国の民間航空便も、オリジナルがアクティベートさせていたAI制御に依る、基地周辺の上空警戒装置の自動化後は、特に厳しく(手続きが面倒且つ、シビアで忖度なしに)なったので、米国領のポリネシアや、ハワイ向けの便を就航させては、いなかった。
この頃になると、太平洋軍を構成する兵員の半数弱は、地元に戻りミリシアとなっていたので、益々、自動化(省人化)されていた監視体制を解除する人員を避けてはいなかった。
只、太平洋軍は、除隊する兵員の装備の持ち出しだけは、携行火器も含め、アメリカとしては珍しく厳重に、規制した。
彼等は、刈谷経由で、橋爪から新たなる指令を受けていた、ハワイと同じ状況は、LAも変わらなかった。
LAの高級住宅地には、日韓の野球選手や歌手、役者、芸術家の自宅や別荘が有り、又リトルトーキョーは、日本政府にとってヒューミント拠点でもあった(彼等は、非公式な日本領事館とも考えていた)また傍には、リトルソウル(韓国人街)もあり、其処は、韓国にとっても唯一、同じような拠点でもあった。
「二億も払うなら、私達を使い倒そうって魂胆ね!」
キャサリンは、息巻いていたが。山本も田中も
「まぁ。然も在りなん」
と考えていた。実際アメリカの分断を肌感覚で感じられるのは、離島のハワイより、西の端とは言え本土大陸には、違いは、無かったし、彼等は、それなりの武装も、足も確保していた。
カリフォルニア州内の移動ならば、何という事も無かった。問題は、城(息子)に、当分会えない事。
それをキャサリンが、どう受け止めるか、だけであった。
田中玲子海上一佐は、陸自の田中の姉でもあった。
「橋爪陸将補。康夫がお世話になっております」
此れが橋爪に合う際の決まり文句であった。
彼女は遠くない将来、海自の女性幕僚(幹部)自衛官として全体の指揮を執る事が見込まれていた。
既に護衛艦や空母、そして潜水艦に女性を初めて搭乗させるミッションを熟していた。
刈谷に言わせると
「あんな美人が、独身のまま埋もれて行く、それが田中玲子」
と言わしめる程の美形の逸材であり、田中の姉(田中は、彼女の資金負担で、地元の県立高校そして一流大を卒業していた)でなければ。と言うエクスキューズが付く程の才媛であった。
東大法学部を好成績で卒業した、彼女の大学同期は、皆、良い処の妻か、それなりのキャリアを積んでいて、一人は、与党から出馬していて、総理のポジションを狙える衆議院議員の一人でもあった。
中でも、ミス東大とか天下の才媛と言われていた彼女が、キャリア(防衛省や中央省庁の幹部職員)ではなく、江田島の幹部候補生学校に進んだのは、全員が全員に驚きを与えた。
しかし、ちやほやされる事を嫌い、父を早くに亡くし、長女であった彼女は、入隊と同時に、公費奨学金の返済が、全額免除され、ボーナスを含む収入が得られる上に、衣食住が完備されている、しかも倒産のリスクはなく、定年も民間より早く、恩給や年金の心配もない、自分の専門性を活かせる職場として、自衛隊以外の選択肢を在学中から一貫して、考えてはいなかった。
三軍の中で、最も公平(ジェンダーによる差別が少なく)且つ、危険度が少ない(労務災害が少ない)しかも彼女の専門性が活かせるという消去法で、自衛隊現場の中で海自を選んだに、過ぎなかった。
優秀で、フォトジェニックな彼女は、海自一の広告塔でもあったが、彼女自身。
『其れを十二分に自認した上』で、活用し、とんとん拍子で、この地位まで駆け上がっていた。
只、その様な彼女でも、実戦的な部隊運用訓練に於いては、挫折を繰り返していた。
故に今回の弟のミッションを知った時、その動向や、齎される結果に関して、人一倍気にしていたのは、誰在ろう、彼女であった。
彼女のキャリア故に、彼女は、ホノルルやサンディエゴに知己が多い事は、前提であったが、今日、橋爪と刈谷が、此処に彼女を呼んだのは、肉親として田中の使用に関して、許諾を得る為のと、今後の展開に関しての、意見を聞く為でも、あった。
「田中海佐。わざわざお呼び立てして済まんな」
橋爪が、まずは口火を切った。
「いいえ」
「今日は、何処から?」
「はい横須賀です」
「あ!未だ市ヶ谷では無いの?」
橋爪は、ワザとらしく、聞いた。
「はい」
田中は、これ以上答え様が、なかった。
「まぁ掛けて」
橋爪は、自身の机の正面にある応接を挿した。
「失礼いたします」
「そう硬くならないで。では刈谷君。ご説明を」
「はい、一佐。既に弟さんから聞いていると思いますが、彼は今、元特殊群の山本巧夫妻と共に、アメリカに潜行しております」
やはり。と思ったが、表情は変えなかった。
「残念ながら、我が国及び、我国と定期航路を持つ、どの国も、今、アメリカ領や国内への就航便が無いのが、現実です」
「ただ、旧日米安保条約に基づき、在日米軍の地位や現状は、既知の通りで一佐を多忙にしている横須賀の自衛隊が、米海軍を横田と三沢の米空軍は、三沢・百里と此処で管理しております」
「第六、第七艦隊の主力は、現状、ホノルルの、インド太平洋軍の指揮下に在り、彼等は、ハワイ州知事(西部連合)の管理下にあります。従って、サンディエゴも現時点では問題は、ないか?と思います。実は、田中三尉は、サンディエゴに迄は、到達しております」
「『サンディエゴ迄は、到達』とは何処から、なのですか?」
「はっ!山本夫妻の故郷である。テキサス州のサンアントニオからであります」
「まぁ」
驚きは、しなかったが、一応驚いた素振りは見せた。
「そこでだ、田中一佐。彼等の脱出ルートに関して、海自の協力は、得られるか?と言うのが今日のテーマなのだ」
やはり。と田中は考え、実は幾つか腹案は根回しの上、持参していた。しかし此処は、陸自側の出方を見てみよう。
「サンディエゴか、ホノルル迄、彼等を迎えに行け?という事でしょうか?」
「ざっくばらんに言えば、そう言う事だ」
「単純に、うちの最も足の速い船(潜水艦)で、ホノルル迄一週間弱、サンディエゴ、ダイレクトですと、十日弱。見込んで頂ければ、有り難いですが、準備期間と、人員調整に数日は、欲しいかと。それと、横にある米海軍基地との調整も。」
「即決速攻が出来ないのは、判るが、今は平時では無い。と仮定して、その期間は、24時間で足りるかい?」
田中は、予め算段が、してあったし、根回しが有ったので『妥当な線を流石について来た』と思ったが、此処は
「日を改めての回答では、いけませんでしょうか?」
と答えてみた。とは言え、相手は、幕僚の中でインド太平洋軍総司令官のカウンタパートでもある事は、先刻承知していたし、刈谷は、元日米合同委員会のメンバーの一人な事も承知していたので、この回答で、許して貰える訳は無い。と踏んでいた。
「うーん、では明日のヒトマル、マルマル(一〇時)迄で宜しく頼むよ」
