第19章 声の重さ
午後、ミレックは伯母とともに再び警察署の一室に座っていた。 灰色の壁には古い掲示物が貼られ、端は色あせて丸まっている。 窓は曇りガラスで、外の様子は見えない。
机の上にはファイルと白紙、そして使われていないカセットレコーダー。赤いランプはまだ沈黙している。
ソコロフが椅子に腰掛け、静かな声で言った。
「今日は、君の感じていることを少しでも。無理強いはしないよ」
心理士が横に座り、眼鏡を外して机に置いた。柔らかい目で付け加える。
「ここは安全です。言葉を外に出すことが、かえって君を守ることもあります」
伯母は後ろで腕を組み、何も言わずに見守っていた。
ミレックは、机の角に視線を落とす。ポケットの奥に隠した銀紙に、そっと指先を触れた。
声を置かない。今日もそう決めてきた。
しかし、黙っていると胸の奥が圧迫され、息が乱れ始める。四つ吸って、四つ吐く――数がすぐに途切れる。
喉が勝手に動いた。
「本当に怖いのは……犯人が来ることじゃない」
ソコロフがわずかに身を乗り出す。心理士も鉛筆を止めた。
「怖いのは……声なんです」
少年の声は震え、低く沈んでいく。
「声を出したら……また聞かれる。 録音されて、紙に書かれて、数字にされる。 そうなったら……ぼくが、ぼくじゃなくなる」
その声を聞きながら、伯母は胸を締めつけられる思いだった。
甥の声はかつて、金の鈴のように澄んだソプラノだった。 明るくかわいらしく響いて、人を振り向かせる声。 だが今は、その輝きがすっかり失われ、影のように震えている。
心理士も眉を曇らせ、そっとメモを伏せた。 「これは限界のサインだ」と目が語っていた。
「だから……学校でも、声を出さない。 笑われるのも怖いけど……本当は…… また『あの部屋』に戻る気がするんです。 赤い点が光って……息ができなくなる……」
声はだんだん細くなり、最後は囁きに変わった。 両手は机の下で強く握られ、指先が白くなっていた。
ソコロフはしばらく黙って見つめ、それから机の上のレコーダーに手を伸ばした。 赤いランプの上に貼られた灰色のテープを親指で押す。
「もう声は残さない。ここでは数字にもならない。君は君のままだ」
心理士が穏やかに補った。
「声を守ることだって、証言のひとつなんです。言わないことが、あなたを生かすこともある」
ミレックはうつむき、震える指で銀紙を二度折った。 矢印が、小さく「家」を指す。
――ここに声は置かない。けれど、この小さな矢印が、確かに自分の居場所を示している。