表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼女たちは、平気じゃない。  作者: 杞憂谷


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/2

シオン編

訓練場に響く足音は、金属的でありながらどこか優雅だった。アンドロイドたちが一糸乱れぬ動きで訓練プログラムをこなす中、一機だけが群を抜いている。彼女の動きは、計算され尽くした精密機械そのものなのに、なぜか有機的な躍動感を帯びている。


……すごい。でも、どこか危うげな完璧さだ


私はメモ帳を握りしめ、観察席の隅で記録を取っていた。今日の任務は、候補となるアンドロイドに目星をつけること。確かに、この圧倒的な格差の前では、自分の評価力に不安はある。でも―


私がスカウトしても、きっと…いや、でも……。


呟きかけて、首を振る。卑屈になるのはもうやめよう。この研究所で成績が振るわないのは事実だけれど、それでも私はここにいる意味を探したい。


視線を向ければ、他のアドミンたちも一様に彼女に見入っている。しかし、彼らの会話はどこか冷ややかだった。


「あいつはやめといた方がいいぞ」


「そうだな、『問題児』って呼ばれてるらしい。前任のベテランアドミンと大ゲンカして、契約解除されたんだって」


「まぁでも、あのスペックはどうだろうな。性格を差し置いても余りあるんじゃないか?」


胸がざわつく。噂は聞いていた。最近入所してきた、桁外れのスペックを持ちながら、協調性ゼロのアンドロイドがいるという。


手元のタブレットで彼女のデータを確認する。


【《SH-10N》 シオン】

身長:164cm

入所日:2093年4月13日

出所日:2094年4月12日

メーカー:Nadir Works

備考:全ての能力において規格外のハイスペック。ただし、協調性無し。自己の判断を優先し、他のアンドロイドを危険に巻き込む可能性有。取扱注意。


……彼女は、誰にも理解されていないのかも。


ふと、そんな思いがよぎる。この完璧なスペック表の向こう側に、もっと別の何かがあるような気がした。


訓練終了のブザーが鳴り響く。アンドロイドたちが一斉に出入口のゲートへと向かう中、シオンの周りにはすぐに人だかりができた。複数のアドミンが我先にとスカウトをしている。


しかし、彼女の表情は曇っている。むしろ、諦めに似た表情を浮かべている。


…ダメ元で、声をかけてみよう


胸の高鳴りを抑えながら、一歩踏み出そうとしたその時、シオンの視線が、人垣の隙間からまっすぐに私を捉えた。


っ!?


思わず目が合ってしまい、慌てて視線を逸らしそうになるが、こらえる。心臓がドキドキと騒ぐ。なぜ私を見ているのだろう?


視界の端で、彼女が動いた。アドミンたちの輪を、無造作にかき分けるようにして。


「ねぇ、キミ。私のアドミンになってくれない?」


澄んだ、しかしどこか期待を含んだ声が、私の真上から降り注いだ。


私に……?


ゆっくりと顔を上げる。そこには、琥珀色の瞳を細めて、どこか探るような表情をしたシオンが立っていた。


「っ!?は、はい!なんでしょうか?」


声が少し上ずってしまうが、今回は逃げない。


シオンは少し首をかしげると、口元にほのかな微笑みを浮かべた。


「聞こえなかったかしら?」彼女の声は柔らかく、「私のアドミンになってって、言ってるの」


「あ、えっと…」


咄嗟のことで理解が追いつかない。


「なんで…私なんですか?」


シオンは無表情のまま、淡々と事実を述べる。


「キミなら、私のやり方に口出ししなさそうだから。その方が都合がいいの」


その言葉が胸にじんと刺さる。


確かに私は、アドミンとしての力量は未熟で、意見を言うのも苦手だ。


それを見透かされているのが情けない。


けれど―もしかしたら、彼女は私のそういう部分を見越して、逆に私を選んでくれたのだろうか。


「えっと、本当に私でいいんですか?実績のある他のアドミンもいるのに…」


「私は私のやりたいようにやるだけ。私が戦果を上げるから、あなたはただそれを見ていてくれればいい」


「で、でも…」


一瞬迷ったが、深く息を吸う。確かに未熟だけど、この出会いには何か意味があるはずだ。圧倒的な実力だが、性格に難があるアンドロイドと、成績の良くない私。もしかしたら、お互いを高め合えるかもしれない。


