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彼女たちは、平気じゃない。  作者: 杞憂谷


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アズサ編

第七訓練場。強化ガラス越しに、広大な戦場を模したエリアを見下ろす。無機質な廃墟や障害物が配置されたその空間で、数十体のアンドロイドたちが訓練に勤しんでいた。


様々な色の戦闘服に身を包んだ彼女たちは、整然と、そして効率的に動く。何体か統率の取れていない機体も見受けられるが。


「バディを選べと言われてもなぁ……」


俺は思わず呟く。確かに見た目はそれぞれ少しずつ違う。銀髪、金髪、栗色の髪。背の高い子もいれば、小柄な子もいる。だが、データ上での性格や基本スペックに多少は差があれど、そこまで気にならない。


いくつか目立って高性能な機体もおり、他のアドミンたちは釘付けになっているようだ。


結局、俺に残されるのは二番手、三番手以降の子たちなのだろう。


「……一旦、宿舎に戻って仮眠でもとるか」


訓練が終わるのを待って、適当に声をかけよう。そう決めて、俺は訓練場を後にする。面倒なことは後回し。それが俺の流儀だ。



――



「――ッ!」


何かの弾けるような電子音で飛び起きる。ぼんやりとした視界で時計を確認すれば、時刻はもう二十時四十五分。


「……寝過ごしたか」


訓練はとっくに終わっている時間だ。この時間では、さすがに居残り訓練をしているような几帳面な機体もいないだろう。また上官に「迅速な行動を心がけよ」と説教を食らうことになるのか。


「……仕方ない、一応、顔だけでも出してみるか」


訓練場に足を踏み入れる。薄暗い広大な空間には、もはや誰の気配もない。風が空き缶を転がす音だけが不気味に響く。


「……やっぱり、無駄足だったな」


そう思ったその時だ。


廃墟エリアの入口付近で、ちらりと人影が動くのが視界の端に入った。


「……あれは?」


注意深く見てみると、一体のアンドロイドが、小さく息を弾ませながら基本動作の反復練習を続けていた。彼女は俺の存在にも気づかず、ひたすらに前を向き、後ろを向き、規定の動作を繰り返す。


