第15話 妖夢 vs 咲夜
紅魔館の庭園に降り立った瞬間、妖夢は肌を刺すような殺気を感じた。
緊張に呼応するかのように、空気が張り詰める。夜の静寂を裂いて現れたのは、銀の光を纏う十六夜咲夜だった。
「この館に近づく霊を討伐していたら……あなたまで現れるなんてね」
涼やかな声に潜むのは、鋭利な刃物のような冷徹さ。
「違う、私は――!」
必死に言葉を紡ぐ妖夢の声を遮ったのは、銀閃の雨だった。
空中に舞ったナイフが月光を反射し、無数の光条となって殺到する。
咲夜の眼差しは冷たい。
彼女は幽路から流れ込む瘴気に惑わされ、妖夢の半人半霊の姿を「敵」と断じていた。
忠実な番犬のように、紅魔館を脅かす存在はすべて排除する――その意志だけで動いている。
「……仕方ない」
妖夢は小さく吐き捨て、腰の双剣を抜いた。楼観剣と白楼剣が冴えた音を響かせ、霊気を帯びて光る。
次の瞬間、庭園は閃光の嵐と化した。
咲夜が指を弾くと、時間が歪む。音が消え、世界が静止し、気づけばナイフの軌跡が数十、数百と宙に浮かぶ。
時間停止の領域を解き放った刹那、凄絶な銀雨が妖夢を襲った。
「――っ!」
妖夢は剣を交差させ、迫りくる刃を斬り払いながら飛翔する。
空間を裂く音が耳を打ち、避けきれぬ閃光を受け止める度に腕に痺れが走る。
しかし、妖夢の瞳は揺らがなかった。相手の気配、隙を探るその感覚が、全身を駆け巡る。
「ここ!」
一瞬。わずかな揺らぎ。
咲夜の時間操作が解け、次の連撃へと移ろうとする刹那を、妖夢は見逃さなかった。
楼観剣の一閃が夜気を裂き、白楼剣の突きが銀光に割って入る。
刹那、互いの視線が交差し、火花のような緊張がはじけた。
弾ける衝撃。
ナイフと剣が散り、二人は同時に距離を取る。
庭園に舞う夜霧が風に揺れ、戦場の静寂が再び訪れる。
咲夜は銀髪を揺らしながら、深く息を吐いた。
その瞳には、先ほどまでの冷酷さに微かな変化が宿っていた。
「……あなた、やはり幽霊ではないようね」
咲夜の表情に、ようやくわずかな理解の色が差す。
妖夢は剣を構えたまま、短く答える。
「信じてもらえるなら、それでいい。私は敵じゃない……この異変を止めに来たの」
緊張の糸が少しだけ緩んだ庭園で、二人の戦いはようやく次の段階へと移ろおうとしていた。