橋爪の答えは、田中の予想外に余裕をくれ、刈谷も何も言わなかった。
「ヒトマル、マルマル了解いたしました」
と言って席を立ち、同じ本庁舎内の海幕長室へ向かった。彼等の要求は、横須賀の潜水艦隊と、呉の特警隊を使いたい。という事だろう事は明確だった。この判断は一佐の階級で出来る判断では無かったが、米海軍の誰にコンタクトを取れば良いか、の判断は出来ていた『まぁその為に自身は呼ばれたのだろう』と判断できる金曜の午後であった。
「今日は、東京(官舎ではなく自宅)に泊まろう」
彼女は、気が楽になっていた。
「しかし噂には聞いていたけど、橋爪さんて(陸将補)、相手に有無を言わさない威圧感のある御仁だわ」
呟かざるを得なかった。康夫から、既に、無事を示すチャットは、オンタイムで、届いていた。
故に、左程危険な、特殊任務ではない事も、分かっていた。
彼等の母も、既に他界しており、康夫も、恋人はいたが、何故か?今未だ独身、彼等は、唯一の肉親でもあった。
「一丁、姉ちゃんが、一肌脱いでやるか」
田中一佐の、庁舎内での足取りは、軽かった。
刈谷は一連の会談内容を受けて、彼等のLA滞在日数を一週間と値踏みした。
サンディエゴからLA迄1日で行けたと仮定して5日間が探索機関であり、現地ヒューミントとの接触可能期間でもあった。その後LAからホノルル乃至はサンディエゴでピックアップ、その方法は、ゆっくり検討出来ると踏んだ。現地での行動に関しては、自分もコミットするが基本、上の判断に準じるしかない。
その為の最適解だけを用意すればよかった。
「気が楽になった」
正直な溜息のト書きでもあった。
石田と、山田は、官邸地価の危機管理室内にある、モニター付きの『小会議室』で、刈谷と橋爪に相対していた。
其処には、党派を超えた、今や山田の腹心ともいえる民〇党の外務大臣と、次官及び、同党出身の女性防衛大臣が、橋爪と刈谷の上役として同席していて、ソウルの大統領官邸とは、オンラインで結ばれていた。
防衛大臣により、山本等(田中)潜入させたヒューミントによる、此処迄の北米(南部連合の支配地)の情報の分析が大統領に報告されていた。
やはり、韓国側は、リトルソウル経由の情報しか手に入らず、それと同程度の情報を既に日本側は、把握していたので、韓国側は、驚きはしなかったが、彼等の生の情勢報告を面白く受け止めた様であった。
此処からは今日の本題で、日本側の潜入させたヒューミントの帰還とその間の、リトルソウル側のサポートの依頼が本題であった。
LA以外に、韓国の持つ拠点を日本側が把握し、それを山本等は、セーフティーハウスとして活用して構わないか。其の許諾が、テーマでもあった。50年前の福田元首相の発した、『一人の生命は全地球よりも重い』と言う基本理念は未だに日本政府にとっての『根幹思想』でもあった。
山本達の安全な回収は絶対であった。
この会談内容は、抜粋して、ASEANの関係国とカナダ、豪州やNZ、及び太平洋諸国にも、伝えられた。
日本側の、山本等の回収作戦は、こうして公の下、関係各国の協力を得て、準備(挙行)される事となった。
(アジア的な価値観)
沖縄県議会は、紛糾していた。
焦点は唯一、在沖縄米軍基地の兵士の素行に関して、で在った。山田が来県後、発表した内容に関し、その後、県内で起こしたあらゆる米軍兵士の事件は、例外なく沖縄県警の事案となり。在沖縄米海兵隊の憲兵(MP)は、あくまでも、県警察の隷下に立つ事が、求められていた。
しかし合衆国の混乱に乗じ、半年も経たず、沖縄の海兵隊員(一般兵卒)に対し、給与の遅配や、昇給昇格の停止が、現実問題として起こっていた。
これは、憲兵隊員に対しても同じで、其処に追い打ちをかける様な、ドルの下落。円で、しかも日本政府から、直接給与が、支給されている、基地内の日本人職員や、日本人の基地警備隊員が先ずは若い米兵の餌食となって行った。
そして憲兵隊員は、県警の捜査に対し、非協力的と言うより、全く対応していなかった。
しかし、今や、そのような状況が、基地外に、溢れ、看過できない状態になって行った。
しかも、質が悪い事に、彼等は、軍の装備で、勝手に武装し、その武力は、とても沖縄県警(警察の武装)では対処できない程度でもあった。
彼等は、自身の欲望を果たすためには、平然と制服警察官や一般市民を殺した後に、基地内に逃げ込んで潜んでいた。しかし、県警は、逮捕が主で、持つ銃も、彼等のボディーアーマ―や、ヘルメット等の軍規格で出来た標準装備の前では、直撃でも効果は、ほぼ無かった。
そして肝心の基地内の憲兵は、この専門性が問われる件に関しても、全くの非協力であった。
この様は、隣国のメディアが、面白おかしく、はやし立て(報道し)、尖閣や、領海侵犯の頻度も、この報道頻度に比例して、増加(増長)して行っていた。
韓国でも、同様な事案が、引き起ったが、日本以上の地位協定に改定された後は、警察以外に、韓国軍や、国軍の憲兵も総動員し、米兵による騒乱は、瞬く間に、鎮圧されていた。
仮想敵は、北に在る隣国。
とは言え、現状の戦闘能力は、核とミサイル以外、陸海空海兵共に韓国軍が、圧倒している。
故に、多少、韓国陸軍の能力を割いても、問題はなかった。
しかし沖縄は、地政学上(仮想敵も)、又、配備されている自衛隊の性格も、韓国の其れとは、条件(地位協定の内容)が異なり、警察が、独力で、対処せざるを得ないのが、決定的に異なる条件であった。
答えは、二派に分かれていた。保守政党を中心とする右派は、県警の能力向上(武装強化)で韓国を(表面的に)見習え。と言うモノであったが、県内世論は、ほゞ、海兵隊の県外移設(要は海兵隊の退去)であった。
左派は、県内世論をバックに、この措置を強く、同じ県内世論にバックアップされて当選している、沖縄県知事に求めていたが、彼は、二つの点で、その回答に逡巡していた。
そう。山田同様、彼と県(幹部以外に担当職員達も)は、国際情勢に関して、可也の見識を今や『得ていた』のであった。
しかも、現実問題として、先ず、沖縄の独立(辺野古の二の前は御免)と言う立場を貫き通すならば、海兵隊の退去費用のほぼ全額を県が独自で負担しなければならず。その跡地問題も、諸々の問題を抱えていた(今、基地の借地代金は、国が可也の部分で負担していたが、それが、全て県に伸し掛かって来る。そして、基地の跡地利用で、色々な思惑の調整も全て県に伸し掛かって来る)と言う点。
そして、海兵隊が、本土や、グアムに引き上げた後、沖縄の自衛隊及び県民が、覇権的な仮想敵国の思惑の最前線に、否応なしに、立たざるを得ない事が詳らかになる。という事であった。
一部隣国が作り上げたフェイクで、沖縄の独立(琉球国の再建)や、隣国との関係の見直し。という意見もあったが、香港や澳門の事例、台湾に執っている、隣国の対応を冷静に客観視できる県民に対し、そのベクトルは、全く訴求力を持たなかった。