俺は壁に掛かった連絡用の無線機を手に取った。


「――こちら第七訓練場管理。もうすぐ二十一時です。訓練場は完全に閉鎖されます。熱心なのは評価しますが、規律は守るように」


無線から聞こえた声に、彼女は小さく跳ねるように驚き、すぐに姿勢を正した。


「はい! すみません! ただいま退出します!」


そう言うと、彼女は廃墟の影から小走りに現れ、出入口のゲートまで駆け抜けた。


そして俺の前でぴたりと止まり、深々と頭を下げる。彼女の肩まで波打つ、亜麻色の髪がふわりと揺れる。


「大変失礼いたしました! 直ちに宿舎へ戻ります!」


「あ、いや……まだ閉鎖時間前だから。邪魔して悪かった。君、名前は?」


彼女は顔を上げ、はっきりとした口調で答える。


「いえいえ、とんでもありません! 私は《AZ-03》アズサと申します!」


俺は腰のタブレット端末を手に取り、彼女のデータを呼び出した。


【《AZ-03》 アズサ】


身長:153cm


入所日:2093年3月18日


出所日:2096年3月17日


メーカー:SILVERLINE Dynamics/シルバーライン・ダイナミクス


備考:近接・遠距離戦闘能力ともに凡庸。出力は平均以下。努力家として知られる。


……そこまで高性能ってわけでもない。


そして、強制出所日まで、残り数カ月しかない。


この施設では、入所から三年経つと、戦果を挙げられなかったアンドロイドは強制的に「出所」させられる。その後の行き先は、おそらく……。


「こんな時間まで居残りとは、随分と頑張っているんだね」


「いえ、私には……もう、後がありませんから」


彼女は小さく肩を落とし、俯き加減になる。その仕草は、どこか人間の少女のようだった。


「そうか……。それで焦って、居残り練習に励んでいるのか」


「いえ! これは習慣です! ここに来た初日から、ほぼ毎日続けています!」


「なるほど。……なんでそんなに頑張るんだい?」


「私より性能の高いアンドロイドは、たくさんいますから!私みたいな機体は 強くならないと、役に立てません! そう思っていたら、気づけばもう三年が……あっ」


彼女は慌てて口を閉じた。もう言わなくても分かっている。時間が迫っていることを。


「そうか……」


俺は少し考えた。確かに、優秀な機体をスカウトして早く戦果を挙げるのが、アドミンとしての出世の近道だろう。データ上、彼女は明らかにリスクが高い。


しかし――


目の前に立つこのアズサというアンドロイドを、このまま見過ごすことだけは、どうしても腑に落ちない。この三年間、ほぼ毎日、誰にも見られずに続けてきた努力。そのひたむきさは、スペックという数字には表れない、確かな「何か」だ。


胸の奥で、微かな熱が灯るのを感じた。


……よし。


「アズサ」


「はい!」


「君の、アドミンにならせてほしい。……俺とバディを組んでくれないか?」


「……ええっ!? それって、まさかスカウトってことですよね!?」


彼女の瞳が、驚きと期待で大きく見開かれる。


「ああ、そういうことだ。俺と一緒に、戦場を駆け回ろう」


「は、はい! 是非お願いします! ありがとうございます!」


アズサの顔に、ぱあっと笑顔が咲いた。その表情は、まぎれもなくプログラムされたものではなく、心からの喜びに満ちていた。


――


翌朝、早くから俺のアドミンルームにアズサを呼び出した。


彼女の訪れを知らせるアラームが静かに鳴る。タブレットでドアのロックを解除すると、アズサが入口で緊張した様子で立っていた。昨日の戦闘服から、標準的な訓練着に着替えている。


