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金になる声  作者: Mironow
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第4章 無音の記録

 パスタの皿は空になり、紙コップに紅茶が継ぎ足された。その湯気もやがて低くなり、見えなくなった。机の上に残っているのは、砂糖の甘い匂いだけ。

 ゲームの効果音が、変わらぬ調子で響き続ける。

 ミレックは足元に目を落とす。 白いハイソックスの小さな刺繍。一瞬、それが異なる世界の印に見えた。 すぐに視線を戻す。

 廊下の奥で、受話器が、息をつくように鳴った。 誰かがダイヤルを回している。 穴に指が入り、戻るたびに「コト、コト」と小さく響く。 見えない肩の動き。息を整える音。

 ニキータは机の縁に二本の指を置き、もう片方の手でミレックの赤いスカーフの結び目をならした。引っ張るでもなく、押さえるでもなく、ただ形を戻す。 そこには、言葉にされない合図があった。 命令というより、方向を示す手。「黙って従え」――そう聞こえる仕草だ。

 窓のカーテンは半分だけ閉じられ、外の細い雨が糸のように布へ吸い込まれて消えていく。音はなく、空気だけが湿っていた。


 呼び鈴が鳴った。 部屋の空気が一瞬、硬くなる。

 入ってきたのは二人。 朝、黒い車を運転していた痩せた男。そして肩を張った帽子の男。 濡れた風の匂いが部屋に広がった。

「時間どおりだ」

 帽子の男が顎を引く。 坊主頭がゲームを止め、音を消す。椅子がきしみ、男たちの動きが始まる。 役割は、すでに決まっていた。 その場に取り残されたのは、ミレックだけ。

 帽子の男と痩せた男が椅子を寄せる。ニキータはゲーム機から少し離れたところに場所を作った。

「ミレック、ここに座れ」

 テーブルの上で指が二度、軽く叩かれる。肘を持ち上げ、板を押さえる指。 それは「従え」という仕草だった。

 ミレックはかかとを床につけた。靴の中はまだ湿っている。 四つ数えて吸い、四つで吐く。 言われたとおりに椅子へ。

 帽子の男がスポーツバッグからカセットテープのケースを取り出す。 角が欠け、白いラベルに V-47 の文字。

 ニキータは布の下から黒いマイクを引き出し、テーブルに置いた。 コードがテーブルの角でわずかに跳ねた。


「名前と、元気だと伝えろ。おばさんに。泣くな。いいな」


 喉が縮む。声ではなく、息の道が狭まる。

 痩せた男の親指が録音ボタンへ。 赤い四角。録音中を示す小さな丸はまだ黒。 押される前のわずかな間、光も影も、呼吸もすべて、その丸い空間に引き寄せられる。

 ミレックは赤の端を指で押さえ、視線を窓に移した。胸の奥でトクン、トクンと何かが脈打つのを聞く。


 赤いランプは、まだ灯らない。だが、部屋の中の空白は、もう記録されはじめているような気がした。




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