抑止力としての、海兵隊の存在は、一朝一夕では、片付けられぬ程。県の深部に、食い込んでいる現実を前にして、彼等は、悩みを深めていた。
県知事は、官房長官に救いの手を差し伸べて貰うしかないと考えた。
彼は、いよいよ窮地に在った。
此の沖縄の事態は、石田政権でも、問題視されていた。
本土の在日米軍が、この件で、全く無関心と言う訳では無い事は、明白であった。
只、御引き取り頂くにしても、御残り頂く場合でも、何処の誰に、話せば良いのか?が、問題であった。在日米国四軍は、今や、誰が?最終指揮権(責任)を持つのか、当事者にも判らなかった。と言うのが、実態である。
故に、沖縄の海兵隊員を引き受ける本土やグアムなどの島嶼部にある管理施設の工事も止まっていた。
只、海軍は、少なくとも、インド太平洋軍が、管轄するらしい。在日米空軍は、その総司令官が、在日米軍全体の総指揮官でもある事から、海軍に準じるだろう。
しかも、沖縄でも、嘉手納に配属されている米空軍は、海兵隊の様な行動は、一切していなかった。
陸軍は、その実行部隊の殆どが、韓国に在り、これらは韓国政府がしっかり、グリップしていた。
問題は、海兵隊。しかも人員的にも、専有範囲的にも、人員も、若い兵卒で構成された陸上戦闘部隊だけ。
であった。しかも、その殆どが沖縄に集中していた。こ
れを自衛隊が、代替する事は、人員的にも装備的にも、そして決定的なのは、実戦経験に於いても、不可能であった。
しかし彼等の態度は、沖縄県民でなくても、日本国民が皆、看過出来ない事を行政側も在日米軍首脳部も、十分理解していた。
石田と山田は、特殊作戦群長と水陸機動団長から、現場の見解を聞きたいという形で官邸へ招いていた。
彼等は、橋爪の一歳下、で山本の退職時階級より二階級上。と言う関係性を持っていたので、話しは早かった。
只、二人共、見解は
「代替は、不可能で、存在の消滅が、(報道等により)明らかになった際は、隣国(仮想敵国)が、どう出るかは、火を見るより明らか」
であった。只、当座は、佐世保の水陸機動団のかなりの数が出張り習志野の第一空挺内の中央即応連隊がHELPするしかない。という覚悟は、部隊長として、腹を括り、決めていた。
だが一方で、各々の連隊の『機動的な配置』と『展開が可能』な様に、予算措置と法的な整備を、先ず、両名からは、念を押される始末であった。
又、当然本州(特に日本海側)や九州、そして北海道方面の警備は、手薄になる覚悟も、して欲しい旨、釘を刺されていた。
地元地権者との話し合いも『背広組は、担当出来ない』旨、しっかり通告されていた。
両名が退出後、直ちに田圃コンビは、電話を取り財務大臣と米軍関係予算を仕切る財務官、および今や山田の腹心とも呼べる民主党の外務大臣と、彼の腹心の外務政務次官を呼び出していた。
ここ迄のプロセスは、隅に座って、一言も意見を発せず、目立たない黒子に徹していた、一見すると、総理か官房長官の秘書官の様な形をしていた〇旗の記者が、全て記録にしていた。
「総理。おもいやり予算と言われる奴の、措置は、もう今後、考えなくても良いかと思いますが、其の減額分で、彼等の言う事が、可能かが、問題です」
山田は、石田の思っている事を、口に出して述べていた。
「うむ。只、総支出で、GDPの2%以上の壁は、超えたくはないな」
石田は、そう答えるしかなかった。また、在沖縄海兵隊は、沖縄本土だけでも20%弱。その専有地が、一気に無くなる訳では無いが、その跡地利用や諸々の費用が、幾ら掛かるのか?諸々関係者の思惑調整も含め、石田も山田も嫌な、想像しか、出来なかった。
既に、台湾やカタガルガン(フィリピン)、ベトナムからは、彼等に執っても仮想敵国が米軍のプレゼンスの激減や消滅に伴い覇権的な動きを益々エスカレートさせている事は、シンガポール等の中立的な国による国際際報道ですら、報道している。
又、欧州(NATO)は、其処迄、南シナ海問題に対して目配せをする必要も余裕も無く、米国と云う資金、実力両面でのスーパーパワー(プレゼンス)が無くなった今。対ロシア(ウクライナ問題=戦争)で手一杯と言うのが実情であった。
サウジアラビアを核とする南アジア諸国(中東)もイスラエルと、武装された跳ねっ返り原理主義者の動向と対応で手一杯。
元々が、国内向けの治安維持力しか持たないASEANの該当国等と、豪州.NZ(東南アジア条約機構/SEATO)を補完勢力と計算するのは、無理があった。
インド軍が、カシミール地域で頑張って居る(人民陸軍を釘付け状態にしている)ので、益々、両シナ海の動き(人民海・空軍)の動きに、加速度が掛かっている(歯止めが効かなくなっている)のが、現実であった。
大陸の共産党政府は、内政や、経済政策の失敗は、外交(武力)で、国民の目を眩ませる。と言う、権威主義国が、通常執る手段を弄している事は、十分判っていた。
一九世紀末の『帝国主義』により不当に奪われた土地の回復。
これに勝る権威主義国家の国民世論を恍惚感に浸らせるスローガンは、彼には思い付かなかった。
山田は、此処で、思い切った腹案を総理以下、首脳に打ち明けようと考えていた。
「皆様、ご多忙中、ご参道戴き、有り難うございます」
山田は、先ずは接頭句で皆を労った。
「さて、ご存じの様に沖縄問題は、喫緊の内政課題でもあります。ですが、総理とも認識を同じにしているのですが、此処で!在沖縄米海兵隊を沖縄県民の意の儘に、また米軍軍人の意の儘に、撤収させるのは、財政的にも、又、隣国の動きを鑑みても難しい事は、ご承知だと思います」
「そこで、私の腹案に関して、皆様の忌憚の無い、ご意見をお聞かせ頂きたい。と考え、此処に、ご参集頂きました。勿論、此れは、私個人の試案ですので、総理のお考えとは、全く別物ですし、皆様に、ご批判を賜り、叩かれる事を前提で、ご披露するので、宜しくご指導、ご鞭撻をお願いします」
石田も、山田が、此の様な『意見』を何の『前触れ(根回しや相談)』も無く、披露するのは、初めての事だったので、皆が、判る様に、驚いて見せた。
「さて、喫緊の課題は、台湾海峡及び、東シナ海近辺に、遊弋する『隣国の脅威』に、米国無しで、如何に、我々が、イニシアチブを取って、対応するか?と、云う事です。この件に関しては、外務省の皆様からは、既に多大なる貢献を頂いております」
「しかし、此処にかまけて居ると、北方のロシアの動きに対する『備え』が、疎かになる。と言う事が、懸念材料です。アメリカは、元々、昨今は、自国中心では、ありましたが、この内戦状態で、既にNATOの一員では、なくなりました。只、エネルギー問題を考慮して、一部、NATO加盟国は『ウクライナの犠牲を已む無し』として、戦争とも呼べる、この紛争状態からの、一刻も早い離脱を目指している事は、明らかでしょう」