少しばかり浮ついた様子で、きちんと敬礼をする彼女に、思わず笑みが零れる。


「入っていいよ。今日からここはアズサのための部屋でもあるからね。これからは勝手に入ってもいいから」


「あ、はい! 私、アドミンルームって初めてで……」


彼女は慎重に一歩を踏み出し、部屋の中を見渡す。壁一面のモニター、無造作に置かれた工具類、所狭しと並ぶ精密機器――彼女の目が好奇心に輝く。


「こんな風になってるんですね! モニターや部品がたくさん!」


「そうかそうか……。慣れないだろうけど、くつろいで」


「はい! 分かりました! お言葉に甘えて……」


アズサはソファへ向かい、その感触を確かめるようにそっと腰を下ろした。革張りのソファがきしむ。彼女の仕草には、どこか人間の少女のような慎ましさがあった。


「改めて本日から、よろしくお願いします!」


深々と頭を下げる彼女。その姿勢には、昨日と同じ、いや、それ以上の決意が感じられる。


「ああ、よろしく」


さて、本題だ。


「アズサ。君は、努力し続けていたのに能力が向上しなかった理由が何か、考えたことはあるか?」


彼女は少し考え込むように俯く。


「えっと……学習モデルとか、そもそものパーツの性能とか、だったりですかね?」


彼女の声には、長年それらを自分の限界として受け入れてきた諦めに似た響きがあった。


「うーん、そういった部分もあるかもしれないね。けど……」


と、俺は言葉をわざと切る。


「けど……?」アズサが顔を上げる。その瞳には、わずかな期待が宿っている。


「間違った努力をしていた可能性があるんじゃないかな」


「間違った努力……」彼女は自分の手のひらを見つめながら、その言葉を繰り返す。


「様々な機体がいる中で、アズサは“他の機体”に劣らないように努力していた。それは良いことだよ」


「はい! ありがとうございます! 周りに負けないように意識して直しました!」


その純粋な反応が、逆に胸を締め付ける。


「基礎能力の向上は大事だからね。それは正しい努力だったのかもしれない」


俺は一呼吸置く。


「けど、何が“間違った努力”だったのかは、これから俺とアズサで見つけ出して、改善していかないといけないね」


「そうですよね……。効率よく学習して、改善点を見つけて、直していく。理にかなってると思います! ……でも、どうすれば……?」


一人でやってきた彼女には、その「方法」自体が分からなかったのだ。


「そうだな……」と、俺は核心を示す。


「一度、アズサには戦場に出てもらおうと思う」


「えええ!? いきなりですか……?」彼女の目が見開かれ、声のトーンが一瞬で上がる。不安と期待が入り混じった表情だ。


「うん、大丈夫だよ。たぶん……」


「たぶんってなんですか!?」


「君がこれまで積み重ねてきたもの、そして君自身が本当は何ができるのか――それを一度、この目で見てみないことにはね」


アズサはしばし沈黙し、そしてゆっくりと顔を上げた。その瞳には、不安を振り払うような強い意志が灯っていた。


「……わ、分かりました! 頑張ります!」


――


戦闘後。


アドミンルームのドアが静かに開く。そこに立つアズサは、まさにボロボロという言葉がふさわしい状態だった。


戦闘服はところどころ破れ、焦げ跡が無数に走り、左肘の関節部からは細かい火花が散っている。彼女は俯き、肩を落とし、小さく呟いた。


「……ダメでした……。全然、役に立てなくて……」


その声は、これまで見せたことのないほどに力なく、打ちひしがれていた。


「まずは修復だ。工具とパーツは自由に使ってね」


「……はい」


アズサはうなずき、工具箱に向かう。慣れた手つきで工具を手に取り、自身の損傷部分の修復を始める。


しかし、背面の傷にはどうしても手が届かない。無理に腕をねじろうとすると、関節がきしんで小さな悲鳴を上げる。


「……手伝うよ」


「え……!? い、いえ、アドミン様にそんなことまで……!」


「いいから、アドミンだからこそだよ」


俺は彼女の背後に回り、戦闘服をまくり上げ、背面パネルに触れる。内部には複雑な配線と機構がむき出しになっている。アズサは全身をこわばらせ、顔を真っ赤に染めた。


「……あっ」


「どうした?」


「い、いえ! そ、その……初めて……人に……ここまで……触られて……」


この反応は明らかに、プログラム反応ではない、羞恥心だった。


修復が終わると、俺たちはそのまま反省会を始めた。戦闘データをモニターに映し出し、一つ一つ検証していく。


そして見えてきたのは、アズサの根本的な弱点だった。


「視界共有モニターで見てたけど、アズサ……。君、周りに合わせすぎていないか?」


「え?」


「動きの良い機体に合わせようとすると空回りし、動きの悪い機体に合わせようとするとパフォーマンスが落ちる。常に『目立たないように』『周りに合わせよう』としていないか?」


