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金になる声  作者: Mironow
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第7章 通告と沈黙

 戻りの音が二度、間をおいて三度。 帽子の男が名を告げる。短く。 言葉が、ナイフで切り分けたみたいに、一つずつ置かれる。

「はい……今夜、八時。川沿い。K 11/12 の手前。橋脚の陰。車は流す。……はい」

 電話のダイヤルが再び一周する。最後の数字で指が離れ、バネの戻る音が軽く鳴る。受話器を置く音は軽い。けれど、その音が聞こえるたびに、部屋は沈む。一段、一段、空気が重くなるかのように。

 痩せた男が、カセットのケースの角を指先で叩く。カチ、カチと、小さな音。角が欠けていて、そこだけが鳴る。

「遅れるな」

 誰もうなずかない。代わりに、椅子の脚が菓子のかけらを潰す音がする。変に大きく響く。

 ニキータが、窓の布を二本の指で下げる。

 外。雨は、細いまま降っていた。 白い線。風の向きは、読めない。

「出るのは十分前」帽子の男。

「それまで静かに」痩せた男。

 赤いランプが消えて、黒い機械がただの箱になる。 声はもう、そこにない。でも、どこかにある気がして――机の角にだけ、それが残っているようだった。


 ミレックは息を数える。ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ…… でも、その先を数えられない。

 坊主頭が、ゲームの一時停止を解く。 音はオフ。画面だけが、淡く揺れる。

 手のひらには砂糖の白。砕けて、線にならず、地図みたいに広がる。

「喉、渇いてないか」

 ニキータが瓶の栓を開ける。小さな泡が一瞬だけ立つ。

 ミレックは一口飲む。甘さが冷たく喉を通る。

「ここで待つ。すぐだ」

 ニキータの言葉は軽い。でも、置かれた空気は重い。留め金の重さ。

「時間まで、声を出すな」帽子の男がうなる。

 空気が少し、縮む。 沈黙が部屋の隅から、ゆっくりと広がる。

 耳だけが、ざわついている。遠くの階段で咳がひとつ。 外で、車のタイヤが水を切る音が二つ。 台所の蛇口から、残っていた水がようやく落ちる。

 ミレックはスカーフの端を整える。結ばない。 靴の中の濡れを、つま先で少しだけ確かめる。

 ニキータがポケットの鍵を探る。輪の中で、歯の欠けた一本が先に触れる。 音はしない。でも、その音のなさが、胸に響いた。

「八時……」

 坊主頭がつぶやいて、黙る。

 帽子の男が、帽子を深くかぶり直す。

「行くぞ」

 椅子が一つ、静かに引かれる。 窓の布が、わずかに膨らんで、すぐ戻る。

 四人が順に立つ。ミレックは最後。 誰かの手が、軽く、肩に触れて方向を示す。それだけ。

 ドアが開く。廊下の冷たい匂いが、細く流れ込んでくる。 チェーンが下りる音。金属の舌がかちりと噛み合う。

 小さな音だけが部屋に残り、四人は、灰色の外へ出る。




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