「しかし、そうなると、ロシア(人)は、東に目を向け易くなります。これは、従来の、彼等の持つ、歴史観や行動パターンから鑑みて、100%間違いは、無いでしょう」
元々、歴史好きでもあった、外務大臣は、大きく同意の意志を示す様に肯いた。
「ただ一方で、我々は、先程、防衛省の、制服組トップによるレクにより、『一時的に』海兵隊の『代替』を自衛隊の実力部隊が為す事は、不可能ではないが、海兵隊の不在が、公になる事で、隣国が、どう出るかは、火を見るより明らか、そして北方への目配せは、確実に疎かになる。と言う見解も、得ております。又、自衛隊が海兵隊の代替をする為には、大胆な、予算措置と、法的、物理的な環境整備が必要と、依頼されてもおります。実際、今の我が国に、持って3ヶ月以上の継戦能力は、全くございません」
「私は、個人的に、憲法九条の『国権の発動 たる戦争と、武力による威嚇 又は武力の行使は、国際紛争 を解決する手段としては、永久にこれを放棄する』と言う、条文内容は、日本の背骨であり、死守しなければならない内容だと考えている人間です。しかし、故に、剥き身で構えている“某”の前に徒手空拳で居る事を『是』とする人間でも、ありません。相対的にケースバイケースで、対応すべき事も『ある』と思います。ですから私は、ミリオタである事を公言しておりますが、自衛隊の諸君に対しては、頑張って欲しいが、継子(扱いをせねばならない)である事は、甘受せねばならない。とも説いております」
石田は。この山田の件を聞き、彼の方をジロッと凝視し出した。
「少し前置きが長くなりましたので、本論に入ります。我々は、その能力を傾注して、ウクライナの正義を死守せねば、言い換えれば、ロシアをNATOの力を結集して、ウクライナの方向に釘付けにして措いて貰わねばならないと、考えております。一方で隣国には、沿海州を始めとする、現ロシアが、領土としている地域(沿海州・外満州)は、元来、香港同様に。要は、帝国主義時代に不平等条約で、不当に奪われた『領土』であり、隣国を構成する満州族にとっては、母なる土地でもあります。よって、その返還に、隣国が、関心を向ける様に、仕向けなければなりません。台湾や、九段線の内側を彼等が欲しているのは、帝国主義時代の不平等条約由来ではなく、我々西側が執る、貿易上、経済上の封鎖政策由来の彼等の猜疑心や、恐怖感から来るものです。しかし、その最も大きな旗振り役であった、米国は、今や、居ないのです。そうなると、彼等の視線の先に在るのは、我々日本だけでしょう。此の、我が国に対する、疑念や猜疑心の払拭。そして、この地域に於けるリーダーとして、傍若無人の様な立ち振る舞いを質し、隣国に、大人として、そう、知能と身体が充分に発達し、社会的、政治的責任を負うことができる国際人として、自覚を対等な隣国として促す事で、この地域の平和と、安定を維持継続する事が、我々が出来る、唯一の方法では、ないか?と思うのです。華夷思想は、この際だからすっぱり捨てて貰う事が必要でしょう」
財務官が、ポツリと呟いた
「夢物語だな」
それを受ける様に外務大臣も
「甘いな」
と呟いた。
「次官や、外相がお感じの通り。私もこの考え方は、甘い見込み、隣国が、性善説に在る。と言う考え方に、則った話だと思います。実際、隣国が、ウイグルや西蔵、嫌、香港や澳門で、其処に住む住民に強い、執っている政策を鑑みれば、この様な見解を出す事は、憚られると思います。しかし、これ以外の方法が、私には思い付かないのであります」
と言うと山田は、項垂れた。
「彼の国は、五百年前の、漢民族が起こした世界一の帝国である『明』の栄光を取り戻したい。と考えている訳で、百五十年前迄、大陸に在った、異民族、満人による帝国の『清』では無いのだよ」
外務大臣は、官房長官を諭す様に言った。
「漢民族の栄光で在って、女真族、満人の栄光ではない。そして更に質の悪い事に。八百年前、未だ我国が、ノホホンと和歌等を詠んで、内外の争い事は、見ず『内向き社会』であった平安時代、既に漢民族の国家『宋』は、金で、対外的な平和を当時の遊牧民。即ち武力面で勝った満州人から買おう(安定維持を図ろう)としても、相手が、自分達と同じ文化程度では、無い。要は、野蛮人だったならば、その行為は、愚かな『徒労』だったと、肌身で、知ってしまったのですよ」
外務政務次官は、外相のお気に入りらしく、歴史的背景を付け加えた。
そう、日本人は、元寇に対し、その気象・環境的な要因と、戦闘域の狭さ故に当時の武力で、たまたま排除できたが,八百年前の漢民族による広大な地続きの帝国であった宋や、朝鮮半島、そしてロシアは、彼等から看て、野蛮な民族達の武力で、完膚なきまでに、地続き故(戦闘域が広大故)蹂躙された記憶があった。
彼等は、特にロシア人は、その歴史的事実を忘れる事は、無かった。
そして万年野党、その立場を『由』として甘んじていた時代。しかも、少ない情報から、感情的、感覚的な批判しか、出来なかった野党時代、何故与党が、あれほどシャカリキになって、高い内外製。特に米国製の最新武器や、日米同盟に固執したのか?を政権側に立ち、始めて、その理由の基となる、秘密にされていた、近隣諸国の実相や、アメリカ、西側諸国の物事(世界情勢)の捉え方、実相や、実態、行政側が、作成した、彼等の考え方に関する分析結果を知らされた際に見せた、自党の古参議員や旧来からの古典的イデオロギーに執着していた党員のアレルギーに近い、あの“拒絶反応”を山田は、つくづく思い返していた。
悲しいが、実際の戦火の渦中にあった事の無い、自党の古参議員や、問答無用の平和主義者を彼は『お花畑に住む、性善説を信じ切った馬鹿者(冷徹な、現実から目を逸らす人)』と断ぜざるを得なかった。
勿論、実際、惨たらしい殺戮である戦争を如何に防ぐか?という観点を決して忘れてはおらず、戦争に至らぬような外交(話し合い)の重要性を隅に置く様な事はなかった。
只、原則は、原則。去れど、戦術的には、もっと現実的に考え、備えて置かなければ、何れ、勝者により、都合の良い様に、此方の善意は、踏み躙られる事は、人間の歴史が証明していたし、それは、つい先頃迄自身が強く感じていた。
だから、今の沖縄の大多数の県民は、その『お花畑主義』を希求しているに過ぎない。と感じていた。
その様な人種に対し、事実を知らせれば、相手は、相当なショックを受け、感情的な拒絶反応を示す事は、先刻承知の上でも、事実と分析結果を公表しなければならない事は、解っていた。彼は国民の成熟度を信じようとしていた。
しかし、一方で、それは、先方(仮想敵国)にも手の内(情勢分析能力)を晒す事を意味する事実も理解していた。
苦労して分析し、秘匿していた分析(情報)を表立って相手に晒す事は、其の作業に当たった人間(官僚機構)からの相当な抵抗が有る。