アズサは黙り込む。その反応が俺の推測を肯定した。


さらに詳細な心理パラメータを確認すると、恐怖感情を示す数値が異常に高い。


アズサは本質的に臆病で、失敗を極度に恐れる個体だったのだ。


「もう失敗を恐れるな」


俺はアズサの肩に手を置く。


「君はもう、一人じゃない。悩んだら一緒に悩もう。傷ついたら、一緒に直そう」


アズサの瞳が潤い、静かに頷いた。


――


次の日、俺はアズサを高度訓練所に連れて行った。そこには他のアドミンと契約したアンドロイドたちが、訓練に励んでいた。


「今日は一つだけ指示をする」


俺はアズサの目を真っ直ぐ見つめる。


「もっと自由に、自分を縛らないで、思うままに動け」


「自由に……。分かりました! やってみます!」


訓練が始まった。最初はやはり周りを気にするアズサ。だが、次第に――彼女の動きが変わっていく。


周りに合わせるのをやめ、自分自身のリズムで動き始めたのだ。


すると、これまでに見たことのない流れるような動きで障害物をかわし、驚異的な命中率でターゲットを撃ち抜く。


時折、戸惑う様子を見せるアズサだったが、その顔に迷いはなかった。


モニターに表示される彼女のパフォーマンス評価は、格段に向上していた。


アズサ自身、その変化に驚いているようだった。


訓練終了後、彼女は嬉しそうに駆け寄ってきた。


「アドミン様! あれ……なんですか、今の……!?」


「あれが、アズサの本当の実力だったんだろうね。一人で、遅くまで訓練してきた甲斐があったね」


彼女の目には、自信が灯り始めていた。


「すごい……。今までの努力、無駄じゃなかったんだ……!」


「よく頑張ったね、アズサ。アドミンルームに戻ってミーティングしようか」


彼女を背に、俺は歩き出した。


「はい!」


元気な返事とともに、駆け寄る一人の少女の足音が通路を静かに響かせた。


――


あれから数カ月――


アズサはアンドロイド部隊のエースとまではいかないまでも、確かな戦力を示すまでに成長していた。かつてはぎこちなかった動きは今や流れるような滑らかさを帯び、戦場を駆け抜けるその姿には、迷いがなくなっていた。


今日も彼女は戦場をあわただしく駆け回り、時折炸裂する銃火の中、淡々と任務をこなしていく。かつては隠れるので精一杯だったが、今では戦況を読み、仲間をカバーし、時には自ら突破口を開くまでになっていた。


「アズサ、右翼の敵陣を攪乱してくれ。正面部隊の突破口を作りたい」


「了解しました。行ってきます!」


無線越しに返事すると、彼女は軽やかに身を翻し、煙幕を盾に敵陣へと躍り込んでいった。その機動は、数カ月前の彼女からは想像もできなかったほどの洗練されたものだった。


アズサの活躍もあって、作戦の成功率は確実に上がり、俺が上官に褒められる機会も増えていた。


報告書に「ユニットAZ-03の戦術価値は極めて高い」と記されるたび、不思議な誇らしさが胸をよぎった。


何よりも嬉しかったのは、アズサ自身の変化だ。基地に戻ってきた時の彼女の表情は以前よりも柔らかく、口元を緩ませることも増えていた。戦闘で疲労したはずなのに、目には確かな充実感が灯っている。


戦場から帰還したアズサが整備ベースに現れると、俺は声をかけた。


「おかえり、アズサ。今日も良いパフォーマンスだったね。おかげで戦況もかなり良くなってるみたいだよ」


彼女は少し照れくさそうに、でも嬉しそうに目を細めた。


「それはよかったです! アドミン様、また褒められてましたね! 私も他の子たちに自慢したりしてるんですよ!」


「それはちょっと恥ずかしいからやめてくれ」


と俺が苦笑いで返すと、


「あはは、いいじゃないですか! 私のアドミン様は世界一のアドミンなんです!」と、彼女はいたずらっぽく笑った。


「狭い世界だなぁ」


「ふふっ」


彼女の笑い声が弾むように響く。すると突然、彼女は少し躊躇ったようにうつむき、声のトーンを少しだけ小さくして言った。


「あの……背中の方、銃弾当たっちゃったみたいで、修復、手伝ってもらっていいですか……?」


その言葉に、俺は自然と笑みを浮かべた。


「もちろん。俺は君のアドミンだからね」


彼女の成長を目の当たりにし、その背中を支えられることに、今では確かな喜びを感じていた。あの日、遅くまで訓練に励む彼女の背中を見守っていた頃から、ずっと変わらず――。


人間の戦争のために「兵器」として生を受けた彼女たちは、人間の女の子のように、日々、仲間と切磋琢磨し、喜びや苦しみを分かち合いながら生きている。


そんな彼女たちは「兵器」なんかじゃない。


俺はアズサの背後に回り、損傷箇所の深さを探るために触れる。


「ちょ、ちょっと! アドミン様! くすぐったいですよー!」


「おい、暴れないで。そんな暴れたら、あっ……」


ポロッとネジが数本、床に抜け落ちる。


「わぁ! すいません! でもアドミン様の触り方が……」


アズサは顔を真っ赤にして恥ずかしがる。


そんな彼女は「平気」じゃない。

読了ありがとうございました。

初回なので今回は火曜日20:10に投稿しましたが、毎週金曜日20:10に更新していこうと思います。

よろしければブックマークは良い評価頂けると作品を執筆する励みになります。

他にも連載しているので是非作者ページからそちらも見ていってください。


次回更新は10/24 20:10です。

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