0.0822
――――――静かだ。聞こえるのは自分の息遣いと、誰かが駆け寄る足音だけ。右手が震える。じんわりと痛む!スイッチを押したという、確かな痛み!やった!やったぞ!やってやった!
「やってやったぞみんな!魔法使いを!俺が!」
宮田さんが俺の右腕を掴み引っ張る。
「山浦君救急箱!そのまま桐生さん呼んで来て!」
「まったくこいつは…一応すぐ車出せるように言っときますよ」
「よろしく!」
「……さて、海野。色々言わなくちゃいけない事はあるけど、ひとまず移動しよう。いいね?他の子たちは悪いけど、一旦廊下で待機して」
宮田さんが静かに怒っている。怒るとハッキリした口調になるんだな。でも――
「もうどうでもいいですよ!やり遂げたんだから!」
「……はぁ、こいつは重症だ。そのうち痛むよ、色々と」
「歩けるね?こっちに行くよ」
そのまま引っ張られる。連れてかれた先の部屋は窓が無く、机と折り畳み椅子、それと書類が入っている本棚がある程度の簡素な部屋だった。この部屋でお説教ってか?クビだろうがなんだろうが、やりきったんだからもう怖いものはない!
「元は作戦立案とか情報共有とかをこの部屋でしてたんだけどね。今は立派な資料部屋さ」
「ここはコントロールセンターからしか入れないから、ここで大人しく待つとしようか」
「はっ!クビならさっさとクビにしろってんだ!」
「……人がいない間に少しだけ話をさせてもらうけど、僕たちは君に何があったのか、全部知ってる」
「全部ぅ!?大きく出たもんだな!いい加減なことを――」
「いいかい?魔法使いの話をすると視野が狭くなることも、なぜそうなったのかも、全部知っているんだよ。この職場が特殊なことは君もわかるだろう?そんな環境にね、身元が不明な人間を置いておくほど適当じゃないんだ、この職場は。少しでも制御しやすくなるなら、過去くらい調べるさ」
「まぁ、君の嫌いな山浦君はまだ知らないよ。知れるようになるには、色々条件があるんだ」
「そんな話をしておいてなんだけど、それでも僕たちは君の、君たちの味方だ」
「味方だぁ?それこそいい加減だろうがよ」
だんだん右手の痛みが強くなる。内側からズキズキと痛みが走る。
「そもそも、味方も敵も、もう関係ないだろ!?俺が全部終わらせてやったんだから!」
「というかそんなモン隠してたなら言えよ!」
痛みに考えがまとまらなくなる。
「まったく、何が魔法庁だよ!ひっくり返りすぎてもはや表まであるだろあんなん隠し持っておいてよ!」
口から言葉が止まらない。俺はこんなことを言いたいわけじゃねぇ。そんな目で見るな。結局はお前らもアイツらと同じくせに。
「だいたいよぉ、この組織だって――」
「海野は無事か!ってお前、顔色悪すぎだろっ!」
桐生部長が部屋に入ってきた。筋肉の声が頭に響き、頭が痛くなる。
「うるせぇ!こっちはケガ人だぞこの野郎……」
「おいおい自業自得がなんか言ってんな!まぁ俺にそれだけ言えんなら無事なのか?」
「山浦君、呼んできてくれてありがとねぇ」
「いっすよ。ついでに竹田さんいたんで、他の人たちは別室で顔合わせしてもらってます。宮田さんはもう怒ってないんですか?もうちょいシバいてもバチは当たらなさそうですけど」
「まぁ怒ってはいたけど、流石に可哀そうになってきてね?」
山浦から受け取った救急箱で、宮田さんが処置をする。渡された痛み止めを飲む。
「手の方は湿布だけで問題なさそうだね。市販の痛み止めが効くかはわからないけど、飲まないよりはマシでしょ。君みたいな子は特にね、海野君」
ふっ、と山浦が鼻で笑う。帰れよ。
「じゃあスイッチについてだけど……僕から話しちゃっていいですか?部長」
「おう、いいぞ」
そう桐生部長が言うと、宮田さんは俺に向き合いながら話をつづけた。
「さて、まずは海野君にとって一番重要なことから話そうか」
「まずあのスイッチは、すべての魔法使いを殺すためのものじゃない」
なん……だと?