故に、今日は、外務次官と財務次官と言う、事務方の上に君臨するのツートップに、臨席して貰ってもいた。
「敵が、どの様な態勢を採って、我国に臨んでいるのか、それを詳らかにする事に、君達は、抵抗がある事は、十分理解している。しかし、この敵の実態の公表無くして、国内世論を一つの方向に向かわせる事は、我々には、不可能であるし、我々は、そう云う秘密を持たない政権である事が、期待されているのだと思う。勿論、事情をその儘、公表する事は、控える、しかし、実態が判る様にする事は、理解して欲しい」
山田は、外務次官と大臣の方を向いて、訥々と話した。外務大臣は理解を示したが、行政官のトップである事務次官によくよく講義を受けている外務政務次官は、モロに嫌な顔をした。
「唯、此の公表には、お金が掛かる。財政的な裏付けなしでは、出来ない」
今度は反リフレ派でもある、財務大臣とその部下に対して、山田は、訥々と語り始めた。
「防衛関係(自衛官と海上保安官)の人件費だけを上げる訳には行かない。之は、先程述べた私の信条に悖るからだ。しかし、彼等の待遇を改善しない訳には、行かない。せめて米軍軍人並みに待遇改善をね」
「故に、現業部門の人件費の一律値上げを要求したい。勿論、国営に限りだ、地方自治体の現業職員の待遇改善は、自治体ベースに任せる。という事でね」
「具体的には?」
財務政務次官が、大臣に代わって質問をして来た。
「国立研究機関の職員、国立の医療関係施設の看護職と職員。そして、これだけは、地方自治体ベースだからグレーなのだが、できれば、介護職に対する国関連の職員のみ税法上の待遇改善、それに繋がる、介護診療報酬の国費負担分の上昇だ」
「これを自衛隊職員と出来るだけ同一ベースになる様、上げたい」
「財源は、如何お考えですか?」
財務政務次官が、再び、大臣に代わって質問をして来た。
「まぁ、議員定数の削減と歳出削減(中央行政のスリム化)が第一だな。具体的には、国の省庁の数、勿論、職員も半分位に減らす。まぁ官僚と国会議員の大リストラだな」
左翼政党の出身者でありながら、山田は、事も無げに言い放った。
「実際、地方で、司るべき事を国が、出しゃばり過ぎている。と私は思っている、国が最終的に責任を持つべきは、外交と防衛、基本、内政に関しては、ほゞ、地方に任せ、国の規制は、出来る限り排除すべきだ」
「まぁ、せいぜい、社会福祉と、消費者保護、憲法二五条に記載されている『全て国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、全ての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない』と言う観点から、どうしても、既存省庁で、残さざるを得ない『内務関係』と、なるならば、消費者や弱者救済に主眼を置いた、セーフティネットとしての厚生労働行政と、非効率(すぐに換金できない)科(化)学文化行政に環境関連行政位で、構わないんじゃないかな?」
「但し、残す省庁には、その政策決定や実行プロセスに於ける、完璧な透明化は、求めるけれどね!特に問題の多い厚生労働行政には、この意思の徹底を求めるつもりだよ」
この山田の発言は、彼が所属する政党の其れとは、大きくずれ、どちらかと言えば、石田の考える『地方分権』と『自由主義』に近かったので、石田は、大きく頷きながらも、内心では、驚きを隠せなかった。
「あ!それと、省庁の幾つかを残すとしても、彼等からは、大きく権益(規制)を削いで、透明化に伴いスリム化させるけれどね。此れで、国の歳出のかなり、特に補助金とか、公共事業費用の大本である、地方交付金とかは、削減いや消滅できるだろう。但し、財務省所管の財源(収入源)の多くは、不正。まぁ関係各位に対する、贈賄とか汚職監視の業務、それと脱税監視を除き、地方にほぼ一括移譲して貰いますけどね。さて此のベクトルを発表して、どの様な化学反応が出るかは、見物ですね。総理」
山田が、言いたかった事の本質は、此処に在ったと、石田は、得心が行った。
しかし、財務省側は、二人共渋い表情を崩さなかった。
「解散か?」
石田は、言い放った。
「御意」
山田は、笑って(茶化した様に)答えた。
「しかし法制度を、悉く変えなくては?」
外務大臣が、その様な空気感を否定するかの様に真面目な顔で、質問すると、
「それに関する細目は、解散後の国会。立法府で決めれば、良いだろう?彼等の任期は、二年と決めよう。我々が否定されるか、既存勢力が、否定されるか、我々の考え方が否定されれば、潔く下野しよう。只、現下の海外情勢を国民の前に詳らかにした後、国民の皆様が、その様な、断を下す事は無いと信じたいが」
石田は、呟いた。
「二年後。と言うとその費用は?」
財務政務次官が、恐る恐る質問をして来た。
「馬鹿野郎!なんの為のマイナンバー(カード)なんだよ、ありゃ『保健証』以外に使い道は、無いのか?二年後の総選挙時には、あれを使って選挙事務費用を1/10以下にして見せる。何処ででも、誰もが、公平公正に選挙権を行使できる為の国民総背番号なんだろう?あの“ICチップ”の入ったカードって、あらゆる行政費用の『削減』と、公平性と、透明性・正確性の担保。それを効率(無駄な税金を投入せず)良く進めるのが、その主眼。で、あんなに、容量がデカいのだろうが?」
山田は、財務政務次官に言い放った。
「それを解り易く説明して、我々の統一の選挙公約(政権のマニュフェスト)の一つに掲げよう」
石田は、ポツリと呟いた。
「デジタルデバイトと呼ばれる、老人等の、IT化の本質が判らない人の、手当てだけだよ。君らの仕事は。金を掛けるんじゃねぇぞ。で!ジイ様バア様達を一人も漏らすなよ!しかし君等は、基本“やれない・出来ない理由”を考えるのが得意だな!どうやったら出来るかに、知恵を絞れ」
外務大臣が、だめを押した。
「個人情報と、この貴重なビッグデーターの『セキュリティー保持』に関しては、専門の民間人の知恵を借り、そのプロセスも、詳らかにする事は忘れないで下さいね!総理」
山田は、最後っ屁を放った。
「そうなると、省庁の総数は、減らしても、この件に関する専門人員は増やさなければ、ならないな。財務大臣」
反リフレ派の財務大臣は、頭を抱え、同席していた財務官は、熱心にメモを取っていた。ただ、パイは小さくなっても、割る頭数を減らす方向の“この方針”だと、役所に残る、基幹業務に携わる彼等(行政官)の処遇や待遇は、今よりも、かなり上がる事。だけは、『確かだ』と、彼等は確信していた。
「働き方改革。ってのは、こうやって進めるんだよ」
山田は、実務を担当する。財務官や政務官に向かって言い放った。これは彼等に対する公約でもあった。
