第14話 道の影響の拡散
その予感は、残酷なまでに的中した。
ゴーストルード――魂の通り道の亀裂は、静かに、しかし確実に幻想郷の大地に食い込み始めていた。
最初に異変を覚えたのは人里の住民だった。晴れ渡っていた空がふいに曇り、風に混じって聞こえるのは人の声とも風の唸りともつかぬ呻き。振り仰げば、雲の切れ間から黒い影が垂れ下がり、無数の幽霊が群れを成して舞い降りていた。子供たちの悲鳴、大人たちのざわめき、必死に祈祷を行う寺の僧侶たち――日常の営みは一瞬にして恐怖に塗り潰される。
一方、妖怪の山では更に深刻な兆候が現れた。山の渓流を遡っていた河童たちが目撃したのは、白濁した奔流のように押し寄せる怨霊の群れ。彼らは怒涛の濁流となって樹々を揺らし、獣道を埋め尽くして進む。
「山そのものが呻いている……」と烏天狗が震える声で呟いた時、空に走ったのは稲妻ではなく、亀裂そのものから漏れ出す幽光だった。
紅魔館の湖畔もまた、侵食を免れなかった。静謐であったはずの湖面が突如波打ち、夜の帳を思わせる黒い霧が立ち昇る。湖に映る月はぼやけ、代わりに幾つもの亡霊の顔が水面に浮かび上がった。咲夜が見張りに出た時、既に妖精メイドたちは不安げにざわめき、湖畔を飛び交う小さな妖精たちでさえ怨霊の瘴気に呑まれ、普段の無邪気さを失っていた。
幻想郷のあちこちで、似たような歪みが報告されていく。
花畑に漂う霊火、竹林の奥に響く泣き声、夜空を覆う異様な光の筋――。
生者と死者の境界は揺らぎ、これまで「幻想」として守られてきた日常が、静かに崩れ落ちようとしていた。