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ゼウスとハーデース

〈舌頭にて小春小春と弄ぶ 涙次〉



【ⅰ】


ルシフェルは夢を見た。ルシフェルでも夢は見るのである。(黑ミサ- 格から云つて魔界次期盟主はルシフェルに決まつてゐたが、これをやらない事には正式就任は決定しない。で、悦美、憎つくきカンテラの妻、* 翔吉とやらを孕んで、臨月だと云ふ。彼女の腹を断ち割つて、血まみれの胎児を取り出す- これを黑ミサの「演し物」にする事、それはルシフェルの念願だつた。血みどろの夢、まことにルシフェルの見る夢として相應しい...)



* 當該シリーズ第89・92參参。



【ⅱ】


だがカンテラ一味のブロックは固かつた。* 遥か昔からの念願は、叶ひさうにない。それでは- 黑ミサ祭壇としての代役を立てなければならない。ふと、冥府の木場惠都巳の事を思ひ出した。血みどろではないが、死者の祭壇と云ふのも一興であらう。ルシフェルはがばと起き上がつて、** 大天使のなりに化けた。



* 前シリーズ第51話參照。

** 當該シリーズ第143話參照。



【ⅲ】


惠都巳は大天使時代に戻つたルシフェルを歓迎した。「あら、ルシフェルさん。お久しぶり〜」。何の疑ひも持たず、彼女はルシフェルの存在を受け容れた。「思ふところあつて、魔界は棄てたのです。これから隣人としてまた宜しく」-勿論、これは噓である。ルシフェルは惠都巳を安心させて置いて、彼女を拐かすのを狙ひとしてゐた。「哲平さんは、如何なさつたのです?」-「哲平ちやん忙しいのよ〜、今インドに飛んでるの〜」-戀人・枝垂は、ヤマハEC-06と云ふ今季発賣の電動スクーターの予約をする為に、現地法人と掛け合つてゐる眞つ最中だつた。(これなら、カンテラに通告される事もない。邪魔者が片付いたところで-)



※※※※


〈外よりも部屋暖かと云ふ日には晝寢叶はぬ何故とも知れず 平手みき〉



【ⅳ】


ルシフェルは「物體浮遊術」を使つて、惠都巳の凍り水を張つたバスタブを持ち上げた。「あらあらあれ〜?」惠都巳は慌てたが、後の祭り、である。その儘彼女はバスタブごと魔界に連れ去られた。これに氣付いた冥王・ハーデース、怒り心頭である。彼は、惠都巳と枝垂カップルを、實の孫のやうに可愛がつてゐた。



【ⅴ】


直ぐに、ハーデースの弟・ゼウスがルシフェルを追撃した。文字通り*「雷を落とした」のである。だが、ルシフェルのガードは堅固で、いかづちを以てしても、魔界はその営為を變へる事なく、黑ミサに向けて、準備を着々と進めてゐる- 其処に、枝垂が帰つて來た。「ハーデース様、惠都巳は!?」-「それが-」-斯々然々。枝垂は半狂乱になつた。ハーデース、急ぎ「シュー・シャイン」を呼んだ。「カンテラ、此井に、褒美なら幾らでも取らす、惠都巳を元通り冥府に帰してくれ、と」



* ゼウスは雷神である。



【ⅵ】


「シュー・シャイン」經由でその話を聞いたカンテラ・じろさん、「こりや大變だ」。一度ルシフェルの黑ミサの祭壇となると、人間の女はルシフェルの愛人と化すのである。カンテラ、テオに調べさせて、ルシフェルがだうやら「物體浮遊術」を使つて、惠都巳の身を拐帯した事を突き止めた。



【ⅶ】


「ならば-」とカンテラ。彼は杵塚のアプリリアSR-GTにタンデムすると、「急げ、杵。事は一刻を爭ふ」-「ラジャー」。で、「方丈」に籠もつたカンテラ、「物體浮遊術返し」を展開、「思念上」のトンネルから、惠都巳とそのバスタブが出て來るのを見届けた。



【ⅷ】


じろさん「ちとおイタが過ぎたやうだな、ルシフェル」-カンテラ・じろさんコンビ、魔界の黑ミサ場を滅茶苦茶に壊した。「糞、俺の黑ミサ場が-」とルシフェル、云つても、最早時既に遅し。澤山の【魔】逹が犠牲になつた。ルシフェルの野望の為に。



※※※※


〈冬日差し誰ぞのマスターピース哉 涙次〉



【ⅸ】


惠都巳は無事、ハーデースと枝垂の手の許に帰つて來た。「惠都巳〜」躰が濡れる事も構はず、惠都巳を抱き締める枝垂。ハーデースはにこやかにその2人を見てゐた。


「これで良し、とするのは早計かな」とカンテラ。じろさん「ルシフェルの黑ミサからは、俺逹の係累の女性は遠ざけなくては。その點で成功だつたと云はうよ」


ゼウスが一味を代表してカンテラに禮を述べた。「お主ら、我ら神を凌駕した働きは、儂は忘れんぞ」-カンテラにして見れば、ゼウスの力などより、ハーデースの富、である。冥府にまた、平和が訪れた-


お仕舞ひ。


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