間章 救出現場
スタンドを離れてすぐ、車は路地の奥で止まった。 雨に濡れた舗装が光を散らし、サイレンの余韻がまだ遠くで脈打っている。
後部座席のドアが開けられ、毛布にくるまれたミレックが運び出される。 小さな体は力を失い、瞼は閉じられたまま。ぐったりとしたその姿は、どこか祭壇の上の彫像のようで――ピエタを思わせる形だった。
伯母は声を出さず、ただ手を添える。
救急隊員が駆け寄り、担架を差し出す。肩と膝を支えて乗せると、少年の胸がかすかに上下しているのが見えた。
――生きている。
その一点だけが、周囲の喧騒を押し返していた。
「急げ!」
係官の怒鳴り声、無線の雑音、スタンドの照明がまだ背後で明滅している。 担架はすぐに救急車へと運ばれ、ドアが荒く閉まる。 エンジンが高鳴り、赤い光が濡れた路面に伸び、やがて遠ざかっていった。
その一部始終を、ソコロフ巡査部長は傘も差さずに見ていた。 上着の袖は雨に濡れ、髪から滴が落ちていたが、気づきもしない。 ただ、毛布に包まれた少年の顔に目を釘付けにされていた。
――昨夜、橋で伯母の名を叫んでいた子だ。 その声はいまも耳に残っている。泣き叫ぶでもなく、助けを乞うでもなく、必死に「帰る」と叫んでいた。
息子と同じ年頃の顔。痩せ細った腕。 もし自分の子だったら、と考えた瞬間、胸の奥が張り裂けそうになった。 だが警官として、涙を見せることはできない。
ソコロフは一度だけ強く瞬きをし、視線を地図のほうへそらした。 紙に置き換えるしかない。線と点で、すべてを記録しなければ。
残されたのは、慌ただしく走り回る警官たちと、雨ににじむ番号札。 その場の熱と煙を、紙と線に置き換えるために――。