この石田政権の『大行財政改革案』は、翌日の三大新聞や日経、〇旗のトップを飾り、細目に関しても諸々メディアによって推量され、記事化され、都市圏住民とそれ以外の住民、関与する職種の違い、与党と野党、最終的に国民全体の議論が沸騰する処となった。
(アジア的な世界観)
中南海で、宋総書記は、悩んでいた。
全人代で任期制限を撤廃し、独裁制を敷いた前任者の引いた路線は、あくまで台湾の統一と近海の領海。
華夷思想の具現化であったが。現実問題として、此処を武力で占拠した場合の海外市場。特に、西側と彼等が呼んでいる最も大きな、消費市場から自国製品が、レッテルを付けられた上で除外される影響は、間尺に割に合わない。と実感していた。
ロシアの様に、総人口を十分食わせる以上の、食糧生産力が有れば、そして競争力のある潤沢なエネルギーが算出できれば、、世界、特に西側の市場から受ける経済制裁を無視出来ただろう。
唯一、世界が欲し、競争力のあった、希土類も東アジアの国々や台湾が、その存亡を掛けて、代替品を開発している『結果』が出始めていた。
今は、エネルギーや食糧資源程の『価値』を持たなくなって来ていた。付き合い上、現体制維持の為と言う理由で、彼等の味方をしては、来たが、実際、彼等は、我々を十分、満足させるだけの市場では無かった。
世界第二位の、消費市場規模を誇る隣国インドとの関係も、ロシアとインドの関係程、芳しいモノとは言い切れなかった。
其処へ来て、自国産品にとって最も大きい市場が、内戦により、完全に閉ざされ、混沌としてしまった現状。
EUは、ベルギーを核として、ドイツや北欧、そして昔、東側及ばれた諸国がエンジンとなって、旧植民地で、過去に行った、帝国主義的な非礼を英仏両国に強いて、詫び。
最期にスペインとポルトガル。そして、オランダとバチカンが、過去の行いを詫びた。
その様な『公正さ』を表立って掲げたEU内で、ドイツや北欧、そして、旧東側及ばれた諸国の第一次産業の従事者が、民主主義の最後の『砦』と、自身を自認し目覚めた結果、EU域内の利己的な権威主義的勢力が駆逐された。この時期の、この流れは大きかった。
ドイツやイタリアからの強い働きかけから、バチカンも、五百年前の、彼等の伝統文化や言葉を奪った祖先の非道をアフリカや南米各国のインディオと呼ばれた人々に向け、正直に詫びた。
結果。彼等の再建には、植民地を持たなかった中欧や東欧、北欧の強い意志の下、EU加盟国も、公平公正な態度で、臨み、財政負担も、国力に応じて拠出した。
此の様な、米国の現状態度を反面教師とした様な、EU加盟諸国の態度表明(要は、中欧の農民層から自然発生的感情的に出路した、ネオナチと呼ばれた右翼反動勢力の一掃)の結果、非イスラム教圏の『アフリカの市場価値』は、以前とは、比べ物には成らない位に、加速度的に無視出来ない規模に成長をし始めていた。
又、ブラジルを中心とする南米諸国は、従来から、有望なマーケットであった。
しかし、今や其処からもこのEUの態度表明により、アンフェアな我々は『疎外』され始めている実感が有った。
彼等もEUの執った対応・態度を肯定的に捉えていたので、我国を米国以外で『潜在的』な(イデオロギー的な)脅威とも認識していた。
其処に、西側から覇権主義・権威主義国と言う有り難くないレッテルを貼られている我国が単独で、食い込むのは、その上、過去の自国政権の冒した『多重債務の罠』と言う国際的なレッテル。
要は、途上国全般域で信用を完璧に失墜させた『ミス』のせいで、西側諸国とそのシンパである国々・地域からの理解と、協力を得ずに、単独で食い込む事は難しい(無理)だろう事は、容易に、想像がついた。
要は、赤字こそ供しても(資源や食料は買えても)彼等から得られる果実は無い(彼等は我々の産物を欲しない)。と実感できていた。
隣のASENA諸国の中でも、自国がコントロールできる傀儡政権は、市場規模が小さく、緩衝国として存続させる(軍事政権に対する武器援助)程度の負担が“せいぜい”であった。
ASEANで、市場と呼べる経済規模を持つ国々は、自身が、南や東シナ海で執って来た行為や、行動基準により、自国と、既に生理的な領域迄、反目していた。
しかも、その核には、日韓両国と言う。アメリカに継ぐ、自身が従来採ってきた価値観とは、全く相容れない、元々は属国と見做していた、自由で民主的な国家が強力な壁として立ち塞がって居た。
そして核心的利益と位置付け、属領と見做す台湾がいた。
彼の喫緊の課題は、既に世界的な金持ちとなった、主に上海以南の湾岸に在る、一部特権階級を打破し、多民族国家である我が国で核を占める国民階層の平均所得を今の倍程度に上昇させる事だけ、と云って良かった。
出ないと、我が国の国是『一党独裁』は、内側から、綻び始め、そう時間を置かず完全に滅び、国内は、二百年前の収拾の付かない多極化(軍閥や財閥の割拠)。それに伴う国民間の貧富の格差の拡大。
要は、今のロシアの様に民間の新興財閥勢力のような人種階層に良い様に、分割され餌場にされ、統一した政体は維持できなくなる状況に、舞い戻る可能性が増す事が、何よりも怖かった。
通信等の環境を幾ら厳格に、切り離し、監視しても、人の動きや考え方の自由は、止められず。絶え間なく、国家や地域間を往来し、最新の(自由な)考えを学ぶ階層人口が増え、比例して、多様な考え方を絶え間なく流入させている現状で、この体制の維持は『困難』と感じ始めていた。
特権階級は、其の財力(や武力)にモノを言わせ、党の『指導』の抜け道を探す、そして、此処(大陸)から資金を抜いて、自由が担保されている地域へ逃げ出し、最期は、党の指示など全く無視して、好き勝手を『是認しろ』と騒ぐ。
そう、我が民族は、元々が本質的に『自由人』であった。
その様な『自由な』考え方は、伝染病以上の速度で、国内に蔓延し、一般国民の思想を犯す。
それを引き締める為の政府の行為は、西側から見て、権威主義的、独裁と取られても、仕方が無かった。
そうしなければ、列強の民間資本や国内で目鼻の効く輩(新興財閥勢力)に執って、我が国民国土は、美味しい『餌場』になる事は、火を見るより明らかであった。
その、先にある最大の失敗例が、元アメリカ合衆国と呼ばれた地域の内戦と宋は看ていた。
その様な時に韓国大統領から、三ヶ国の定期首脳会談の期日に関して、スケジュール相談の、電話が入って来た。
彼の代になって、国内に設置されていた『米国製』の、THAADミサイル用のレーダーを米国の内戦と言う外的事由はあったにせよ、無力化させた事を宋以外の頑迷な共産党指導部も、高く評価していた。