「いや、待て、宮田さん、あんたは確かに『こいつを押したら魔法使いが全員死ぬ』って――」
「……君は話を最後まで聞くということを覚えるべきだ」
「あれは魔法使いというものすべてを殺すのではなくて、現対の魔法使いを殺すために用意された最終手段なんだ」
「そんな馬鹿な……」
「そんなも何も、そもそもなんで全国、全世界にいる魔法使いをどうやってあのスイッチひとつで葬れると思ってるのさ。いくら魔法庁でも、さすがに無理でしょ」
……いや、冷静に考えれば確かにそうだ。いくら魔法が使える世の中だからって、魔法使いに限定した殺戮装置なんかあるわけない。
「じゃ、じゃあここの魔法使いらは死んだのか?なぁ?」
「……ふたつ目に、あのスイッチはA級権限以上を保持した3人のパスが無いと起動しないようになっているんだよ」
はぁ?
「海野君。現対の魔法使いを殺すってのはね、理由が何であろうと人殺しに変わりないんだよ。そんなスイッチが野放しにされているわけないよね。特にここは思想の強い人が来やすいんだから、尚更ね」
「……」
「最後に、あのスイッチに取り付けられているカバーは、上開きなんだよ」
「ふっ、もうだめだわ面白過ぎるあっはっはっはっは!」
山浦が爆笑している。
「カバーぶち割って押すとか、漫画の読みすぎだろ!いや最近の漫画でもそんなシーン無いぞ!あの厚さのアクリル割るってどんだけ馬鹿力なんだよ!」
「うるせぇよ……」
終わった。完全に終わった。1人の魔法使いも殺せず、この事実に右手の痛みすら無くなった。こんなことしでかしたんだから、クビ確定だ。
「で、だ。海野」
桐生部長が話を引き継ぐ。
「本来なら謹慎なり解雇なりの処罰があるんだろうが、そんなもんは無い!実害もカバーの破損と、誰かさんが怪我したくらいだしな」
「ただ、それだと煩いやつも出てくるだろうから、ひとつ条件を付けようと思う」
「……なんですか」
それはな、と言う部長はにやにやしている。あ、これダメなやつだ。
「俺の言うことに1回だけ無条件に従うことだ!」
「パワハラじゃねぇか!」
おいおい、体育会系も真っ青になる脳筋部長だぞ……もしかして俺は一番しちゃいけない借金をしてしまったんじゃないのか?
「安心しろ、無茶なことは言わん。大抵はな」
隣にいる山浦が可哀そうな目で俺を見ている。マジでうざいが、……マジでやばいのか、この借金。
「――ま、難しいかもしれんが、お前は冷静になることが目下の課題だな。腐っても鯛なんだ。やればできるさ、何事もな」
「じゃ、竹田に待ってもらうように頼んでるんでな。俺らは行くから、がんばれよ!」
「海野君、もうあんなことしちゃだめだからね」
部長と宮田さんが出ていく。
「……あんたも出てけよ」
「その前にひとつだけな」
「窓際君さ、そのままだと本当に死ぬか、死ぬほどつらい目にあうから。俺勘が良い方だからさ、なんとなくわかんのよ。だから、"人だから""魔法使いだから"で区別しない方がいいよ。それだけ」
「窓際って呼ぶな!」
名前で呼ばれるような活躍してみるんだな!と巫山戯たこと吐かしてヤツは出て行った。区別がどうとか、不可能だろうがそんなもん。あいつらにヒトの言葉は通じねぇんだよ。
山浦が出て行ってから間髪入れずに、ドアをコンコンと叩く音がした。
「し、失礼します!」
そう言って入ってきたのは――
「――なんだこのガキィ!?」