「わかりました。私があなたのアドミンになります。精一杯…サポートさせていただきます」


「えぇ、よろしく。私は《SH-10N》シオン」


その言葉とともに、シオンの口元にかすかな、しかし確かな微笑みが浮かんだ。


――

私たちはアドミンルームに戻っていた。


シオンはすっと椅子に腰かけ、涼やかな目で私を見つめる。


「今後のことなんですが…」私は慎重に言葉を選びながら口を開いた。「さっきの訓練を見ていて、いくつか考えがあって――」


「その必要はないわ」


彼女の声は優しくも、しかし確かに私の言葉を遮った。


「あなたの意見は要らないの。とにかく私を戦場に出して、あなたはただそれを見守っていてくれればいい」


「そ、そんな…」


アドミンとして、まったく信頼されていないのだろうか。胸が少し痛んだ。


しかし、これからシオンと共に歩んでいく以上、私は彼女の信頼を勝ち取らなければならない。


「分かりました。まずはおっしゃる通りにさせていただきます」


「それでいいのよ」


「ただ、一つだけ約束してください。どうしてもという時は、必ず私を頼ってください。私はあなたの味方ですから」


「そうならないようにはするわ。でも…万が一そうなったら、頼るわね。では」


そう言うと、シオンは軽く手を挙げて別れを告げ、アドミンルームから颯爽と出ていった。


――

その後、私はシオンのことをもっと深く知りたいと思った。


前任のアドミンに連絡を取って、話を聞いてみようとした。


しかし、あっさりと門前払いを食ってしまった。


「もうあんな欠陥品に関わりたくない」


それが、彼の口にした唯一の言葉だった。


確かにシオンには協調性がなく、これまでスタンドプレーが目立っていた。おそらく彼女は、誰のことも信じられずにいるのだろう。


だが、前任者のあの一言は、私の胸の奥で何かを燃え上がらせた。


「そんな…そんな言い方、ないでしょう」


声は思わず強くなり、熱を帯びているのを自分でも感じた。


「私があの子を、きっと導いてみせますから」


そう言い放つと、私は踵を返してその場を去った。


啖呵を切った以上、もう後戻りはできない。


アドミンルームに戻った私は、シオンの過去の訓練映像や戦闘データを徹底的に分析することにした。


――


数日後、衝撃的な事態が発生した。


アドミンルームで、戦場に赴いたシオンの戦闘を視界共有モニターで追っていた。


シオンは文字通りの一騎当千ぶりを発揮していた。彼女の動きは流れるような美しさで、敵の攻撃をかわし、精密無比な射撃で次々と標的を仕留めていく。戦場を疾走するその姿は、まさに戦闘の芸術と呼ぶにふさわしい。