只、彼等が欲する、最先端技術の、移転や、輸出は、多くの西側諸国の例に漏れず、現韓国大統領の代に、より一層厳しくなり、結果として、対韓貿易は、大幅の黒字にはなっていた。が、彼等が欲する最先端技術で構成されている、高付加価値な最先端商品は、このルートからの直接入手が、米国や、EU、日本由来の精密機器と同様に、完璧に閉ざされ、型式遅れの装置が、第三国経由で、しかも中古品しか、入手できなくなっていた。
只、殆どの世界(民需)は、彼等の欲する、最新技術で構成された高付加価値(高額)なモノではなく、安くて頑丈な、生活向上に繋がる、手が届く価格帯の耐久消費財を未だ、欲していたのが、救いではあり、其れこそが、対韓(西側)貿易黒字の源泉であった。
唯一(国民)監視用のAI機材のみが、彼等の販売するモノの中で突出した先進的な技術の塊(高額な商品)で有ったが、それを完璧に無力化する技術は、既に、西側により研究開明されていし、西側は、その機器に搭載されている『バックドア』の危険性には、十分留意していた。
要は西側の重要市場からは、それらの関連機器は、一切排除されていた。
宋は、韓国大統領から、という事で渋々、三ヶ国の定期首脳会談の開催に応じた。
外務大臣は、今回の訪韓が前回(最初の)訪韓とは異なり、歓迎されている事が、肌身で判った。
生卵を投げつけられる事もなく、空港での出迎えには、韓国の外務副大臣が来ており、あの有名な反日新聞の自分を取材した記者が、最前列で彼を待ち構えていた。
彼は、予め用意されていた宿舎や、外交部に行く事も無く、直ちに大統領執務室へ向かった。
今回は、首相の親書も持参し、かなり突っ込んだ意見交換を予め大統領とし、この後訪韓する首相の露払いが、主目的でもあった。
「大統領お忙しい中、お時間を割いて頂き、恐縮です」
何時もの接頭句から外務大臣は切り出した。
「いや、貴国との関係は、今や我が国に於いては、最もプライオリティが高いので、当然です」
大統領も。内外の記者向けの美辞麗句で返答して来た。
此処からは、韓国外相と通訳のみを介した、プレス関係も除いた三者会談が始まった。
「大統領。我国としてはロシアの動向が現状では最も懸念される事です」
「と言うと?」
大統領は、隣国ではないのか?と言う驚いた表情を見せた。
「我々の見立てでは、アメリカが居ないNATO(EU)は、一枚岩を維持する事に汲々としていて、ウクライナとロシアの問題に対する関与が、主に財政的な理由で手薄になって来始めている、言い換えれば、植民地を持たなかった旧東側のEU加盟国は、今、インドが、独占している、ロシア産のエネルギーの供給を自分達もインド並みに受けたい。と真剣に考え、故にウクライナ=他国の問題は、二の次にしよう。としている節が、見られます」
「既にアフリカと言うニューフロンティア市場に彼等は、精力を傾注したい。と言うのが、ウクライナやロシアと国境を直に接していない彼等の中の主に旧東側国家の本音でしょう。貴国の情報筋は、どの様に、大統領に、報告を入れておりますか?」
大統領は、何時もながら、此の隣国の外務大臣の忌憚の無い意見には、驚かされていた。
「オイ、アン・ソクジュを呼べ」
彼は、通訳の人間に命じNSC(国情院)のトップを呼び出させた。という事は、彼自身、其の手の分析結果を未だ、セクショントップからは、受け取っては居ない事を意味していた。
院院長には『手短に』韓国語で、山岡(外相)の見立てが報告され、彼等の得ている情報の開示が、大統領より求められた。
「外務大臣。我が国も同様な見立て迄はしていますが、その先が有るようなので、未だ、国情院としては、分析見解を私共(政権中枢部)に迄は、上げていなかった。と申しております」
外務大臣が大統領に代わって答えた。
「そうですか、済みません大統領、貴国の院院長も外相も英語が堪能なので、此処からは英語でストレートに質問させてください」
外務大臣は、そう言うと、英語で話をし始めていた。大統領も英語は理解していたが、彼の通訳は日本語以外に、英語も堪能である事を日本の外務大臣は、予め把握していた。故に、この通訳官は大統領への通訳になっていた。
「ダイレクター(院院長)貴方の部下の見解を貴方は、把握していますか?」
「YES」
「そうですか。では、その前提で貴方にお尋ねしたい。もし、ロシアが、クリミアや、ドンバスを併合する形で、矛を収める事が出来たら、彼等は、次に何処に向かうとお考えですか?」
「東でしょうか?」
「そうですね。我々もそう考えております。彼等が、ウクライナやクリミア、ドンバスを違法占拠する際に使用した武力行使の為の理由(口実)は。ご存じですよね?『ロシア(の居留)民族の保護』でしたよね。そうウクライナ人も、彼等に言わせると、元々は、ロシアの先住民族なのですね。その保護の為の武力行使は、正当である。と言うのが、彼等のロジックなのです。可笑しいでしょう?納得できないでしょう?」
「YES」
「如何ですか、外務大臣?この内容は、大統領も、理解も納得も出来ない『論理構成』でしょう?」
「多分彼等は、この方法論で、故に、樺太や沿海州部に住む先住民族も『ロシア国民である』と言う口実で、北海道のアイヌの保護。とか言って、我国を攻める口実にして、正当性を主張するでしょう」
「ただ貴国も、所謂『歴史歪曲(history distortion)』と言う問題を隣国と抱えている事は、承知しております。故に、かつて、沿海州地域に在った、貴国の英語名の起源ともなった『高句麗/ゴーゴリヨ』や『渤海/ボハイ』そして『清』の起源ともいえる女真人/ジョルチン(満州人/マンチュリアン)との関りに於いて決定打とも成る、この地の帰属に関して、宋総書記にイニシアチブを取られる事態は、本意では、ないでしょう」
大統領は、此処迄の日本人の話を聞き、彼の歴史的見識の深さに驚いていた。
「しかし大統領。そして外務大臣に問いたい。貴方方は、同じ言葉を話す、地続きの隣国。これを、現実問題として確実に経済的に抱擁する力が有りますか?貴方の党から出た、前の大統領の様に、考え無しに、感情的に、今でも、対北朝鮮融和派ですか?この答えが、未だYESであるならば、私は今から帰国の準備をせねばなりません」
この、最後の件では、恫喝に聞こえぬ様に、相当、気を遣った。しかし彼等は、沈黙を続けた。
そこで彼は、トーンをかなり変えて、再び話し始めた。
「私、個人の事を少し話しましょう。私は民◇党員ですが、今や穏健な革新ではなく、そう自由主義者に近い考えに変わって来ています。これは、我が政権の、石田首相の考えに共鳴している。と言う事です。権力は腐敗する。と言う、彼の考えの下、大きな政府、賢人が、下々を指導する等と言った『尊大な』物の考え方を志すのではなく」
彼は、今回は胸ポケットから煙草を取り出す仕草する事もなく、只単に、一息を継ぎ、手元に用意された韓国産の水を口に含んだ。
「彼は、何かに『固執する』事も、無いでしょう。全てに於いて絶えず我々は『是々非々』の立場は、崩しません。この方向性で、貴国の歴史教育や、今迄の反未来志向の政策には、苦言を呈してきました。そう、一言で表すならば『小中華思想(小華夷思想)』とね。世界の中心は、貴国ではない。貴国は、日本海を東海と、黄海や、東シナ海を西海と呼ぶ事を何か?国際的に強要している様ですが、その様な考え方や、態度は、貴国の内包する小中華主義的性向として、我々は、断固拒否し否定します」
結局こうなってしまった。元々、敬愛する、金大中・廬武鉉が採ってきた太陽政策にシンパシーを感じていた大統領としては、この隣国外相の見解に関して、異論が有った。
「それは今夏の話と何か関係が有るのですか?」
韓国外相は、素直な感想を述べた。
「すみません、つい感情的になりました。言いたい事は、此処は一旦、お互いの主張、矛を引っ込めて、プライオリティの解決に、協力しましょう。という事を、我国の首相は、私に託したのです」
「プライオリティ?」
大統領は、尋ねた。
「はい我国が考えるプライオリティは、ロシア勢力の、この地域からの排除です」
外務大臣は、きっぱりと答えた。
「ほう」
韓国外相は、驚きの声を上げた。それが、韓国に執って、どの様なメリットが有るのか?が、理解できなかったからである。日本の外相は、我国の主張を悉く排除した上で、自国の権益にのみ協力せよ。と彼は、受け取っていた。
「間も無く二回目の三か国首脳会談が、北京か何処かで開催されると思います。が、我々は一致して、今、考えや内政で、行き詰っている。と思われる宋総書記に対して、ロシアへの協調姿勢からは、何も得ない。事を説明し、納得させなければ、成らない。と我が国首相は、大統領に協力を要請しているのです」
「ただその前提として、貴国が内包する『中華思想(小華夷思想)』を排除して頂きたい」
「何故?」
韓国外相は呟いた。
「はい、外相では、説明させて頂きます。我々は、一致協力し、ロシアのこのエリアからの排除、その先頭に北京に立って貰う事で、世界。特に西側と呼ばれるEU等の国々に対し、我々東アジアの三ヶ国は、公平で公正なグループである。と看過してもらう必要があります」
「この先頭に、我が国が立つ事は、歴史的経緯からも、有りえません。貴国も、実力不足でしょう。只、貴国は漁夫の利を最も得る事が、唯一可能だと思っております」
「漁夫の利とは?」
「少なくとも名誉。そして多分貴国は、このグループの名目的な支柱と成れるでしょう」
「ほう、『名目的支柱』ね?それにどの様な『得』が、有るのです?」
「例えば、東シナ海、貴国風に呼ぶならば『西海』上で貴国が領有権を争っている『離於島』(Socotra Rock)の問題。我が国の『竹島』、貴国風に言えば『独島』問題などは、貴国の主張に折合う形で、妥協する事も出来るでしょう。但し、その際は、貴国を中心に据えた呼称でもある、東海とか西海などは、此のベクトルで、綺麗さっぱりと、忘れて頂く事にはなると思いますが。まぁ、そもそも、我々の内海をどこかの国が、独占する事自体、もうナンセンス。と、お考え下さい。三ヶ国が、共同管理の上で、日本海や東シナ海の水産資源や水質管理を強化する以外にはない。その姿を世界に見せつける事が、肝要と云うのが、我が国の考え方です」
「只その際、ロシアには、そこからは、退場頂き、貴国にはそのイニシアチブをとって頂く。要は、隣国は、構成国で『あって』あくまで“ワン・オブ・ゼム”のポジションで居て頂く。という事です」
「なるほど(アイゲッソー)」
其処に居た韓国人の口からは、ハーモニーの様に此の韓国語が、吐かれた。
「このイニシアチブを採るのが、我が国だと?」
「そうです。貴国で、なければなりません。そうなれば、三ヶ国会議の方向性の決定は、大統領の手腕に委ねられる事になると、石田は、考えています。その考えの方、方向性の『摺合せ』準備として、私は此処に派遣されているのです。歴史的に見て彼等が、九段線や尖閣等の地域に関し、領有権(国民)に固執して主張していたのは、其処に眠る資源。でしたが、今や其れは建前で有り、彼の国民も地球環境全体を俯瞰して地球環境の保全は考えなければならない。危機感を、実生活の中で体感しているでしょう」
山岡は再び、一息を継ぎ、手元に用意された韓国産の水を口に含んだ。
「我々にとって、彼等の仮想敵国である、アメリカ合衆国のプレゼンスは、今や、この地域から無くなりつつあり在ります。よしんば、名目だけリベラルを掲げた権威主義者や、民族主義勢力が、合衆国に代わり、此処の治安維持や、権益保持を、と考えても、今迄、合衆国が担って来た通りに引き受ける事は、考え難いでしょう。ですが、香港や澳門返還に見せた、大陸側の熱狂、歴史的な屈辱を払拭した高揚感は、彼等も、未だ忘れてはいないでしょう。大統領には、恩讐を超えて、彼等に、その点を突いて欲しいのです。そう。ロシアから不当な条約で奪われた領土の返還。それに伴う、ロシア系の、この地域からの駆逐をです。多分、事が上手く進めば、モンゴルや今、九
段線問題で揉めて居る、越南、カタガルガン(フィリピン)も、このベクトルで進める『提案』には、乗って来る。否、乗り易く
なると思いますし、EUも、その隠された真意を理解すれば、協力を惜しまなくなる?でしょう。その指揮は、大統領の『手腕』にかかっていると思いますし、事が成就した際の、貴方方の世界的な地位と名声は、確固足る物となっていると考えております。其の上で、価値観を共有する、台湾や、宋総書記の『国』が抱えている西蔵やウイグル。そして、その他、多くのシベリアや、中央アジアの、旧ロシア支配地域の諸民族問題に関して、我々なりの『解』を与える事を、その具体的な内容(方向性)を首相は、大統領と話し合いたいと考えております。結果、隣の大国が、貴国にとっても安心・安全な市場に、再び成る。いや変われると思います」
彼は、一気にまくし立てた。
外相、大統領そして此処に国情院のボスが、居て、彼の言葉を直に聞いていた事が、重要であった。と、帰国後、外相は、首相に報告していた。
この方向性が上手く進めば、在日や在韓米軍の撤退もスムーズに行える。此の点も、この考え方の裏に、隠された、思惑で有る事は、日本の外務大臣は、敢えて、未だ、説明に加えなかったが、韓国側の首脳の脳裏には、既に想起されていた。
会談は、和やかな雰囲気の中で、予定時間を少々オーバーしたが、無事終了した。
「我国は、徹底的にサポート側に回る。決して矢面には立たない。で構わんのだな?」
と言う石田の問いに、山田は、深く頷いた。山田の世界観では、未だ、戦後の客観的、世界が認める形での総括を終えていない日本が、この地域でドイツの様なプレゼンス、矢面に立つ事は、論外であった。
「未だ未だ、雌伏の時です。総理」
山田は、言い放った。