しかし、その完璧な連続攻撃の最中、味方のアンドロイドと進路が重なって激突してしまう。


「!」


モニターの映像が激しく揺れる。


そのほんの一瞬の隙を突かれ、敵部隊からの集中砲火を浴びせられた。


「シオン!?聞こえる!?応答して!」


私は思わずモニターに手を伸ばし、叫んだ。


しかし応答はなく、モニターは静かに真っ暗に変わった。


――


しばらくして、シオンは回収ドローンによってアドミンルームに運び込まれた。


その姿は無残で、全身の装甲には無数の傷が刻まれ、所々で肌装甲が剥がれ落ちている。左腕は肩からもぎ取られ、右足は膝から先が失われていた。


冷たい床に横たわる彼女の姿に、私は駆け寄った。


「シオン!返事して!」


跪き、彼女を抱き起こすようにして声をかける。


「ふふ、やっちゃった……」


かすれた声ではあったが、彼女の口元にかすかな笑みが浮かんでいるのが見えた。


よかった、コアユニットは無事なようだ。これなら部品を交換すれば修復できる。


「待ってて!今すぐ直すから!」


私は必死の思いで工具箱を手に取ると、修復作業に取りかかった。


棚から予備の左腕、右足、そして大量の交換パーツを抱え、シオンの傍らに置く。工具箱を開け、損傷箇所の修復に着手する。


「ここまで酷いと、直らないわよね。諦めて、廃棄処分にしてちょうだい」


「そんなことできるわけないでしょ!私が必ず直すんだから、静かにしてて!」


シオンの設計データや身体機構については、ここ数日で徹底的に頭にたたき込んでいた。廃棄なんて絶対にさせない。


深呼吸して心を落ち着かせると、一つひとつ順序立てて作業を進めていく。


「ねぇアドミン、目の下にクマができているわ。どうしたの?」


「なんでもないよ。ちょっと夜更かししてただけだから」


「そっか……ごめんね」


シオンは何かを察したように、かすかに微笑んだ。


シオンの損傷は予想以上に激しかった。外見からも十分に深刻だったが、背中のパネルを開けて内部を確認すると、さらに悲惨な状態だった。


それから二日間、私はほとんど飲まず食わず、眠りもせずにシオンの修復に没頭した。


その間、私たちはたくさん話をした。シオンのこと、私のこと、前任者のこと――お互いを理解し合うために、言葉を交わし続けた。


そしてついに、シオンは自力で立ち上がり、数歩歩けるまでに回復した。


「よかった……これで最低限の機能は回復したね」


「ええ、ありがとう、アドミン」


「うん、どういたしまして」


私はモニター前の椅子に深く腰かけ、背もたれに身体を預けた。疲労が一気に押し寄せてくるのを感じる。


シオンが何か言いたげに、もじもじとしているのが見えた。


「……何も、言わないの?」


シオンが恐る恐る口を開いた。


「えっと……何が?」


「その、私……アドミンに迷惑をかけてしまったから……」


「シオン……大丈夫だよ、私にできることはこれくらいだから」


「ううん、そんなことないわ!ごめんなさい、私本当に……」


俯いて口を閉ざすシオン。


私は椅子から立ち上がり、そっと彼女を抱きしめた。


「うんうん、失敗くらい誰にでもあるから、落ち着いて――」


その瞬間、目の前が急に暗くなり、意識が遠のいていくのを感じた。


――

気がつくと、自室のベッドの上だった。


シオンがベッドの傍らで、心配そうな表情で私を見つめている。


「アドミン、よかった……目を覚ましてくれたのね」


「うん……シオンが運んでくれたの?」


「ええ、急に崩れ落ちたから、本当にびっくりしたわ」


「そっか……ありがとうね」


少し間が空いた後、シオンが静かに口を開いた。


「アドミン、私……これからどうすればいいのかな」


「どうするって……何の話?」


「これ以上、あなたに迷惑をかけたくなくて」


「……シオン、迷惑なんて気にしなくていいんだよ。だって今、私がここで休んでいられるのも、シオンが助けてくれたおかげだし……お互い様だよ」


「でも、アドミンは私のせいで倒れたじゃない」


「シオンのせいじゃないよ。むしろ、私がきちんと意見を言えなかったから、あんなことになったのかも……」


「……アドミン、これからは……少しだけなら、あなたの意見も聞いてみるわ」


「少しだけか……でも、それって大きな進歩だね。えへへ」


私は安心したように再び目を閉じた。


――


翌日、私たちはアドミンルームにいた。


「ねえアドミン、今日の訓練はどうする?」


「うん……新しいパーツがまだ完全に馴染んでいないだろうから、今日は軽めの訓練にしよう。焦らずにね」


「そんなの気にしなくていいわよ。多少の――」


「シオン……?」


私が真剣な眼差しで見つめると、シオンは少し不満そうな表情を浮かべた。


「……わかったわ。今日は軽い訓練で」


「えへへ、ありがとう。わかってくれて」


「あなたが私のアドミンで……よかったわ」


「急にどうしたの?」


「別に……ただ、少しだけ信頼しているのよ、アドミン」


「うん!少しだけね。じゃあ、行こうか」


私とシオンはアドミンルームを出て、並んで歩き始めた。肩と肩が触れそうな、ほどよい距離を保ちながら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